人の矛盾に寛容になれ
なんの足しにもならないことなのだが、僕は人の矛盾点をつくのが上手である。
相手の揚げ足をとり、言い負かすことに割と全力を注いできた人生であるからだ(何とも滑稽な、、笑)。
僕は、相手を追い詰める発言をする際、必ず根拠や証拠を提示する。憶測ではなく、相手の言い訳や言い返してきた事柄に対し、「じゃあこれは何?」とやるのが好きなのである。
しかし、ここ最近はそういった"争いに発展する行い"はわりとつつしんでいる。
怒らない限り、極力やらない。
これは僕の非常に陰湿な部分であるからだ。一旦、封印している。
論破し、口喧嘩に勝ったところで得るものはほとんどないことを学んだからだ。
非常に不毛な時間を過ごすことになるし、そんな時間があるならば、自分のコンテンツ作りに注力した方が良い。
そして、人の矛盾に寛容になることは、利点があることも知った。
他者の複雑さや不完全さを受け入れる姿勢を示すことは、自己理解や感情のコントロールが進んだ成熟した心の状態を反映するのではないかと考えるようになったのだ。
矛盾を許容することで、対立や批判を避け、共感や協力に基づく関係を築くことができ、人間関係や社会での調和を促進するからである。
これは僕が、サラリーマンを一年半やったことにより、自然に身についてしまった、組織での振る舞い方、であるのかもしれない。
だが、調和を気にするあまり意見を言わないことはダメである。
矛盾ばかりする輩を、野放しにはしない。
意見はそれなりに言う。迎合するだけでは話にならない。やはり、違うと思ったことは発言するべきだ。
"発言の仕方"をわきまえたうえで。
自己の意見や信念を表現しないと、個人の成長や真の対話が妨げられ、表面的な調和にとどまり、本質的な問題解決や関係の深化が難しくなるからである。
これまで、素直に生きてきたのだが、空気を読むことも忘れてはならない。
直球な思考だけでは周囲との調和や状況に応じた適切な対応が欠ける場合がある。
他者の感情や場の雰囲気を理解し、適切なタイミングで意見を述べたり行動したりする必要がある。
また、これは少しテーマとはズレた話になるが、物事を進める時は、あえてそれについて発言をしない方が良い。
虎視眈々と機会を見極めて、進めていくのである。
戦略的に動くことで、調和と自己主張のバランスを取りながら、効果的に目標を達成することができる。
人は一人で出来ることは限られる。
協力や他者との連携を通じて初めて大きな成果を生み出せることも多分にある。
調和を保ちつつ、適切なタイミングで行動することが重要なのである。
そして、影なる努力は人一倍行うことだ。
40歳を過ぎた今、本当にやりたいことを実現させる人生にするのだ。
これが60歳になったら、多分、意欲が低下して守りに入る可能性も出てくるだろうからね。
50歳までの時間を逆算し、淡々と計画を進めていく。
僕には、必ず成し遂げたいものがある。
僕もこれまで、沢山矛盾して生きてきた。
人の矛盾に寛容になり、自分自身の人生を充実させることに時間を使おう。
人は必ず死ぬことを、忘れてはいけない。
本日アップした事件解説動画はこちら。
ついでに見ていってね。
【さいたま頭蓋骨○○事件】斎藤純容疑者の異常性と心理を元受刑者が解説
https://youtu.be/fmWRVtPtjJw
