【noteでBL】 ≒
今月もやってきました、なみさんの「noteでBL」企画!
今回のテーマは『激重感情仄暗不穏』『耽美』なブロマンス〜BL小説
というわけで多くは語らずスタート!(5656字)
※グロテスクな表現があります。苦手な方はご注意ください!!
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ニアリーイコール。
ほぼ同じ。同等。
”大富豪アウテントゥィヒは男色家”、というのは有名な噂だ。
私がこの屋敷に連れてこられた時には、すでに三人の青年がいた。そして当主の趣味なのか、全員が漆黒の髪をした美しい容姿だった。
「ようこそ、アウテントゥィヒ家へ。仕事をしてもらう必要はあるが、自分の家だと思って過ごしなさい」
そう言ったアウテントゥィヒの声は穏やかだったが、仮面のせいで表情は分からなかった。
アウテントゥィヒは幼い頃、顔に大やけどを負った。そのせいで常に仮面をし、その素顔を見た者はいないという。
私がアウテントゥィヒを見たのはそれきりだった。一代で財を成し頂点まで上り詰めた男。腹の底が見えない人間だが、辛い幼少期を過ごした彼は「子どもには幸せになってほしい」と孤児院の少年を引きとり、奴隷商から少年を買い、育てた。すでに何人かは巣立っていったらしいが、今この豪邸に執事やメイドはおらず、屋敷のことは残った三人の青年たちが管理していた。
「僕が一番年齢が近いかな? 後輩ができて嬉しいよ」
細く美しい右手が差し出された。綺麗に磨かれた爪、長い指、きめの細かな肌。苦労など知らない、そんな手だと思った。
「僕の名前はヘルト。君は?」
今の私に、名前などない。
「まおぅ」
久しぶりに発声したせいか、口がうまく動かない。
「マオ? ふふ、可愛らしい君にぴったりの名前だね。よろしく、マオ」
握り交わした右手は柔らかく、温かかった。
”生物は転生する”、というのは魔族界では常識だ。
だから魔族は死を恐れないが、死ぬことは嫌がる。それまでの記憶と力を失い、新たな個体となってしまうからだ。世界を手中に収めようが、快楽のままに人間を殺そうが、巨万の富を得ようが、なにも覚えていなければ意味がない。
私が勇者に倒され、もうすぐ百年経つ。正確には、魔王だった私が勇者に倒されて、だ。
「また本を読んでいたんだね。マオ」
顔を上げると、目の前にはヘルトがいた。
「ごめん。全然気がつかなかった」
ヘルトは「僕がいつからいたか知ってる?」と顔を覗き込んできた。
「五分前くらい?」
「違うよ! 三十分前だ。相変わらずの集中力だね」
そう言って隣の椅子に腰掛け、頬杖をつきむくれた。
「ヘルト、もしかして怒ってる?」
「当たり前だよ。この僕に気づかないまま、こんなに待たせるなんて……信じられない」
私は勇者に心臓を貫かれたあと、人間の赤ん坊になっていた。それがなぜかは不明だが、恐らく勇者の持っていた剣の力と勇者自身の浄化の力のせいだと考えている。前世の記憶があるのは、私の持っていた魔力がなんらかの影響を与えたのだと結論づけた。根拠はないが、それ以外にもっともらしい理由がないからだ。
「それは、悪かった」
ヘルトは横目でこちらを見たあと、「もう! そんな顔されたら僕が怒れないだろう!」と、私の髪を両手でくしゃくしゃにした。
「罰として今からヘアセットを自分でやること」
「それは」
困る。
なぜかといえば、仕事の中でヘアセットが一番苦手だからだ。
アウテントゥィヒ家に使える者として、身なりを整えることは仕事の一つ。乱れた髪で屋敷を歩くことはできない。
「さぁ、どうする?」
三人の青年のうち、一番の古株ブルーダーは「アウテントゥィヒ家の品位を落とすな」と、ほんの少しの寝ぐせも許してくれない。だから、いつもヘルトに手伝ってもらっていた。
