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「国の財源は税収」は本当か?――国債・税・経済成長の関係を、俺なりに解剖する

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「国民1人あたり1,090万円の借金」に引っかかる

先日、Xでこんな投稿が流れてきた。

「何言ってんだ財務省! 国民は借金なんてしてないのに誰に返すんだよ!」
 国民1人当たりの借金額は、単純計算で約1090万円。国の借金総額は今年3月末にはさらに膨らみ、1473兆円に達すると見込まれている。

この怒りは、直感的に正しいことを突いている。

俺たちは金を借りた覚えがない。住宅ローンや奨学金なら「自分が借りた」と言えるが、「国の借金」は俺が署名した契約書なんてどこにもない。なのに「あなたの借金は1,090万円です」と言われる。――誰に返すんだ?

俺の現時点での考えは、「半分は本当で、半分はミスリード」だ。税収は制度上の重要な財源として扱われている。国会の予算審議でも「財源」として議論される。だが、自国通貨を発行できる政府について、家計のように「税を集めてから使う」と考えると、順番を見誤る。つまり、「財源は税収」は制度上の表現であって、実態を正確に描写した言葉ではないのではないか――というのが、今回の問いにつながる引っかかりだ。

前回、「国の借金(国債)」の正体を整理した。
自国通貨を発行できる政府は、家計とは根本的に違うルールで動いている。「通貨の発行者」と「通貨の利用者」では、借金の意味がまったく違う。政府の負債が100億円増えれば、民間の資産が100億円増える。つまり報道で語られる「国民1人あたり○○万円の借金」は、裏を返せば「それだけの金融資産が民間に供給されている」とも読める。

あの記事を書き終えたとき、俺の頭にはひとつの大きな引っかかりが残っていた。

「財源は税収」。

この言葉はあまりにも当たり前に使われている。国会の予算委員会では「その政策の財源はどうするんですか?」と問い詰められ、答えはいつも「増税によって賄う」か「歳出をカットする」のどちらかだ。マスコミも「社会保障の財源をどう確保するか」と毎日のように報じている。

だが、前回の整理を踏まえると、この「常識」がおかしく見えてくる。

政府が「通貨の発行者」であり、まず政府支出が先にあり、税収は後からついてくるものだとしたら――「税収が財源」という順番は逆ではないのか?

これは俺の独りよがりな思い込みかもしれない。だが、少なくとも確認する価値はある。

今回の問い:国の「本来の財源」は国債(通貨の供給)であり、税はその後で民間から通貨を回収し、政府債務を消していくための仕組みなのではないか?


本の主張:マーティンとMMTが言っていること

1. 「支出が先、税収は後」――スペンディング・ファースト

前回も触れたが、ここを改めて深掘りする。

『21世紀の貨幣論』で紹介されている「表券主義」、そしてそれを現代的に展開したMMT(現代貨幣理論)の核心は、「スペンディング・ファースト(支出が先)」という概念だ。

主流派経済学(ロック的家計観)はこう言う。

「政府が支出するためには、先に税金を集めるか、借金(国債)をして財源を確保しなければならない」

だがMMTはこれを根本から否定する。

「政府が通貨の発行者である以上、国民が納税するためには、まず政府が支出して通貨を民間に供給しなければならない」

つまり、徴税 → 支出ではなく、支出 → 徴税

通説と実態の財源の比較

これはマーティンが『21世紀の貨幣論』で、ロックの「商品貨幣論」と対比させて紹介している「表券主義」の論理そのものだ。通貨は金銀のような「自然物」ではなく、国家が設計し発行する「社会制度」である。国家が通貨を「使う側」ではなく「作る側」であるならば、「先に集めてから使う」というロジックは成り立たない。

2. 税は「財源」ではなく「調整弁」

スペンディング・ファーストの論理を受け入れると、税金の役割は「財源確保」ではなくなる。
では税は何のためにあるのか? MMTはこう整理する。

① 通貨の価値を維持する(需要の創出)
前々回の「表券主義」の話を思い出してほしい。国家が「この通貨でしか納税できない」と定めることで、国民はその通貨を手に入れる必要が生まれる。税は、通貨に価値を持たせるための仕組みだ。

② インフレを調整する(購買力の回収)
政府が支出しすぎて、市場に通貨があふれると物価が上がる(インフレ)。税は、民間から通貨を回収してインフレを抑える「ブレーキ」として機能する。

