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前十字靭帯を切った日、僕の人生が繋がった

未来が失われる音を聞いた

僕は25歳のころ、ちょっと本気でやっていた趣味のフットサル中に前十字靭帯を断裂した。
接触プレーとかではない。
目の前のディフェンダーにフェイントを仕掛けて、ドリブルで抜こうとした瞬間!
僕の右足からバチンとお笑い番組のゴムパッチンが顔に当たった時のような音が体内に響き渡った。
相手のディフェンダーも聞こえていたくらいの音だ。

この数週間後には、市の2部リーグの初戦を控えているタイミングでの怪我だった。

夢であってくれ

絶望した。
趣味とはいえ、自分がフットサルでどこまでやれるかを知りたくて練習もしたし、試合もたくさんした。
チームの連携も毎週のようにした。
みんな仕事しながらだから、練習は早朝。
それでも、みんなが初めての市の2部リーグに向けて調整をしていた。

僕はもう試合に出れない。
手術して、リハビリをしても今まで通りプレー出来る保証は無い。
正直、夢であってくれと願う毎日だった。

「T-Penの分まで俺等やるから!!」

そう声をかけてくれている仲間の声も、僕の中ではただただ傷つくだけだった。

「なぜ、このタイミングなんだ・・・」

僕は、真っ暗闇に放り出されていた。

痛みが消えた、その先に

前十字靭帯断裂から1ヶ月後、普段は痛みが全く無くなった。
手術をしなくても、日常生活には大きな支障は無いと言われたが、本当にそのとおりだった。
でも、それがこの時の僕には良くなかった。
「これ、プレーできるんじゃね?」
そんな希望とも言える感覚が大きくなっていった。

正直、奇跡というやつにすがっていたと思う。

僕は、膝に市販で売っているサポーターを付けて、軽い練習を始めた。
少し、不安だが行ける!
激しい練習は出来ないが、ちょっとずつ、ちょっとずつボールを触り始めていた。

練習では、理性が効いている。
なので、右膝に負担がかからないようにプレーをするようになっていった。

チームメイトからも、スタメンは無理だけど、途中交代の短い時間ならいけそうっと思われるくらいのプレーが出来るようになっていった。

市の2部リーグはもう始まっていたが、メンバー登録には僕の名前は残っている。

僕の中で希望が生まれた。

抑えきれず、ピッチに立った

第3戦だっただろうか、いつものようにベンチから皆を応援する。

ちなみに、フットサルは選手交代が自由だった。
一度交代した選手も、また戻ることが出来る。

だから、交代のジャッジが甘くなりがちだ。

僕は自分の中の試合に出たいっという気持ちを抑えきれず、ピッチに立ってしまった。

結果は・・・書くまでもないが、交代早々、相手のディフェンスに回り込んだ時に、踏ん張りが効かず、激痛と共に僕はピッチに倒れていた。

僕は、自分の身体の現状を激痛とともに痛感した。
そして、現実は甘くないことも身を持って理解した。

なぜ、切ってしまったのか?

切れてしまった前十字靭帯は自然治癒しない。
切れてしまったものは、手術でしか再建出来ない。

僕は、ここで初めて現実と現状に真正面から向き合うことにしたんだ。

なぜ、前十字靭帯を切ってしまったのか?

何年かかっても、またフットサルがしたい!
その時、また右足の再断裂や、左足の靭帯の断裂を起こすわけにはいかない。
今回のことを自分なりに分析して、再発しないためにはどうするべきかを考え始めた。

じゃあ、何から手を付ける?

どれくらいだろうか。

1ヶ月、2ヶ月・・・あまり覚えていないが、それくらいは考え続けたと思う。
もちろん、毎日ぶっ続けで考えたというより、毎週末、今回のことを振り返って、ちょっとずつ気持ちも含めて整理していった感じだ。

ある日、全然違う角度からの気付きが、ドカンと頭と心を突き抜けた。

僕の靭帯断裂は、仕事のキャリアへの不安が原因かもしれないことだ。

当時の僕は、電気量販店からIT業界に転職し、がむしゃらに働いていた。
でも、周りには出来る人が多い。
どうしても比較してしまう僕がいた。
だから、仕事で達成感とか、成長を感じる機会がすごく少なかった。

そこで、僕はフットサルにそれを求めた。

その結果、肉体が疲労で悲鳴を上げていたにもかかわらず、むちゃな練習と、無茶なスケジュールを毎週組んでいた。

チーム練習とは別で、個人フットサルに参加し、土日は午前と午後に試合を入れていた。
人数的に足りないと声がかかったり、mixiなどでメンバー募集しているものに片っ端から参加していた。

プレー以前に、僕はメンタルが不安定で、その結果、前十字靭帯を断裂したのではないか?っという仮説がすごく自分の中でしっくりきていた。

じゃあまず何から手を付けるか?

答えは明確だった。

仕事で結果にこだわり、仕事で生まれたモヤモヤは仕事で解消することだった。

そこから僕は、仕事に対しての意識が変わった。

すべては繋がっている

僕はこの時、プライベートも仕事も、どんな時も、僕の人生の中の一部で、すべては繋がっていることを知ったんだ。

前十字靭帯断裂は、めちゃくちゃ辛い出来事だった。
でも、この出来事は、普通に過ごしていたら気付けなかったことを、僕自身の深いところに刻み込むように教えてくれた。

神様が僕に試練として与えたのだとしたら、怪我から復帰して、フットサルで活躍することではなく、僕の人生をリアルに生きろっと伝えたかったんだと思っている。

だから僕は、この歳になっても等身大で生きるように心がけている。

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