"幸せ"が辞書から消えた
もうすぐで29歳の誕生日を迎える。
こんな僕は週末の"競馬予想(コインゲーム)"のことしか考えていないのである。
馬連や大穴単勝が当たったときは、脳汁が出る。
その脳内分泌が終われば、余ったコインは隣の小学生に無償で渡している。
人間は他人に何か与える時に幸せを感じる生き物らしいのだ。
確かにそう感じる。
当てるというより、与えるためにモーリーファンタジー通いをしていると表現した方がいいのかもしれない。
「与える」という言葉は、「当てる」よりも幅広い意味を持つ言葉で、ゲームセンター通いの目的をより抽象的に表現することができるらしい。
とても便利な言葉で、さまざまな価値観を読者に感じさせることができる。
大人になると、"幸せ"の定義を感じさせられる機会が増える。
前提として、
"幸せ"は人それぞれであり、「正解はない」。
幸せを追い求めている人を見ると、残念としか思えないのは僕だけなのかなぁ?
「幸せは突然にやってくる」とよく聞くが、
僕もそうだと思う。
必死に幸せを追い求めるエネルギーがあるのなら、
エニタイムに通うと良い。
エンドルフィンが"幸せ"を呼んでくれる。
家庭を持つことが幸せな人もいれば、
気負いせず1人の時間を楽しむことを幸せだと感じる人もいる。
どうしても"幸せの正解"が知りたくて(導き出せるわけもないのに)、Fラン大学卒の友達に「君は何をしている時に1番幸せを感じる?」と聞いたことがある。
彼はこう答えた。
「ん〜、寝ている時🥱」
僕の力は抜けた。
これまでの人生を振り返ると、なんでも完璧にこなそうとしてきた自分を恥ずかしく感じる。
この子とは、ずっと友達でいようと思えた。
真面目すぎる自分を、不真面目へと調教してくれる大切な存在。
最近、適当に生きることが自分にフィットしてきた。
毎日、赤点ギリギリの60点で大満足。
そうすることで80点の日を特別な日に感じることができる。
"幸せの基準を下げる"ととてもいい感触だ。
例えば、
丸亀製麺で無料のネギを大量に入れちゃう。
1日1回、他人に何かを与えてあげる。(素敵な言葉でもいいし、お菓子などの物でもいい)
これだけで、僕は"幸せ"を感じる。
年収の壁?高額医療制度?年度末予算案?そういうのは自分1人の力じゃどうにもならないから、
自分(自分たち)の生活のことだけ考えばいいとも思う。
もっと力を抜いて。適当に。slowly.で。
冗談が通じる世の中がものすごく好きだ。
特に"アメリカンジョーク"を好んでいる。
いつもオチはハッピー。
貶しあっても、最後は両方が笑顔で終わる。
日本はジョーク効果が低く、真面目に受け止められてしまう。それで敵を作ってしまうんだ。
実際に自分もこれで1〜2人、友達を失った(笑)
僕からしたらジョークでしかないのにな。(笑)
あの頃の1〜2人、何してる?元気かい?
もう書くことも特にないので、
最後におすすめの本を2冊ご紹介します。
ささる人にはささると思います。
人生、もっと楽になると思います。
それと"自分軸"ができました。
それが1番の収穫。


その通りです。ひろゆき信者です。
何人かには嫌われそう(笑)
基本、職場に置いて暇な時、周回読みしてます。
「自分軸が整っていない人」におすすめです。
他人軸はもったいないし、性格悪くてもOKだと思います。
性格悪い自分を愛するといいと思います。
あ〜〜、今日も楽だ。
文章を書いてて、自分の脳みそを見られているみたいで恥ずかしいですが、
拝見ありがとうございました。
年1で書きたいと思っているけど、来年はどんな言葉を使って文章を展開していくのだろう。
"言葉選びはその人の心情を表す"ってよく聞くから、来年も楽しみ。
来年の文章が暴言ばっかでも、それはそれで
「愛せる」。
john
