「年子があかん」って…
大谷翔平の子供が「年子」だったことが批判されているのだという。口さがないというか、匿名ならばどんなことでも言えるくだらない人が多いというか。「他人様の家のことなんか、ほっといたれや」と言うことではなく、今どき、どんなケースでも「子供が生まれる」というのは、おめでたいことでしかないと思うが。
「年子がダメ」の根拠
批判の根拠になっているのは、WHO(世界保健機関)の出産間隔に関する勧告だといわれる。
母体と乳幼児の健康にとって最もリスクが低い理想的な期間は18~24ヶ月(1年半~2年)とされている
出産から次の妊娠までの間隔は、最低でも24ヶ月(2年)空けることが推奨されている
出産間隔が極めて短い場合、母体は前の妊娠・出産で失った栄養(鉄分や葉酸など)や体力を十分に回復しきれていない可能性がある。これが以下のリスクを高めるとされている。
・早産や低出生体重児の出産
・新生児死亡リスクの上昇
・妊産婦死亡リスクの上昇
とのことだが、WHOは、衛生状態の良い今の日本のような国を想定してこの勧告をしたのではないはずだ。
大谷翔平は、アメリカ在住だが、スポーツ界でもトップクラスのセレブであり、夫人の健康状態についても最高レベルで維持、管理されているはずだ。出産に際しても高度な医療体制だったと思う。それでも様々なリスクはあるだろうが、一般家庭と同次元の批判は愚かしいというしかない。

子育てを短期間で済ませたい
私も年子だが、高度経済成長期くらいまでの日本は出生率も高く、日本全国の町々は子供の声があふれかえっていた。
共稼ぎ世帯で、父はサラリーマン、母は薬剤師として働いていたが、年子を生んだのは「一人っ子」というのが当時はあまりなかったうえに「子育てを短い時期に済ませてしまって、早く仕事に復帰したい」からだった。
父は会社人間で、母は今でいう「ワンオペ」子育てだったが、親族が近所にいて「家族」の単位が今よりも大きく、子育ての態勢は今とは大きく違っていた。
今に比べれば、日本社会はかなり貧しくて、生活水準も高くはなかったが、当時の日本人はがむしゃらに働いて「仕事も家庭もレベルアップ」することに夢中になっていた。
今のように「生活の質」「子育ての質」を考えるようなゆとりはなかった。しかしそのころの日本人が、今より不幸だったかと言えば、そんなことはなかったはずだ。みんながもっと豊かになろう、という前向きの意志を持っていた。端的に言えば「希望」があったのだ。
「年子」は、人口が増加した高度経済成長期には、家族が増えて生活も豊かになる「象徴」みたいなものだったと思う。

「何かと絡みたがる」ネット民
「年子が良くない」というのは、最近話題になってきた「多産DV」など、極端な事例のイメージもあるのかもしれない。ネットの発達とともに、これまであまり知られていなかった極端な嗜好や性癖が、派手派手しく喧伝される。
あまり賢くない人は「年子=多産DV」とか「年子=性依存」とか、幼稚な短絡化をするのだろう。
もう一つ言えるのは、今のネット民は「何かと絡みたがる」ことだ。
大谷翔平に年子ができたからと言って、ことさらに何かを言いに行く必要など全くないはずだが、そういう形でセレブにSNSをすることで「有名人と関係性ができた」ように思う人がたくさんいる。
私は何の関係もない赤の他人が大谷に「赤ちゃんできておめでとうございます」というのも、何の意味があるのかなあ、とは思うが、ファンが祝意を伝えたいと思うのは、ファン(熱狂)だから仕方がないとも思う。
しかし「年子はだめなのにー」と絡みにいくのは、大谷の視界にちょっとでも入りたいとか、世間とは違ったことを言うことで目立ちたいとか、その手のさもしい承認欲求によるものだと思う。
大谷翔平は、プライバシーについては極めて厳格だ。
日本の野球人の中にはSNSでプライバシーをさらけ出して歓心を買おうとする選手も多いが、大谷はSNS発信にしても、非常に注意を払っている。またドジャースもその意向を尊重している。そういう点でもドジャースは一流なのだと思うが、我々は、大谷翔平の「投打」の活躍を「消費」すればそれで十分なのではないか?プライバシーまで口の端に上せて「消費」しようとするのは、正しい野球ファンの態度とは言えないだろう。
二人の子供が野球がわかる年頃になるまで、大谷翔平が活躍してほしい、私はそう思うだけだ。