③ 富の再分配
累進課税や相続税による格差の是正。これは伝統的な税の役割と一致する。

注目すべきは、この3つのどれにも「政府の支出を賄う」という役割が含まれていないことだ。


税は財源ではない

マーティンの分析に引き寄せて言えば、税が「財源」として語られ続けているのは、ロックの「高貴な嘘」――マネーは国家が自由にしてよいものではなく、不変の自然物であるべきだという政治的フィクション――の残響だ。

3. 国債は「借金」ではなく「通貨供給装置」

前回、国債の会計上の構造を整理した。政府が国債を発行して100億円支出すれば、政府の負債が100億円増え、民間の資産が100億円増える。

ここで注意しておきたいのは、国債そのものは「通貨」ではなく、利子付きの政府債務だということだ。国債は現金そのものではない。だが、政府が国債を発行して支出すると、民間には預金や準備預金という形で金融資産が増える。つまり国債発行は、政府支出を通じて民間に購買力を供給する装置として働く。

MMTの文脈では、これを「国債発行=通貨供給」と表現することがあるが、より正確には以下のように整理できる。

  • 国債発行 → 政府支出 = 結果として通貨が民間に流れる

  • 徴税 = 民間から通貨を回収し、政府の債務を縮小させる

つまり、国債は「借金」というよりも、通貨が社会に供給される過程で生まれる政府の負債記録だ。
そして税は、民間に流れた通貨を回収することで、結果として政府の債務残高を減らしていく機能を持つ。「国債を破壊する」という表現は比喩的だが、本質は、税が民間から通貨を吸い上げて流通量を減らす仕組みであるということだ。

この見方に立てば、「国の本来の財源は国債(通貨供給)であり、税収は後から国債を回収するための仕組みである」という整理が成り立つ。


俺の理解:高市内閣の「責任ある積極財政」と重ね合わせる

ここまでの理論を、現在進行形の日本の政策と重ね合わせてみたい。

高市早苗総理が掲げている「責任ある積極財政」。この政策を俺なりに整理すると、以下のロジックで動いているように見える。

ステップ1:国債を発行して支出を増やす
経済成長を後押しする分野――AI、半導体、エネルギー、国土強靱化など――に戦略的な財政出動を行う。国債発行額は増える。

ステップ2:経済が成長する
政府支出が民間に通貨を供給し、企業の投資が活性化し、雇用と賃金が増え、消費が回る。

ステップ3:税収が「後から」ついてくる
経済が成長すれば、所得税・法人税・消費税の税収は、税率を上げなくても自然に増える。

ステップ4:増えた税収で国債が「破壊」される
後からついてきた税収が、先に発行した国債を回収(償還)していく。

ステップ5:減税でさらに好循環を生む
さらに、減税(暫定税率の廃止、年収の壁の見直しなど)によって国民の手取りが増えれば、消費がさらに活性化し、経済成長が加速する。結果として、税率を下げたのに税収が増えるという好循環が成り立つ可能性がある。

これは、まさにスペンディング・ファーストの論理を政策に落とし込んだものだ。

先に支出があり、税収は後からついてくる。税率を上げることではなく、経済のパイを大きくすることで財政を回す。「緊縮」ではなく「成長」で国債を償還する。


国債の回収・消滅という好循環サイクル

ただし、ここで留保を置く。

この好循環シナリオが成立するためには、いくつかの条件がいる。

  • 政府の支出先が「本当に成長を生む分野」であること(無駄な支出では循環が回らない)

  • 市場の信認が維持されること(国債の格付けや金利に直結する)

  • インフレが制御可能な範囲にとどまること

高市氏はプライマリーバランスの黒字化目標よりも、政府債務残高の対GDP比を重視する姿勢を示している。これは「借金の絶対額ではなく、経済の大きさとの比率で見るべきだ」という考え方であり、「パイを大きくして比率を下げる」というロジックと整合している。

なお、余談だがここで出てきた「市場の信認」は金利と密接に関係している。国債を大量発行しても市場が「この国は成長する」と信じていれば金利は安定する。だが信認が揺らげば金利が上がり、国債の利払い負担が膨らむ悪循環に入る。この話は、次回の「金利」の回で深掘りしたい。


ここがまだ引っかかる

引っかかり①:なぜ国会もマスコミも「財源は税収」と言い続けるのか?

