コーチングを知って、会社に行くのに少し気が楽になった話

つい数ヶ月前、私は会社で重大な誤ちを犯してしまった。今年入社したばかりの新卒の社員を辞めさせてしまったのだ。

仕事でちょっとしたミスをした彼の態度が気に入らなかった。これくらいのミス、たいしたことないと本人は思っていたのだろう。彼はミスをしてもヘラヘラしていた。しかし、たいしたことないなんてことは断じてない。彼のミスのせいで動かなければならない大人がいる。客先にも迷惑をかけている。それに、こうしたミスの繰り返しがいずれもっと大きなミスに繋がる。

私は少しスイッチを入れて彼を叱ってしまった。ミスしたことに対して自覚を持ってほしいと。

私が叱ってしばらくしてから、彼は私を別室に呼び出した。

「なんで僕がこんなに怒られなければならないんだ」
「僕は頑張って仕事をしているつもりだ」
「こんなことで怒られるなんてやってられない。こんなに怒られるくらいなら会社を辞める」

この内容を私は彼から浴びせられた。私も去年入社したばかりの社員なので、退職するか否かという権限はもちろんない。会社を辞めたいならばその旨を上長に伝えて相談してみればいいと彼に伝えた。後日、彼は退職する運びとなった。

この一件以来、私はものすごく悩んだ。社内で私の印象が悪くなるという懸念もあったが、それ以上に彼がせっかく新卒という貴重なカードを切ってうちの会社に入社してくれたのに、辞めるという選択に至ってしまったのがショックだった。彼のように辞めるという選択をする新入社員を出さないために何が出来るのか。あの時何がまずかったのか。叱り方がだめだったのか、叱ることがじたいがよくなかったのか、もっと他に上手な伝え方はなかったのか。叱る以前の私との関係性やコミュニケーションの不足が悪かったのか。こうして考えるうちに会社に行くのが億劫になってしまった。自分は新入社員を教育する立場には向いてない、人を潰してしまうだけの人間だ。そう思うと気が落ち込んでしまった。

そんな時にたまたま出会ったのが、「新コーチングが人を活かす」という書籍だ。日本におけるコーチングの第一人者ともいえる鈴木義幸氏による著書で、20年ほど前に刊行された書籍の改訂版である。

作中で、コーチとは「人の主体的な行動をうながせる人」「相手の中にある情報を一緒に探索、発見し、未来に向けた原動力に昇華することのできる人」と定義づけられている。

相手が主体的に行動が出来るよう、相手と共に伴走しながら働きかけることがコーチングなのである。

私はむさぼるように本を読んだ。そして思った。もっと早くコーチングに出会いたかったと。本を読み進めるにつれて、私に足りなかった点や改善点を見つけることが出来た。大きく以下の三点を意識しようと心に決めた。

話しやすい環境を作る

新入社員の教育をはじめ、ミーティングや接客等、何をするにしてもまずはここが大事だと思う。話しにくい雰囲気のなかでは発言も出づらいし質問もしにくい。まずは、お互い話せる関係を構築する必要がある。だからといって、積極的にコミュニケーションをとるべく相手の趣味の話から広げていこうといったことは考えなくてよい。もちろん、それも重要だけれど、もっと簡単なことで話しやすい環境は作れるのだ。例えば、毎朝のあいさつ。最初は気持ちをこめてあいさつしていても、これが毎日のことになると惰性からなおざりになってないか。コーチングでは、毎朝のあいさつをはじめとした「出会いの一言」に常に新しさをこめる。日頃の一言から信頼関係を築くのだ。さらには、普段の何気ないあいづちですら意識すれば相手との信頼関係の構築に繋がる。これも日常的になってくると特に部下の前ではなおざりになってしまいがちになる。しかし、あいづちの声のトーンやタイミング、言葉のチョイスによっては相手を萎縮させてしまうこともある。私も電話口であいづちが雑な相手とはあまり話したくない。逆にあいづちがうまい人だとついつい長く話してしまう。あいづちひとつでも信頼関係の構築に繋がるのだ。さらに、良い雰囲気を作ろうと思えば、見栄は張らずに自分の気持ちをを正直に伝えてみると効果的だ。言いにくい話があるときは「言いにくいことなんだけれど」と前置きをおく。自分がいいと思ったことは素直に「いいね」と伝える。人は相手の気持ちに触れた時に防衛本能を解く。そうして打ち解けることが出来るのだ。このような簡単なことの繰り返しでまずは相手と対話しやすい雰囲気を作る。これがコーチングの第一歩なのである。思い返してみれば、私はあいさつもあいづちもなおざりになっている場面があったし、見栄を張っていて自分の気持ちを正直には伝えていなかった。私はコーチングのスタート地点にすら立てていなかったのだ。これでは、後輩をいきなり叱れば反発されても仕方ないのかなと感じた。普段から話しやすい環境作りに目を向けるべきなのだ。

