純粋存在感存在

















純粋存在感存在
いつも不思議に思っていた。かわいくて面白くないその女の子はいつも人に囲まれてカーストの上位にその存在を誇示していた。彼女が実態のある話をしている記憶はなく、えー?!とかえーーー!!!とか笑い声とか、そういう類のものしか思い出せない。かといって嫌味はなく、品もよく、その子の、Aちゃんの陰口は一度も聞いたことがなかった。
夏が来ると窓の外から牛糞の獣臭さが漂ってくるような田んぼのど真ん中にある中学校、なのに徒歩10分もいけば住宅街がありそれなりに栄え、さらに行けばお店が立ち並び、週末になるとゲーセンや映画館は近隣の学生たちがたむろする、田舎だけどそんなに苦労なく暮らせる、人間も多い、そんな地元。ゲーセンには毎週末通い詰め、馴染みの顔を見かける頻度も多いがそれ以上に見かけない顔があって、どこからこんなに人が湧いてくるのかといつも疑問に思っていた、そんな地元。決して目立つ方ではなかった私にそんな人が溢れる煌びやかなゲーセンは決して似合うものではなかったが、カースト上位の友達の友達ということもありそれなりに頻回に遊びに行っていたのだと思う。最初に子供だけで行ったそこはとても広い世界に見えて、ちょっとだけ大人になった気持ちがした。そんな気持ちはすぐに薄れてしまうんだけど。
さてその頃の私の日常は毎日学校に行くのが嫌で仕方がなかった。牛糞の臭いのする学校が嫌だということだけではない。モラトリアム特有の小難しいちっぽけなそれでもなく(あくまで自称ではあるが)、簡単に言えば、いじめられていないけどそれに近しい扱いを受けていたからだと思う。仲の良い(と思っている)友達はいる。でも友達というには腹の中を割って話す事はなく、本当に綿埃ひとつ揺らすことのできない程度の、即ち波風が立たない程度の上辺の会話しか私には出来なかった。ほとんどが相槌で、たまあに口を割って出た言葉に対して友達は「ふーん」とか「へえ」とかそういう興味のない言葉と目つきで流されてしまった。つるむ友達はカースト上位のAちゃんと繋がりのある友達が所属するグループ(私を含め4人)で、私は主に話の聞き役で、その名に恥じぬくらいに口が堅かった。そして何より何に対しても否定をしない姿勢が影響したのだと思う。それが転じて早い段階から舐められていた。そう。攻撃しない人間を嗅ぎ分ける力が人には備わっていて、それを見つけては格好の暇つぶし、おもちゃにするのであった。私という存在をイジることによってグループは安定し、崩れることなく平穏を保っていた。恐ろしいことにそれが無意識下のうちに行われる。しかしそんな私の下にはさらにおもちゃにされる存在もいて、その存在の事がいつも気になっていた。いわゆるいじめられる子である。決まって同じ子が標的にされ、バイキンにされ、かと思えば飽きられて触れられすらしなくなっていく。(触れると死ぬとでも言わんばかりに。)そう思うといじられキャラとして可愛いがられている私はまだましなのであった。
ある日体育がだるすぎて、というより女子特有の「一緒に移動しよー!」な空気が苦手で授業チャイムが鳴るまでにグラウンドに間に合うか間に合わないかギリギリの時間まで教室にいた時のこと。クラスには私とその時いじめられていた女の子(Mとする)だけが残っていた。Mは小学生の時から知っていたし、うっすらと人を惹きつけない凛とした一匹狼なそれを持っていて、中学に入るとそれを嗅ぎ分けられすぐさま標的になった。しかしその点が気になっていたのではない。Mは、人目を忍んでは手のひらを舐めていた。周りは決して気づいていないその行為。私は周囲をさりげなく見渡すため視野を動かさずしてそれを遂行する“視野見“を獲得していたのだが、その視野見で発見したものだった。絶対に誰にも見られていないそのタイミングでMは手のひらを舐めていた。そしてその行為が私とMとを繋いでいる秘密だった。(前述した通り私は口が堅く、Mの秘密は私と彼女の間にある秘密事であった)
「そろそろ行かんと間に合わんやばい!」Mに聞こえるよう親しげを込めて大きな声で口にした時、またしてもその行為が行われていた。Mは私の机から見て左斜め3席後ろに位置し、慌てている私をよそにその悠然たる行為が行われた。ものの数秒であったがとても長く感じたそれは気づいたら終わっていて、何も言わずに立ち上がり突っ立つ私を置いて早歩きでグラウンドに向かっていった。それを見て私も急いでグラウンドに走った。
