【追い詰められていく日々 | 酒に逃げアルコール依存に | 心が壊れた瞬間 | 適応障害を患い退職代行を使ったアラフォーパパのブログ】
ご覧いただきありがとうございます。
今回は私が適応障害を患うまでの事を書こうと思います。
まず、私は音楽系の企業で正社員として働いておりました。
所謂「エンタメ業界」ってもので、
労働時間は不規則(長いと朝から朝までなど)で、
まさに「この仕事(業界)が好き」じゃないとできない仕事だったと思います。
元々音楽をやっていたので、
私も当然業界の事は好きでしたし、
やり甲斐も感じておりました。
しかし当然ながらエンタメ業界の裏には黒い影もございます。
※全ての会社がそうだとは思いませんが
所謂「ハラスメント」です。
主にモラハラみたいな事が多かったと思っております。
私の勤めてた会社の部署では、
直近の上司でも年齢が10個ほど上で、
昭和的な思考の方が多かったように思えます。
ちょうど私のポジションは
【上司>私>アルバイト】という中間のポジションだったと思います。
その為、上からは理解に苦しむ一方的な指示を受けたり、
下からはそれに関する反発の声を聞いたり、
正直中々ストレスの溜まるポジションでした。
私の良くない所でもあったのですが、
私はそれらを全てうまくまとめて良い方向に持っていこうと勤めてました。
しかし、その結果自分の意見や気持ちを常に押し殺し、
日々「誰か」の為に過ごす日々を送ってました。
そうするとストレスも溜まる一方。
もちろん不満もどんどん溜まっていきます。
でも私にはそういった自分の意見や本音を言える相手がいませんでした。
「みんな頑張ってるんだから私だけの意見を言ったら悪いよな」
そう思って踏ん張っていました。
その結果好きだった業界がどんどんつまらなくなっていった気がしました。
自分がおかしいなと思い始めたのは2025年5月でした。
この頃から徐々に連絡の即レスができなくなってきました。
私の仕事上、出勤前だろうが就寝中だろうが休日中だろうが
問答無用でスマホに連絡が入ります。
自慢ではないのですが、
仕事上の連絡は即レスで返していました。
連絡1つ遅らせるだけで物事の進みが遅れると考えると、
相手方に迷惑をかけるからです。
しかし、徐々にスマホを見るのが億劫になっていきました。
出勤前は寝室に放置したり、
おやすみモードにして通知が出ないようにしたり・・。
今考えると明らかに自分の中で異常が起きておりました。
スマホから離れたらストレス緩和されるかな?
と思ったのでしょう。
しかし、緩和されることもなく、
逆に劣等感を感じるようになり、
自分に自信も持てなくなり、
いよいよ職場に行くことが億劫になってきました。
それを誤魔化すかのように、私はお酒に逃げました。
ひどいと朝から飲み始める始末。
でも、その時の私はお酒を飲んでる時だけは安心感を感じることができました。
アルコール依存になるまで、そんなに時間はかかりませんでした。
2025年6月
いよいよ心身共に限界を感じ始めます。
この時は劣等感が最高値で、常に人の目が気になる状態でした。
外を出歩くことすら恐怖に感じてました。
それでもどうにか頑張って仕事に行き、
帰ってからは気絶するように寝てました。
徐々に睡眠リズムも壊れていき、
2:00〜3:00に寝ても5:00〜6:00に目覚めてしまい、
その後寝れなくなる生活を送ってました。
結果的に最後となった出勤日。
この日も5:00頃から起床しており、
仕事は深夜まで。
私はうっかり職場で寝てしまい、
そのまま朝を迎えてしまいました。
娘の保育園の送りがあるので「まずい!」と思い、
急いで帰ろうとしたら、扉がしまっており、
外に出る事ができませんでした。
どうにか別ルートで外に出ることができ、無事間に合ったのですが、
ここで完全に心が折れてしまいました。
家族のために働いていたはずなのに、
気づけば家族の生活すら脅かす日々。
この生活は明らかに「異常」でした。
次回、心療内科の初診と、退職代行という選択について綴ります。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
