硬いボールの宿命
英訳された野球用語の中で、最も嫌な言葉は「死球(Hit by a pich)」だ。和製英語でも「デッドボール」というが、スポーツが人の命を奪うことなどあってはならないことは、言うまでもないことだ。しかし、この競技では「死球」もルールのうちであり、しばしば試合やペナントレースに大きな影響を与えてきた。
死球も野球のうち
「死球禍」は、今も枚挙にいとまがない。
昨日は、阪神の近本光司が広島の左腕、高太一の速球が左手に当たり「左手首骨折」で登録抹消。
昨年でいえばソフトバンクの今宮健太や西武の外崎修汰なども死球で登録抹消されている。
こういう形で、主力選手が死球という突然のアクシデントで試合出場ができなくなるのは、チームにとっても痛恨事であるし、プロ野球全体のためにもマイナスでしかない。
しかしながら「死球も野球のうち」なのは間違いないところだ。
野球はこの「硬いボール」だからこそ、多くの人々を引き付けてきた。ソフトボールや軟式野球よりも、人気があるのは、もちろん硬式野球が元祖だからだが、それに加えて硬いボールがより速い球を投げることができ、遠くへ飛ぶからだ。
ベースボール型ゲームの中で、最もハードなプレーが期待できるからなのは間違いがない。

チャプマン
球史を紐解くと、硬球にまつわる死亡事故も起きている。
MLBでは1920年8月16日、クリーブランド・インディアンスの遊撃手レイ・チャプマンが、ヤンキースのアンダースローのエース、カール・メイズの投球を左側頭部に受けて昏倒。チャプマンは右耳から出血していたというが、翌日死亡した。
チャプマンはメイズのスピットボールを頭に受けたとされる。スピットボールとは変化を大きくするために、ボールに唾液などをつけて投げるもので不正投球だ。また、当たったボールは黒ずんだ古いボールだったという。
この事件以降、スピットボールは厳格に取り締まられた。ボールも新しいものを使用するようになった。
以後、試合では革製のヘルメットが使用されるようになったが、今のような樹脂製のヘルメットが使われだしたのは1950年代後半から。NPBでも1960年代に入ってからだ。
久慈次郎・東門明
日本で硬球による死亡事故と言えば、久慈次郎の事件だろう。早稲田大出身の名捕手だった久慈は1939年8月21日、敬遠四球で出塁する際に、相手捕手の二塁送球を側頭部に受けて倒れ、2日後に死亡した。捕手の全力送球を近距離で頭部に受けたものだ。
この時期の日本野球では選手は布製の帽子をかぶっていたが、このケースではたとえヘルメットを着用していたとしても、頭部へのダメージは避けられなかったのではないか。
私の記憶に残っているのは、久慈と同じ早稲田大野球部の東門明が1972年7月の日米野球で、一塁走者として出塁し、次打者藤波行雄の内野ゴロで二塁に駆け込んだ際に、併殺を狙った遊撃手の打球を顔面に受けて倒れ5日後に死亡した事件だ。東門は生きていればプロ入りしたのではないだろうか。
三宅秀史
死なないまでも、硬球が当たって選手生命を絶たれたケースもある。残念な例の一つが阪神の名三塁手、三宅秀史だ。
打撃はともかく、三塁守備では長嶋と双璧と言われた三宅だが、1962年9月6日、試合前にグラウンドでキャッチボールをしていて、小山正明の遠投が捕手山本哲也のミットをそれて、三宅の左目に当たった。
28歳の三宅は虹彩分離隣視力が急速に低下、以後も現役を続けるも成績が低下して二度とレギュラーに戻ることなく引退した。

決定的な解決策はない
どんなに注意をしていても、硬式球が体に当たる事故は根絶することはできない。
昭和の昔は相手打者を威嚇するために、体を狙いに行く投手がいて、それを「武勇伝」のように言う風潮もあったが、今はもうない。
頭部付近に死球を与えた場合には、投手は「危険球投球」を宣せられ、試合から排除される。それでも「内角攻め」は、投手にとって重要な攻略法であり、これをなくすわけにはいかない。
ではどうすればいいのか?決定的な解決策はない。
昨日のバットによる捕手、審判の負傷事案と同様、プレーヤー一人一人が気を付けるしかない。
球史に残る大選手も多かれ少なかれ死球にまつわるエピソードを持っている。
王貞治は1969年9月18日の阪神戦で二度の死球を受け昏倒したが2日後に復活。
長嶋茂雄も1972年7月12日の大洋戦で死球を受け右手小指を骨折するも復活。
イチローは1995年に当時のパ・リーグ記録である18死球を記録。
投手はスラッガーや好打者を目の敵にして内角を攻めるが、打者は致命的な事故にならないようにそれを避ける「技術」を身に着ける必要があるのだろう。
言っても詮無いことではあるが、もう一つは「運」だ。大谷翔平も内角攻めにさいなまれ、MLBではここまで28個の死球を食らっているが、致命的なものはない。避ける技術に加えて「持ってる」としかないと思う。