「マオがキスをしてくれたら……許してあげてもいいよ」
ヘルトはなにも知らない純粋そうな顔をして、意外と策士だ。
「また、そんなことを」
「じゃあその髪はそのままだ。ブルーダーの長いお説教を聞くしかないね」
魔族は性交渉をしない。性欲もない。
まず、死ぬと身体中の魔力が地上の魔石に吸い上げられる。一定期間を経て魔石内にて新たな個体が生成され、ある程度形ができると魔石が割れて外に出る。これが魔族の生殖方法だ。
人間に生まれたからには性欲もあるのかと思ったが、そんなことはなかった。だからキスなんてものは、私にとってなんの意味もない行為だ。
「それは本当に困る」
あいつの話はくどくて長い。人間の身体はすぐに疲れる。今日も早く休みたいのだ。
諦めた私はヘルトに「目を閉じてくれないか」と言うと、彼は満足そうに従った。
「マオはときどき渋い話し方をするよね」
ヘルトが小さく笑う。
「……奴隷商の話し方が移っているんだよ、たぶん」
奴隷オークションで売られていた私がそう言っておけば、誰も深くは追及してこない。しかし、まだ子どもの話し方には慣れないな。
静かになったヘルトの薄い唇にそっと口づけると、彼は目を開き私をみつめた。私と同じ琥珀色をした瞳で。
「僕と同じ色だね」
そう言って笑うヘルトの顔を、私はまともに見られなかった。
『お前と同じじゃない』
ヘルトを見ると、ふとした瞬間に奴のことを思い出す。私を殺した忌まわしい人間のことを。
ヘルト、お前は。
「二人ともこんな所にいたのか! 今日はツヴァイが風邪で寝込んでいるから手早くやるようにと言っただろう! 早く庭の手入れにいきなさい!」
「は、はい!」
鬼の形相のブルーダーには適わない。キスで説教を免れたと思ったが……これではヘルトを喜ばせただけだ。
「もう少し一緒にいられるね」
ばたばたと庭に向かう途中、ヘルトから嬉しそうに耳打ちされた。
ツヴァイが手入れをする庭は緑が艶やかで、色とりどりの美しい花が咲いていた。この広い庭をたった一人で世話しているなんて、やはり人間は変わった生き物だ。
「マオ。聞いてほしい話があるんだ」
それまで一心不乱に雑草を抜いていたヘルトが、いつもより静かな声で話しかけてきた。
「なに? ヘルト」
「実は……ご主人様に”お呼ばれ”されたんだ」
”お呼ばれ”とは、アウテントゥィヒに気に入られた者が夜のご奉仕をする、というものだ。
孤児院や奴隷出身の人間からすれば、この屋敷の生活は大層恵まれている。その主人に気に入られたというのだから、それは喜ばしいことだろう。
「そうなんだ? いつ?」
「今夜。ねぇマオ、僕は……」
ヘルトは今にも消えそうな声だったが、その顔は必死になにかを訴えているようだった。
「よかったじゃないか。ヘルトは屋敷で一番美しいのだから、ご主人様にお呼ばれされるのは当然だろう……当然だと思うよ」
危ない。またヘルトに「渋い話し方」と笑われてしまうところだった。
「本当に……本当にマオはそう思うの?」
ヘルトは言葉の意味を理解できない、という顔で、目には少しずつ涙が滲んでいた。
「ヘルト?」
「そう、だね。そうだよね! 僕は四人の中で一番の美男子だ。この僕がお呼ばれさないわけがない。そうなんだよ。僕は、美しいから」
ヘルトは後ろを向き、ジャケットの袖で目を擦った。
「目にゴミが入ったみたいだ。ああ、袖が汚れた……着替えてこないと。じゃあ、あとの手入れはよろしくね!」
私のほうを見ないまま、ヘルトは庭を出て行く。私はなぜか胸が痛んだ。あんな顔は見たことがない。
いや、一度だけある。
『やめろ!』
勇者の仲間を捕らえ、生きたまま奴の目の前で首を刎ねた。
その一瞬だ。あの顔を見たのは。
絶望を孕んだ人間の顔。
全身から血の気が引く。待て、考えるな。ヘルトと奴は別の人間だ。たとえ転生した姿だとしても、同じではない。仮にそうだとして、どうする?