相手をフォローし、サポートする

答えを教えるティーチングとは異なり、コーチングは、相手に自分で答えを探索してもらう。自分で試行錯誤しながら答えを得ることで、力を身につけるのだ。こうした答えの探索のためには、相手をフォローし、サポートし続けることが必要だ。答えを見つけるまで、また行動や目標の結果が出るまで粘り強くサポートしなければならい。相手の進捗状況を確かめて、もしうまくいってないなら何が良くなかったかを一緒に考えて次の行動に移す。「何かあったらいつでも言ってほしい。私がサポートするから」と伝えて相手の伴走者となって答えの発見や目標の達成を目指す。上司や部下といった立場の違いはあれど、同じ目線で相手と共に到達を目指すのがコーチングなのだ。上から既に答えのある問いを提示するのではなく、お互いの中で問いを置き、一緒に探索する。そして、相手の発見を促すのである。答えを見つけるために試行錯誤して行動する中で、失敗することだってあるかもしれない。しかし、その失敗も答えを導くためには必要不可欠なのである。失敗を咎めてしまえば自発性が失われる。これでは自分で答えを導くということには至らない。相手に失敗する権利を認めるのが重要なのである。「失敗は私がフォローするからどんどん挑戦してほしい」と口にするのは簡単だけれど、いざ実行するのは難しい。ミスの処理がふりかかるのは多大な負担がかかる。それでも、失敗する権利をしっかりと相手に与えて自発的に行動出来る場を設けなければ、答えを己で発見するということは実現できないのだ。私に欠けていたのはこの部分である。後輩のミスをおそれて、常に答えを提示していた。結果、自分で考えて答えを発見するという作業は行っていないためにプロセスが身につかない。自分がしたミスの類もわからないままになってしまったのだ。自分で答えを見つける旅に出させ、答えを見つけるまで粘り強くフォローし、サポートしつ続ける。この力を磨かなければならないと痛感した。

主体的な行動をうながす

「相手が実際に行動を起こしたかどうか」がコーチングのとても重要な点である。相手とどれだけ対話しても、実際に行動が伴わなければ意味を持たない。行動の結果、目標達成出来なかったとしても、まずは行動に移せたかどうかでコーチングの真価が決まる。では、相手の主体的な行動をうながすためには何をすべきか。まずは目標達成に目を向けることが必要である。実現したいことをとことん話し合う。それが実現出来たらどんな良いことが待っているのか。何が身につくのか。実現のためにはどんな障壁があるのか。目標設定をする上で、相手のタイプに合った目標を作ることも重要である。相手の強みを活かした行動をうながすこともコーチングに不可欠な点である。人は自分の価値に合った行動が一番移しやすい。目標が決まれば、その達成に向けて行動に移していく。その中で、決心したつもりが行動に移せない場面が何度も出てくるだろう。その様な時、コーチングでは相手の絵を差し替える。行動の結果、どんな良いことが待ってるかを提示する。魅力的な未来があることに目を向ける。そして、嫌だなと感じることでも行動に移せるようにうながすのだ。相手が主体的に行動できるまでがコーチングなのである。相手に行動を起こさせるような、働きかけかける力が私には不足していたのだ。

いずれの三点も一夜にして身につくものではない。毎日意識して少しずつ時間をかけて自分自身のものにする必要がある。しかし、書籍を読み、こうしたスキルを会社で実践するように心がけていくうちに、私の気持ちは楽になっていった。コーチングを知ることで新入社員とどのように接すればうまくいくか少しずつわかるようになってきたのだ。もう億劫に思うことはない。普段のあいさつや声かけといった些細なことからコーチングは始められるし、この積み重ねでうまくセッションをとれるようになった。コーチングの力をしっかりと身につけて自分自身も人として成長していきたいと思う。

世の中には、コーチングがうまく出来ないがために新入社員の教育をはじめとした部下への指導が下手な人がたくさんいると感じる。私もそのうちのひとりだ。しかし、社会の変化に柔軟に対応していくことが求められる現代において、自分で考え行動するという力を身につけることは必須である。これからの時代、自らで考え行動出来る人材を増やしていくためにもコーチングは欠かせないスキルとなるに違いない。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集

この記事が受賞したコンテスト