ストゼロを飲みながらSNSをザッピングするのが日課になっていた。マジでクソつまらない仕事を毎日して、お金もそんなにもらえなくて本当に辟易していた。そんな人並みの悩みを持つ私は即ちクソつまらない社会人になっていた。あれだけ色々と悩んだりしていた学生生活も光陰矢の如しと言わんばかりに秒で終わった。いじられキャラだった私は卒業後声をかけられることも次第に減り(毎日顔を合わせる事で生まれるストレスがなくなりグループの秩序を保つ必要もなくなった影響だろう)とりあえずで交換したSNSアカウントこそ残っているものの連絡を取る事はゼロになった。
当時一緒にいたグループの3人が着飾って仲良くピースをしている写真をみかけた。少し涙ぐむAちゃんを真ん中に囲んでいるその写真はいわゆる結婚式の幸せな一場面を切り取ったものだった。カースト上位のかわいくて面白くないAちゃんはその容姿に見合う長身イケメン旦那の隣で3人に囲まれ涙ぐんでいる…涙ぐみたいのは私である。中学という多感な時期、腹を開いて話す事はなかったものの聞き役に徹し自我は決して主張せずグループの秩序を保つために3年間いじられキャラであり続けそれなりにストレスがかかったけど毎日クソみたいだったけどなんとかやってきた私は結局居なかったみたいな存在だったんだと。私は、私の存在はその程度だと知っていたけど実際に目の当たりにするとこうも喪失感に見舞われるものなのか。高校でバラバラになったものの連絡を取り合いより強固な関係を築いた3人(それとAちゃん)とストゼロ500ml缶しか慰めのない私。高校卒業後それなりに努力してそれなりの地元企業に入社し各々OLになった4人と、人と接したくなさ過ぎて黙々作業系の仕事を選んだ私。どちらが人として、女として正しいかが、その輪郭が浮き上がってくるような気がして、SNSを速攻で閉じ、なんとなくトイレに行きなんとなく排泄をし、リビングに戻って流れ作業的にストゼロ500ml缶を開け胃に流し込んだ。
一度こういう経験をすると自分が不幸だと思いたいのか、その理由付けをしたくなるのか、日に日にSNSを開く時間が増えていった。家と会社の往復。会社の休憩時間にSNSを開いては閉じ、SNSをガッツリ見漁るために家に帰り、また会社に行き、いよいよどうしようもなくなってきた。そんな数ヶ月を経て、ある夜、冷たい感触を感じ目が覚めた。どうやら私はベッド上で失禁していたらしい。ベッドに入ったこともその前にしていたことも覚えていないが、机の上に置かれた充電9%で放置したスマホと、酒の空き缶8本(計4ℓ分)とで容易に想像できた。このままでは私の人生が、存在そのものが終わる。
特に趣味もなく過ごした闇の1年間であったので、あたらしく何かをやるにはハードルが高かった。それでも動き出さなければこのまま私が終わっていくと必死に搾り出した案は、マッチングアプリへの登録だった。社会に馴染む為だ。背に腹はかえられぬ。評判の良さそうなアプリを一つに絞り、インストールした。それなりの見た目が幸いして短期間に複数の男性に会う事ができた。中でも3人が私の心に留まった。
S
久々に職場以外の人と会うという事もあり相当に緊張して向かった。同じ県内の都会に住むS。2週間ほどやりとりをし会おうという流れになった。(私が掲載していた写真や趣味から意気投合した。ここ1年は趣味もなくSNSと酒に溺れていたがその前は読書や音楽鑑賞、美術鑑賞などどれも内向きではあるがそれなりに文化度高めな趣味があったことを思い出し、その事を書き綴っていたのであった)2時間をかけ私の地元駅に来てくれた。改札横に集合し、無難な焼き鳥屋に向かった。相当に緊張し会話はよく覚えていないが、アプリでのやり取りの延長を話していたように思う。学生時代に培った聞き上手のノウハウが幸いし、いい感じに解散する事ができた。後日このことを友人に報告すると(高校時代に知り合った友達で唯一自分の話ができる存在だ)職業は何してる人なの?と聞かれ、?マークが浮かんだ。職業とかそういう踏み込んだ事は聞きづらく、また向こうも聞いてこなかった為さして気にしていなかった。が、どうやらそれは普通ではないらしい。「職業とか身の回りの話からしない普通?!」という事だったので次からは気をつけようと思う。
Y