『可愛らしい君にぴったりの名前だね』
私に名前をつけたのはお前だ、ヘルト。
私はヘルトを殺すのか?
――パキン。
落ちていた木の枝を踏んだ。私はそれを拾う。
頭が重い。
早く手入れを終わらせ、ブルーダーに報告へ行かねばならない。今はヘルトを追うことを諦めた。
雑草を抜き終え、次は萎れた花の剪定だ。鋏で黙々と花の頭を切り落としていく。綺麗になったところで、私の目に懐かしいものが映った。
「ハルフェティ……」
庭の隅にひっそりと黒薔薇が咲いていた。私は近づき腰を落とす。前世の私が好きだった花だ。
人間に生まれてからは見たことがなかった。百年経っても、花は同じように咲くのだな。
「今日はマオが庭の手入れをしているのかな?」
背後からの声に勢いよく振り向いた。
「すまない、驚かせてしまったね」
「ご主人様」
まったく気配を感じなかった。やはりこの身体は不便だ。もし屋敷から放り出されてしまったら、私はすぐに死んでしまうだろう。
「その花が気になるのかい?」
「はい。私の好きな花なんです」
「この花が?」
アウテントゥィヒは驚いた声を上げた。
「この黒い薔薇は非常に珍しい古代種でね。取引のある商会の長から個人的に分けてもらったものなんだ。だからマオが知っているとは……思わず大きな声を出してしまったよ」
「それは……図鑑で見たんです」
「そうか。マオはいつも本を読んでいるから、博識なわけだ」
私はアウテントゥィヒの顔を見てしまった。素顔の見えない仮面の顔を。
「あ、失礼いたしました。私のことなど気にしていないと思っていたので」
「四人のことはいつも見ているよ。まぁ、普段はブルーダーにしか業務連絡をしないから、そう思われても仕方がないな。案外人見知りでね。若い君達となにを話せばいいか分からないんだ」
そう言ったアウテントゥィヒの声はやはり穏やかだ。
言葉を交わすのは、初めて屋敷に来たとき以来だった。仮面のせいか相変わらず腹の底は見えないが、思ったより普通の人間なのかもしれない。
「マオ、君はうちへ来て半年ほど経つね」
「はい」
「今晩、私の部屋に来なさい」
「え?」
「必ず一人で来なさい。いいね?」
そう言ってアウテントゥィヒは庭を出て行った。
今夜はヘルトが”お呼ばれ”したはずだが、気が変わったのだろうか。
黒い薔薇に目をやると、萎れた一輪から花びらが落ちた。
屋敷で一番大きな扉。アウテントゥィヒの寝室だ。私は三回ノックし、「ご主人様、マオです」と声を掛けた。
しかし、どれだけ待っても返事はない。もう一度ノックするが、音が廊下に響いただけだった。
私は胸騒ぎを覚えた。これは人間の「勘」というものだろうか。
扉に耳をつけ中の様子を探る。話し声がする。これは、ヘルトか?
