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髪がまっすぐじゃないだけで、自分が嫌いだった

猫っ毛で癖っ毛コンプレックス

僕は猫っ毛で癖っ毛だ。

小学校1年生の頃はストレートでおかっぱだったのに、中学入る頃には癖っ毛全開だった。

中学の頃なんか、湿気の多い日なんて最悪で、どれだけドライヤーで整えても、気づけばうねる。広がる。言うことを聞かない。

当時の僕にとって、髪がまっすぐでサラサラなやつは、それだけで勝ち組に見えた。

テレビの中のアイドルも、雑誌の中のモデルも、学校でモテてるやつも、みんなストレートヘアーだった。
少なくとも、僕の目にはそう映っていた。

そして鏡を見る。
うねった髪の自分が映る。

前髪がそれぞれ自由に好きな方向に向かっている。
放任主義にした覚えはない。
前髪を伸ばしても、クセでクルンと回り込むので、なかなか目にかからない。

なんで僕はこうなんだろう。

劣等感、というと大げさかもしれないが、当時は本当に嫌だった。
髪のことで人にバカにされた記憶が特にあるわけじゃない。
でも、自分の中で勝手に引け目を感じていた。

猫っ毛で癖っ毛の自分が、なんか嫌だった。

縮毛矯正との出会い

中学3年の頃だったと思う。
いつも親といっしょに髪を切ってもらっているちょっとオシャレな床屋さんで、縮毛矯正というものの存在を知った。

薬剤の力で、癖のある髪を根本からまっすぐにする。
しかも、一度かければしばらくストレートが持続する。

まさに夢のような話だ!!!

その日から親に頼み込みまくった。
どれだけストレートな髪型にしたいのか、今までに無いくらい熱く語った。もう後が無いという気迫で、説得しまくった。

親も呆れたのか、根負けしたのか、僕は縮毛矯正をして良いことになった!

そうなるともう待てない。

部活をズル休みして、すぐに縮毛矯正をすることにした。

手放せなくなった

初めて縮毛矯正をかけた日のことは、今でも覚えている。

鏡に映った自分の髪が、まっすぐだった。
それはもう不自然なほど極端にまっすぐだった。
サラサラだった。
風が吹いたら、さらっと揺れた。

嬉しかった。
本当に嬉しかった。

やっと、自分が「こうありたい」と思っていた自分になれた気がした。

そこからはもう、縮毛矯正なしの生活なんて考えられなくなった。

根元が伸びてきて癖が出始めると、不自然なほどにまっすぐだった髪に流れが生まれる。
これがまたすごくいい感じだ。

毛先はまっすぐ、根本はふっくら。
しかし、根本とはいえ、いい感じの時期は2週間ほどで、結局、根本の癖も我慢できない自分がいた。

3ヶ月くらいするともうソワソワする。
鏡を見て、毛先にうねりが見えた瞬間に「早く行かなきゃ」と焦る。

高校に入ってからも、それは変わらなかった。

10代の男が、あそこまでピンとまっすぐな髪をしているのは、どう考えても自然じゃない。
たぶん、周りから見たら「あいつ、なんか髪まっすぐすぎない?」と思われていたかもしれない。

でも、当時の僕にはそんなことはどうでもよかった。

癖っ毛の自分に戻ることの方が、よっぽど怖かった。

ストレートヘアーの自分じゃないと、外に出たくない。
人に会いたくない。
少し大げさかもしれないが、それくらいまっすぐな髪の自分が本当の自分だと思いたかった。

不自然なまっすぐより、自然なうねりの方がよっぽど自然なのに、僕はそれを受け入れられなかったんだ。

床屋が閉店した

転機は突然やってきた。

いつも縮毛矯正をかけてもらっていた床屋が、閉店することになったのだ。

正直、焦った。
だって、僕にとってその床屋は「ストレートの自分」を維持してくれるライフライン。

もちろん、他の床屋か美容院を探せばいい。
縮毛矯正なんて、どこでもやってくれる。

でも、なぜかその時、ふと立ち止まった。

他の床屋や美容院で、初めて会う人にお願いするのがちょっと怖かった。
縮毛矯正してくれた床屋さんのご主人は、僕のストレートにしたいっという気持ちに寄り添ってくれていたからだ。

この新規開拓を迫られた時に僕の中に今までに無い感情が芽生えた。

「…俺、いつまでこれ続けるんだろう。」

伸びるたびにソワソワして、お金をかけて、不自然なほどまっすぐにして。そこまでして隠したい「癖っ毛の自分」って、そんなにダメなのか?

床屋の閉店という、自分ではどうにもならない出来事が、僕に「立ち止まる時間」をくれた気がする。

ソフトモヒカンという選択

そこから、僕は癖っ毛との付き合い方を見直すことにした。

たどり着いたのが、ほぼ坊主のソフトモヒカンだった。


こんな感じ

短く刈り上げることで、癖が目立たなくなる。
というか、短い髪と癖っ毛の相性が、思いのほか良かった。
ちょっとした動きやニュアンスが出て、むしろ味になる。

あれだけ嫌だった癖っ毛が、ソフトモヒカンにした途端、「こっちの方がいいじゃん」と思えた。

それから40歳くらいまで、僕はずっとソフトモヒカンで過ごすことになる。

ストレートヘアーに固執していたあの数年間が、嘘みたいに。

今思うこと

振り返ると、縮毛矯正に通い続けたあの時期は、自分の一部を否定し続けた時期でもあった。

生まれ持った癖っ毛を「ダメなもの」として扱い、薬剤の力で別の自分に塗り替えようとしていた。

もちろん、縮毛矯正が悪いとは思わない。
それで自信が持てるなら、それはひとつの選択だ。
実際、僕は自信を持てていた。

ただ、当時の僕の場合は、「なりたい自分」というよりも、「本来の自分から逃げたい」という気持ちの方が強かった気がする。

床屋の閉店がなかったら、僕はいつまで不自然なストレートヘアーを続けていたんだろう。

きっかけは偶然だった。
でも、そのおかげで僕は、自分の髪と仲直りすることができた。

自分に無いものを求めるより、自分にあるものとどう付き合うか。

髪の毛ひとつで大げさかもしれない。
でも、僕にとっては小さくない話だった。

猫っ毛で癖っ毛は今も健在だ。
そして今は、そのまま受け入れている。
なんならちょっと好きだ。

リモートワークを機に髪を伸ばし始めて、今は肩くらいまでの長さで、頭の上でお団子にしている。
朝起きて髪をまとめる。
寝癖なんて気にならない。
なんなら猫っ毛で癖っ毛も気にならない。
緩やかな癖がいい感じに見える。

これが本当に楽すぎる。
ソフトモヒカンの時には寝癖がついてて、朝のセットは必須だったが、今は髪を結んで終わり。
しかもそれなりに清潔感はある。

今となっては、もうやめられない髪型になった。

もし、当時の僕に声をかけるとしたら、
「伸ばして結んでしまえ!世界変わるぞ!」
っと言ってあげよう。

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