もしスペンディング・ファーストが正しいなら、「増税しなければ財源がない」という議論はそもそも前提が間違っていることになる。にもかかわらず、国会でもマスコミでも「財源は税収」は揺るぎない前提として語られている。

マーティンならこう分析するだろう。これはロックの「高貴な嘘」の300年続く残響だ、と。

「政府は家計と同じく、使う前に稼がなければならない」という物語は、かつて王の恣意的な課税から市民を守るために作られた政治的フィクションだった。そのフィクションが、今も財務省やメディアの中に「常識」として生き続けている。

だが、これが意図的な嘘なのか、単に理論がアップデートされていないだけなのかは、俺にはまだわからない。

引っかかり②:「減税しても税収が増える」は本当に可能か?

高市内閣の論理では、減税で手取りが増え、消費が増え、経済が成長し、結果として税収が増える、ということになる。

理論としては筋が通っている。減税によって可処分所得が増え、消費や投資が刺激され、結果として税収が増える可能性はある。

ただし、それは自動的に起きる法則ではない。レーガノミクス、トランプ減税、名古屋市の減税などを見ても、評価は分かれる。税収が増えたとしても、それが減税の効果なのか、景気循環や金融政策、人口動態、産業構造、国際環境によるものなのかを切り分けるのは難しい。

だから俺には、「減税すれば必ず税収が増える」とはまだ言えない。理屈としては成り立つが、条件次第。どの税を、どのタイミングで、誰に対して下げるのかによって、結果はまったく変わる。

引っかかり③:マーティンの分析は高市氏の政策をどう見るか?

マーティンは『21世紀の貨幣論』の中で、MMT的な「通貨の発行者は破綻しない」という視点を共有しつつも、最終的にはナローバンキング(銀行の構造改革)を推している。

つまり、マーティンにとっての問題は、「政府がもっと支出すべきか否か」ではなく、「現在の銀行システムを通じた通貨供給の仕組みそのものが歪んでいる」ということだ。

国債を発行して支出を増やしても、その通貨が銀行システムと信用創造のメカニズムを通じて「成長すべき場所」ではなく「投機する場所」に流れてしまえば、資産バブルだけが膨らんで実体経済には回らない。これはマーティンが「大和解」の帰結として繰り返し警告していることだ。

高市氏の「責任ある積極財政」が機能するかどうかは、「いくら使うか」だけではなく、「通貨がどこに流れるか」の設計にかかっている。この点をマーティンの視点から深く考えると、単なる財政出動の是非を超えた、システムの問題が見えてくる。


いま言えること

現時点での俺の暫定的な整理はこうだ。

  • 「国の財源は税収」は、ロックの「商品貨幣論」に根ざした300年前の常識であり、通貨発行者としての政府の実態とは異なる可能性がある

  • スペンディング・ファースト(支出が先、徴税は後)の論理に立てば、国債は「借金」ではなく「通貨供給」であり、税はそれを後から回収する仕組みだ

  • 高市内閣の「責任ある積極財政」は、この論理を政策に落とし込んだものとして理解できる

  • ただし、このシナリオが成功するかどうかは、支出先の戦略性、市場の信認、インフレ制御という条件に強く依存する

  • マーティンの分析に照らすと、問題は「いくら出すか」以上に、「どこに流れるか」――銀行システムの構造的な歪みが、財政出動の効果を食い潰す可能性がある

これは「確定した結論」ではなく、あくまで現時点での整理だ。
そして、ここで繰り返し顔を出す「市場の信認」「金利」という言葉が、次の大きな問いを指し示している。


次回への問い

今回は、「国債こそが本来の財源であり、税はその後で国債を回収するための仕組みである」という視点を整理した。

だが、この議論の中で、ずっと避けて通れなかったキーワードがある。

金利。

国債を発行すれば、政府はその保有者に金利を払わなければならない。市場の信認が揺らげば金利が上がり、払う利息が膨らむ。前回から持ち越している問いもある――銀行が信用創造で作った3,000万円に対して、借り手は3,000万円+金利を返す。この「金利分のお金」は最初にどこからも作られていない。

金利とは何のために存在するのか? 市場の信認と金利の関係は? そしてこの仕組みは、信用創造と国債のシステムにどんな歪みを生んでいるのか?

次回は、「金利」とは何のために存在するのか?――借りた以上のお金をどこから持ってくるのかを考える。


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