見出し画像

源氏物語 藤壺の宮の決断と秘めた思い

間が空いてしまいましたが、源氏物語を原文で読んでみようシリーズ。今回取り上げるのは賢木さかきの巻の藤壺ふじつぼの宮です。

今回の記事では、
・藤壺の宮はどうやって光源氏の恋心をかわしてピンチを切り抜けたか
・光源氏を避け続けていた藤壺の宮。本当は彼のことをどう思っていたか
を見ていきます。
長くなってしまったので、一部有料記事として公開してみます。いつもより時間をかけて書いたので、興味のある方に最後まで楽しんでもらえたら嬉しいです。


藤壺の宮

光源氏の初恋にして、生涯憧れ続けた女性。
桐壺の更衣(光源氏の実母)亡き後、彼女に生き写しの美しさを持った女性として桐壺帝に入内する。光源氏とは義理の親子関係であるものの、歳は5歳差。次第に光源氏が自分に恋愛感情を持っていることに思い悩むようになる。求愛を拒みきれなかった藤壺の宮は光源氏との子を懐妊する。男の子は表向きは桐壺帝との子(東宮=次の天皇)として育てられる。



葵の上が亡くなった翌年、光源氏の父である桐壺院が崩御します。

季節は冬、年の終わりと時世の終わりがそれとなく重ね合わさせて語られています。というのも、葵の上の父である左大臣や、桐壺院(天皇を譲位しても実質的には実権を握っていた)は、光源氏の後ろ盾となってくれる人たちでした。
ちょっと政治的な話は難しいなと思うのですが、光源氏が好き勝手に振る舞える世の中ではなくなったんだなということです。



ここで、藤壺と光源氏がお互いのことをどう思っているか読みとれる記述があります。

・源氏→藤壺

もて離れつれなき人の御心を、かつはめでたしと思ひきこえたまふものから、わが心の引く方にては、なほつらう心憂しとおぼえたまふをり多かり。
【訳】
君は、自分を遠ざけて冷淡にふるまわれるお方のお心を、思えば見あげたものと思い申しあげなさるものの、自分勝手な気持ちからはすれば、やはり恨めしく情けないと思わずにはいらっしゃれぬ折が多い。

小学館『新編日本古典文学全集』


光源氏の思慕にやすやすと応じずに自分を律する人柄を素晴らしい人だなと感激する一方で、それゆえの冷淡な態度がつらく、藤壺に対して相反する感情を抱いています。ということは、光源氏もこの恋愛はダメなことだと分かってるのに止められないようです。


・藤壺→光源氏

また頼もしき人もものしたまはねば、ただこの大将の君をよろづに頼みきこえたまへるに、なほこのにくき御心のやまぬに、ともすれば御胸をつぶしたまひつつ、(略)
わが身はさるものにて、東宮の御ためにかならずよからぬことなんと思すに、
【訳】
ほかには頼りになる方もおいでにならないので、ただこの大将の君だけを万事につけてお頼り申し上げていらっしゃるのに、いまだに君の疎ましいご執心が止まないものだから、ともすると、はらはらなさるようなことが繰り返され、(略)
この自分はどうなろうとそれはそれとして、東宮の御ためにきっとよからぬ事態が生じてくるにちがいない、とお考えになると、

小学館『新編日本古典文学全集』


桐壺院亡き後、東宮の後見として頼みにできるのは光源氏だけなのに、いつまでも恋愛感情を捨てきれない光源氏の態度を危惧しています。
藤壺の宮にとって何より大事なのは東宮の身を守ること!そして、最初に説明したように、いまでは東宮側を庇ってくれる権力者もいなくなってしまいました。もし万が一、密通のことが噂にでもなったら、東宮の地位が奪われてしまいそうです。

「わが身はさるものにて」の言葉に、藤壺の宮の母として東宮を守る覚悟を感じました。一方で、光源氏は恋愛のことしか頭にないようで、独りよがりに見えます。



そんな中、光源氏が藤壺の宮の寝所に近づきトラブルを起こしてしまいます。藤壺の宮はなんとか逃れますが、自制心のない光源氏の行動に苦悩した末に大きな決断をします。
出家することを決意したのでした。

しかし、東宮にお目にかからずに出家するのはせつなく悲しい。お忍びで会いに行った先でも心の葛藤がありました。


東宮のご様子

御髪みぐしはゆらゆらときよらにて、まみのなつかしげににほひたまへるさま、おとなびたまふままに、ただかの御顔を抜きすべたまへり。(略)
いとかうしもおぼえたまへるこそ心憂けれと、玉のきずに思さるるも、世のわづらはしさのそら恐ろしうおぼえたまふなりけり。
【訳】
その御髪のゆらゆらと美しく、目もとの人なつこそうに輝いていらっしゃるご様子が、大きくなられるにつれて、ただもうあの方のお顔に抜き移していらっしゃる。(略)
まったくこうまで瓜二つでいらっしゃるのがどうにも情けないと、そのことだけを玉の瑕(唯一の欠点)と思わずにはいらっしゃれないのも、世間でうるさく取り沙汰されるのではと、誰かに見られているように恐ろしくお感じになるからであった。

小学館『新編日本古典文学全集』


このときの東宮は6歳です。成長して顔立ちがはっきりしてくる頃だと思うのですが、なんと光源氏に瓜二つのそっくりだというのです。

また、東宮が「きよらなり」という言葉で形容されています。「きよらなり」は美しさを表す形容詞の中でも、最上級の気品のある美しさにしか使われない言葉です。桐壺の巻で、光源氏が誕生したときにも

「世になくきよらなる玉の男御子さへ生まれたまひぬ」

と表現されていました。光源氏の類まれなる美しさが東宮へ受け継がれていることがわかります。

表向きは兄弟なので、光源氏とそっくりでも不自然ではないかなと思うのですが...。
最近、芸能界でも話題になっているように、他人の恋愛で騒ぎたい人って一定数いるんだろうなと思います。いつの時代も、どこに行っても。特に、狭い宮中世界でいちばん注目を集める次の天皇候補とあれば、いつ誰がうわさの種を見つけるか。
本来なら天皇にふさわしい子に成長していることを喜べるはずなのに、出家の決意を後押しさせるものになってしまうのが苦しく感じました。

本文には、東宮が美しいかわいい♡という描写がずっと書かれていて、藤壺の宮も本当は名残惜しい気持ちがあったはずです。でも、それ以上に東宮の地位を守ることが何より最優先で、情に流されないところに思慮深さと意志の強さを感じました。



桐壺院の一周忌の後に、とうとう藤壺の宮が出家します。周りの人たちは、みな驚き悲しみますが、とりわけ光源氏は深刻な衝撃を受けました。

ここから先は

1,310字

¥ 100

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?