僕が退職届を胸にしまい、会社に通った理由
僕が初めて「会社は、社会はオレを守らない」ことを知った瞬間がある。
そして、その気づきが僕を「受け身から攻め」に変えた転換点でもあった。
歩けなくなった日
30歳頃、第三者検証会社で働いていた時のことだ。
坐骨神経痛で歩けなくなった。
リーマンショックの影響で社会的にも厳しい時期だった。
客先常駐のスタイルだったので、色々な方に迷惑をかけた。
ありがたいことに常駐先は僕の復帰を待ってくれた。
しかし。。。
自分の会社からは「さっさと手術でもなんでもして復帰しろ」と遠回しに言われ、医者からは「手術はすべきではない」と言われた。
結果的に自宅療養を選択した。
正直、眼の前が真っ暗で、光が見えない状態での自宅療養がスタートした。
焦りからの早期復帰
1ヶ月経った頃、最初は寝返りすらうてない状態から、ゆっくりだがコルセットをすれば階段の登り降りが出来るようになった。
医者からは「まだ復帰は早い」と言われたが、会社からのプレッシャーに耐えられず復帰した。
痛み止めで誤魔化し、休憩時間は近所の公園の公衆トイレやグラウンドで仰向けになり腰を伸ばした。
服が汚れることより、腰を伸ばすことのほうが重要だった。
しかし、長時間の座り仕事、行き帰りの満員電車。
復帰から2週間後、僕はまた歩けなくなった。
会社からの通知
今度は真面目に自宅療養した。
前回よりストレッチも取り入れ、とにかく身体を安静にした。
そんな日々を1週間ほど過ごしていたところ、会社から通知が来た。
「次倒れたら自主退職してください」
その瞬間、完全に理解した。
会社は、社会はオレを守らない。支えない。自分で生きる必要がある。
サラリーマンとは、人生の時間を会社が買ってるだけ。
しかも、会社にとって利益のある時間だけ買うのだと。
受けから攻めへの転換
絶望。
人生で初めてそんな言葉で頭がいっぱいになった。
いくら考えても、現状は変わらないということしか理解できなかった。
そして、現実を受け入れることにした。
そこからは常に自分が選択出来る環境を意識しはじめた。
手始めに「自主退職させられる」という状態を変えた。
退職届を日付無しで書き、常に持ち歩くようにした。
うだうだ言われた瞬間に突きつけてやるという意気込みで。
背水の陣とでもいうのか、僕の気持ちは受けから攻めに変わった。
そしたら色々良い方向になっていった。
結果、そこから3年ほど同じ会社で働いた。
後に退職するのだが、3年前に用意したくしゃくしゃな退職届けを提出して退職することとなった。
組織への幻想の破綻
この体験で僕が学んだのは、組織への幻想を捨てることの重要性だった。
会社は個人を守らない。 これは冷酷な現実だが、同時に自由への第一歩でもある。
雇用関係とは、お互いにとって利益のある時だけ成立する契約に過ぎない。そこに感情的な期待を持ち込むのは危険だ。
この現実を受け入れることで、僕は初めて対等な立場で会社と向き合えるようになった。
選択権を手放さない生き方
退職届を持ち歩くという行為は、単なる準備以上の意味があった。
それは「いつでも辞められる」という選択権を可視化すること だった。
この選択権があることで、僕の心理的立場は一変した。
一方的に言われる関係から、対等に交渉できる関係へと変わった。
頭で考えるだけでは弱い。
心で想うだけでは続かない。
自分の考えと想いを、退職届という形にしたことで、大きな力を継続的に得ることができたのだ。
健康は最優先という価値観
もう一つ重要な学びは、健康を最優先にすることの大切さだった。
会社のプレッシャーに負けて早期復帰した結果、症状が悪化した。
短期的な利益を優先して、長期的な健康を犠牲にしてしまった。
自分の身体は自分で守るしかない。
他の誰も、本当の意味で守ってはくれない。
現在の僕が持続可能な働き方を重視するのも、この体験があるからだ。
戦略的思考の獲得
退職届を持ち歩くという発想は、僕にとって初めての戦略的思考だった。
最悪のシナリオに備える。選択肢を確保する。心理的安全網を作る。
これらの考え方は、その後の僕の人生に大きな影響を与えた。
現在のリスク管理能力、交渉力、独立性。
あの時の「退職届」から始まっている気がする。
自立への第一歩
この体験は、僕にとって真の自立への第一歩だった。
組織に依存しない。他者に期待しない。自分の価値観に基づいて判断する。
「自分で生きる」 という覚悟を決めた瞬間だった。
それは決して孤独な生き方ではない。
むしろ、健全で対等な関係を築くための基盤となった。
さいごに
坐骨神経痛で歩けなくなったことは、確かに辛い体験だった。
でも、その体験が僕に教えてくれたのは、真の自立と自由の意味だった。
「会社は、社会はオレを守らない」 という現実は、最初はショックだった。それを受け入れることは当時の僕にとってかなりキツかった。
でも、僕は初めて本当の意味で自由になれたんだ。
退職届を胸にしまい会社に通った日々。
それは、僕が「受け身から攻め」に変わった貴重な時間。
組織に依存しない生き方。
それは、決して反社会的なことではない。
むしろ、より健全で持続可能な関係を築くための、必要な姿勢なのだと僕は考えている。
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