「失礼いたします」
私は扉を開けた。
「……え?」
椅子に着席したヘルトが、涙を浮かべ剣を突きつけられていた。
「ご主人、様、なにを」
「なに、だと? お前がやったことだろう」
「マオ……」
アウテントゥィヒはヘルトの言葉も聞かぬまま、彼の細い首を跳ね上げた。大量の鮮血が吹き出し、ゴト、という音がした。
ヘルトの首が、床に落ちた音だった。
「時間は掛かったが、ようやくお前を見つけだせた」
アウテントゥィヒは剣の血を払い、その仮面をゆっくりと外した。
「貴様、は」
私は目の前の光景が信じられなかった。
「忘れたとは言わせない。お前のせいでこんな顔になってしまったけどな」
男の顔には黒い蔓が這っていた。だが鋭い琥珀の瞳は百年前と同じままだ。忘れるわけがない。私の心臓を貫いた男の顔を、忘れられるわけがない。
「お前がかけた呪いはなんだ? 身体中に蔓のようなものが這ってくる。しかも花まで咲くんだ。ああ! 気持ち悪い!」
私の呪いを受けた者は、身体に植物が根付く。そして心臓まで根が届くと、美しい黒薔薇を咲かせて死ぬのだ。
「なぜ、貴様は、生きて」
「それはこっちが訊きたいね。何度も死のうとしたさ。だけどこの蔓が邪魔をして死なせてくれない」
男は自分の心臓目がけて剣を突き刺すが、すぐさま身体から蔓が伸び、それを妨害されていた。
「なぁ、責任取ってくれよ。こんな身体になっちゃったんだからさぁ」
男は私の身体を容易く押し倒すと、そのまま腹の上に跨ってきた。
「どうして私だと気づいたんだ」
「知っているか? 魔導士の間では”生物は転生する”、という話は常識なんだ。お前が首を刎ねた仲間は優秀な魔導士でね。魔王が人間に生まれる呪いをかけていた」
男が両手で私の首を掴んだ。硬い手のひらの感覚が伝わる。豆が潰れ皮膚が硬くなった、武骨な剣士の手のひら。
「だから魔王と同じ黒い髪の子どもを集め続けた。なんの根拠もないが、勇者の勘というやつなのか、なんとなくそう思った。そして勘は正しかったわけだ。お前は昨日、ボロをだした」
「ボロ?」
「黒い薔薇は、もうこの世に存在しない。魔王が死んで絶滅したんだ。魔力を養分にした花だからな。図鑑に載っているわけがない。この時代の人間に見ることは不可能だ」
私の首を掴む奴の手は異常なほど熱い。徐々に圧力が加わってくる。
「なにを、している。はや、く首を絞めれば、いいだろう」
頭では恐怖を感じないが、人間の私は怯えているらしい。身体中が震え、涙が溢れて止まらない。
少しの沈黙ののち、「………………いいや。気が変わった」と、手の力が緩んだ。
男は私の身体から離れ、床に転がっていた仮面を被った。
「明日の夜、私の部屋に来なさい。一人で、だ。いいね?」
「なにを、言って」
仮面の男は振り返り、私を見据えてこう言った。
「私を楽しませてくれ、ハルフェティ。そうだ! 君のことが好きだったヘルトにも見ていてもらおうか! 乱れた君の姿なんて、最高のご褒美だろう!」
男は足元に転がるヘルトの頭を拾い上げ、私に見せつけた。
「その名を、呼ぶ、な」
血まみれのヘルトの目から、流れた涙の跡が見える。
「どうしてだい? 同じことだろう」
「違う。同じじゃない」
「同じだ。お前は魔王ハルフェティ。野蛮で下劣な人殺しだよ、マオ。さぁ、ともに地獄を生きようじゃないか。この屋敷で、永遠に!」
男がヘルトの頭を放り投げる。ごん、ごん、と小さく二度跳ねた。頭が私のすぐ目の前に転がると、琥珀色の瞳と目が合った。
虚ろになったその色は、果たして私と同じなのだろうか。
前世の私を知っても、同じ色だと言ってくれたのだろうか。
了
結局「耽美」とは何なのかわからず……
一応ファンタジー世界がベースなので、今回は葬送のフリーレンの真似をしてドイツ語を元にしたり、もじったりして名前をつけました。
ヘルト=勇者、英雄
アウテントゥィヒ=本物の、正真正銘の
ブルーダー=兄弟
ツヴァイ=2
ハルフェティ(これだけドイツ語ではない)=黒薔薇の産地。本当は違うというネット記事もあるけど、なんか語感がよかったので
