済州マシルで気づいた、文化交流のかたち~ただご飯を食べて話していただけなのに~
「2025東アジア文化都市 文化クリエイター in 済州マシル」を終えて
日・韓・中の文化クリエイターやコラムニスト、YouTuberたちが集まり、文化交流を行うプログラムだ。NEARから各自治体に募集がかかり、日本からは私含め7名参加した。
私にとって韓国は、人生三度目の訪問だ。
一度目は、純粋な観光。ガイドブックを片手に、友人と行きたい場所を巡り、食べたいものを食べる、よくある旅行者としての韓国だった。
二度目は、琉球芸能の公演。「日韓の文化交流」を目的に舞台に立ち、相手のパフォーマンスも観た。


そして三度目の今回。観光でもなく、舞台でもない。
文化交流を目的とし、仕事でありながら着物や扇子を持たずにやってきた
結果、これまでよりもっともっと文化の根っこに近いところに触れた感覚を持った。

参加前、私は文化交流と聞いて、各自の専門を語るプレゼンや分科会、テーマ別ディスカッションがあるのだろうと想像していた。自分の琉球芸能の活動を紹介し、他の参加者の話や考えを聞く、そんな交流を思い描いていた。
が、用意されていたプログラムは、少し違った。
済州の観光地やニッチな文化施設、小さな本屋やギャラリー、カフェを、済州の人々に案内されながら一日中めぐる。そして、昼も夜もみんなでテーブルを囲んで食事をし、ひたすらおしゃべりをする。プログラムのほとんどは、それだけと言っていいほどに“ゆるい”。
しかし、この「ゆるさ」こそが、このプログラムのユニークなところであったと今になって気づく。


食事の場には、あらかじめ決められた議題はない。「専門は何?」「どこから来たの?」といった会話から始まり、気づけば家族や仕事の話、歴史や政治、差別やジェンダーの問題まで、自然と話題が広がっていく。
ただ話しているだけなのに、お互いの「違い」や「ズレ」が次々と浮かび上がってくるのが面白い。沖縄っぽいなーとか、韓国っぽいなーとか共感したり、しなかったりと忙しい。そして、楽しい。
ズレは、否定されるのではなく、個々がひっそり受け止めている...というのが言葉にせずとも伝わってくる。そのたびに、「韓国」「中国」「日本」とかいう違いが面白くてそのうち違いに疑問さえ持たなくなり、ただ楽しい時間になっていた。
一度目の観光では、私は主に「モノ」と「景色」を見ていた。
二度目の公演では、「芸能」を通して国どうしの文化を感じていた。
三度目の今回は、その中心に「人」がいる。
だからこそ、価値観や日々のリズムといった、文化の深いところに少しだけ近づけたような気がした。

いつだって文化は、人がつくりあげてきた。その土地で暮らす人びとが、時間をかけて作り、受け継ぎ、ときに変えながら積み重ねてきた。
だからこそ、その土地の国の文化を知る一番の近道は、「人に会い、人と話し、人と時間をともにすること」なのだと思うのだ。
文化交流は、用意しなくたって良いのだと知った。人が触れ合って、感じることこそが文化交流になるんだと理解した。
アーティストやクリエイター、各々が触れ合う中でおのずと文化交流を生んでいた。そんな瞬間を、目の当たりにした。
私自身、観光や旅行、文化交流のあり方を少し考え直した。「どれだけ有名な場所へ行ったか」よりも、「どれだけその土地の人と時間を分かち合えたか」の方が、自分にとってずっと大事なのかもしれない。と感じている。
それは日々の暮らしや仕事でも、同じだ。どれだけ近くにあっても見ているだけではわからない、机の上で学んだ知識だけではわからない、だから私は言葉にしながら行動にしたい。外側で眺めないで触れて知りたい。



そして、文化は動的だという言葉を思い出す。十年前の済州と今の済州は違うし、十年後の済州もまた、きっと別の顔をしているだろう。
そう思うと、私は欲張りにも、「この島の変化を、できることなら長い時間軸で見てみたい」と願ってしまう。いや、シンプルにいえば「また来たい」と思った。
一度きりではなく、また来たい。またこの人たちに会いたい=文化に触れたい。
たぶん、次に済州を訪れるとき、私は着物を持ってくるだろう。
そしておそらく、琉球芸能の仲間と一緒に来るだろう。
済州で文化を育む人たちに、今度は芸能を通じた場で交流ができたなら、なんて。そんな想像をしながら、飛行機に乗る。
そして、ハッとした。「ああ。これこそ事務局が思い描いていた光景なのだろう。」 と。
特別な講義を受けたわけでも、専門を語ったわけでも、議論したわけでもない。ただ、美味しいものを食べて、現地の人たちと島を巡り、笑って話していただけだ。
それなのに気がつけば、私はこの島をすっかり好きになり、「また来よう」「今度はこんな形で関わりたい」と考え始めている。
すごくシンプルなようで、実は手間ひまのかかるであろうこのプログラムが、済州に対する好きと信頼を育んでくれた。済州マシルで過ごした数日は、「文化は人がつくる」という当たり前のことを、頭ではなく身体で理解する時間になったわけだ。
プログラムに関わったすべての人に感謝して。誠ににふぇーだやびる