短期間に2人目に会うのは不誠実かとも思ったが友達曰くそういうものらしいので、程なくして2人目と会った。Yは隣の県に住む(といっても私の住む隣の市なので距離的には近い)ひと回り以上年上の男性。共通した漫画家が好きで意気投合した。物腰柔らかく言葉遣いも丁寧で、とても好感の持てる清潔感のある眼鏡の男性。胸板が厚く外で力仕事をしている割には(みかん農家をしているという事だ)色が白い、明るく爽やかで年齢を感じさせないのに、どこか影を落とした姿が印象的であった。その姿は好きな漫画に出てくる登場人物像そのものでど肝を抜いたが、その事は黙っておいた。会話も弾みとても楽しく過ごしたのだが、帰り際、腰に手を回し顔を見つめてきたかと思ったらキスをされた。ヤリモクの4文字が頭に浮かんだが、それといって断る理由もなかったのでそのまま夜を過ごした。特に何も感じなかった。
R
なんらかのユニフォームに身を包んだ写真、BBQ的なリア充写真、旅行先でのエンジョイ写真、飛行機から見える景色など眩しくて私の人生とは無縁の営業職男性からいいねがきて、何となく会うことになったのは、Yと会った次の週であった。同じ市内に住むR。共通した漫画家が好きで(Yと共通する)話してみるとその見た目とは裏腹に文学的な言葉を持つ彼に惹かれた。いわゆる陽の趣味を持つ彼との会話はとても楽しかったが、一つ気になる事があった。目が、目が笑っていなかった。その違和感をかかえ解散後もう一度マッチングアプリを開いた。キラキラした写真は、どれも眩しくて充実したものだが、どの写真も、どの場面も、その場に合わせた彼の顔と目が張り付いていた。なんていうかそれは当たり前の事なんだけど、やはり会った時に感じた違和感と同様に、目が、目が作られたそれであった。
S
初めて会ってからというものメッセージのやり取りはYとRに比べても群を抜いて多く、月に3回は会うようになっていた。映画にいったりランチをして話を楽しんだり、かと思えばカフェで寡黙に読書をしたりとオンオフのどちらも楽しめるかなり充実したものだった。友達曰く3回も会えば付き合うとかどうとかの話が出てくるというものだったがそういう素振りはなく、ただただフランクな関係が続いた。そんな事が続いた5ヶ月後、少し遠出して有名なカフェに向かった。予約が必要なカフェ(カフェのランチタイムで予約制はあまり見かけない)だったがSが手続をしてくれていた。店内は清潔感があふれ白を基調とした内装が陽に照らされキラキラと輝いていた。Sに目をやるといつものフランクさとは違う表情をしていた。その目は私に注がれ、光に溢れた誠実なそれで、その優しさを含んだその瞳は私を捉え、大切に大切に私の事を映していた。その時、その瞳の中にいる私の顔が、引き攣っていた、ように感じた。今Sは他でもない私を捉え、私の存在を全肯定し、私の中の全てを知ろうと、愛そうとしている、その目。感じたことのない明るさ。
ランチは早々に切り上げて帰宅した。その時のことはよく覚えていないが、それ以降Sとやり取りをする事はなかった。それでいいと思った。
Y
Sとの一件の後、Yと会う頻度が増えていた。以前にも増し私の口数も増え、内面を吐露していたように思う。やり場のない焦燥感や不安を言葉も拙く吐露しては、ヤる流れが続いた。私の話を聞くYの瞳に私は写っておらず、むしろ、それが居心地良く感じた。居心地が良いというより、それが正解だと思った。自宅での飲酒量も増え、ある夜、涙が、堰を切って止まらなくなった。そんな時連絡出来るのはYしかおらず、連絡を取り、いつも通り合流し、泣きながら、落ちのない、しょうもない、私の内面をぶちまけた。するとどうだろう。Yの瞳に私が写ってないのはいつもと変わらないんだけど、Yの、私をみる目が変わった。それも一瞬。その後いつもより親身に話を聞き、優しくなだめてくれ、コンビニの駐車場に車を止め、私が落ち着くまで待ち、ヤらずに解散の流れになった。その後、何度メッセージを送っても、返事が返ってくることはなかった。
R
Rとのやりとりは忘れた頃にメッセージが届き、言葉を交わし、その後会うという流れが定番化していた。キラキラした陽の彼ではあったが話す内容はどれも彼の陽とはむすびつかないものであった。人は見かけによらないなんて人並みな事を感じていた。また、そんな彼に徐々に心を動かされ、私も、私の内面を落ち着いて話す事ができた。私の内的な趣味の話もとても楽しんで聞いてくれ、彼もそういった趣味が好きだということも発覚した。そんな彼からある日、美術館へ行こうと誘いが入った。友達を1人連れてくるということだった。当日、美術館へ向かうとRの隣に凛とした空気を持つ女の子が立っていた。人を寄せ付けない一匹狼な雰囲気を持ち合わせている彼女。それは、その女の子は、Mであった。自己紹介を終え久々の再会ではあるが当時の事を思うと喜ばしい気持ちにはなれなかった。微妙な沈黙の後、Mは私に言った。
「あの時、あの教室で私がしてたこと、気づいてたでしょ?」
美術館での鑑賞はなぜかいつにも増して集中してゆっくりとする事が出来た。それぞれがそれぞれの時間を使い、気を使うことなく、いい時間が流れた。鑑賞後はロビーで待ち合わせた。Mの告白にはドキドキしたが、その後の彼女の表情はとても軽やかで凛としたニュートラルな瞳に私を映していた。そういえばRの、笑っていない目に違和感を覚えることはなく、各々が自分を偽ることなくその場の会話を楽しんだ。Mと連絡先を交換し、その日は解散した。
M
衝撃の再会を果たした数日後、彼女からメッセージが届いた。Rと一緒にお店に遊びに来てよというものだった。詳細はわからないが20時集合ということで飲み屋だろうという目星をつけて当日を迎えた。Rと合流しお店に向かうと、黒いベストを着たお兄さんが店のシステムの説明をはじめた。頭がついていかなかった。煌びやかな席に着席すると薄着なMが登場した。そこでRとの馴れ初めを話しはじめた。同僚とノリで来たRの、そのRの瞳に映る自分に安心して名刺の裏に電話番号を書いたものを渡したらしい。
「Rの事好きなんじゃない?あの子さ!」「いいなあ俺も連絡したい、毎日触りたいわあー」なんて冷やかされながら嫌々ではあるがRはMに連絡をし、やり取りが始まったという事であった。
そこで疑問が浮かんだ。なぜRは嫌々でも連絡を取ったのか。そしてMはRの何に惹かれたのか。それに2人は付き合うとかそういう関係を築いているわけではなかった。
疑問に思ったのも束の間、室内は暗くなりムーディーな音楽が流れはじめた。そう思った矢先、Mが私の膝の上に乗り、私の瞳を見つめ、唇を重ねてきた。柔らかいそれは酒で潤み、凛としたMからはとても想像できない甘美で艶のある匂いがした。
「いいよ、その目だよ、その目。あなたのその目は、あの時あの教室で、私を捉えた、その目。他の子は私を見ても存在をも捉えていなかった、無意識にそんな惨い事ができたのに、あなたの目は違った。私を、私という存在を存在として捉え、決して見放すわけでもなく、嘲笑するでもなく、生殺しにするその目。生殺しだけど、愛のあるそれ。それが、その目が私を落ち着かせた。きっとあなたも同類だと思ったんだけど、正解だったんだね。」
言い終わると私の手を掴みMの胸へと導いた。
「周りを見てみて、みんな女の子の胸を掴んだり口に含んだりしてるでしょ。それを、その存在を行為として楽しんでいるの。そこに個性も何もなくてただ目の前にある純粋な存在、物体として楽しんでいる。純粋存在感存在として。」
柔らかくて白くて暖かいそれを、私は丁寧に撫で、口に含み、Mの目を見つめ、また口付けした。私が、私という存在が、肯定されたような気がした。
今思えば、可愛くて面白くないのにカースト上位にいたAちゃんの、その存在意義がわかる気がする。その存在は純粋な存在としての存在、目的とか、意味とか、そういうものじゃない、純粋存在感存在。私は、私という存在に、周りとの関係に、意味を求めすぎていたのかもしれない。周りもまた、そんな事に苦しんで、Aちゃんに救いを求めていたのかもしれない。そして私はAちゃんとはまた違い、存在感として認められることも無く、無個性のサンドバッグとして、消費されていたのだと思う。
Rは周りに溶け込もうと流され、その個性を、その意味を、純粋存在感存在の中に求めようとしていた。社会のテンプレにハマり、ある意味純粋存在感存在となる事で波風は立たない。が、そうではない本来の自分との乖離はいつか自分を蝕む。Mは、その全てを理解し、セクキャバ嬢として、純粋存在感存在として、Rと私の目の前に現れたのだ。
それからというものMとRの3人で過ごす時間が増えた。目的のある関係では決してないが、お互いがお互いとして触れ合い、存在を確かめ、肯定し合う、そんな関係。とても居心地が良く、気取らない時間であった。
