「メンタル安定」は後付けだった。HSP診断で見えた、僕の生存戦略
noteで色々な記事を読んでいると、「繊細さん」「HSP」というワードをよく目にするようになった。
最初は何となく流し読みしていたのだが、読めば読むほど、その言葉が含まれた記事の方が、価値観や共感度合いが深いことに気づく。
「あ、この人好きかも」
「この視点、きっと感受性が高いからこそ見えるんだろうな」
「あーめっちゃわかる。その瞬間しんどいよね」
そんなことを思いながら読んでいるうちに、ふと思った。
「僕も診断してみたら、何か見えるのかな?」
そこで、AIを使ってHSP診断をしてみることにした。
前提として先に書いておくが、僕の実体験と、AIが出してきた結果しか僕の手元には無い。
専門的な知識なんて無いので、有識者からしたら間違っているかもしれない。
ただ、そこはご容赦いただきたい。
この診断結果を一つの材料として、僕自身の中で新たな発見と気付きがあったという話を書きたくて書いている。
さてさて。
AIによるセルフチェックの結果は
「刺激感受性が高い・思考安定型HSP」。
これはかなり少数派のタイプらしい。
🧬 総合タイプ診断 あなたは 「刺激感受性が高い・思考安定型HSP」 かなり少数派です
繊細
冷静
観察力が高い
メンタルは比較的安定
👉 外からは「落ち着いている人」に見えやすいHSP
この診断結果を見た時、ほとんどの項目は「あ〜まぁそうかも」って思ったが、一つだけ、どうしても違和感があった。
「メンタルは比較的安定」
これだ。
確かに、今の僕は昔に比べて格段にメンタルが安定している。
でも、それは生まれつきのものじゃない。
それこそ、若い頃は安定なんて言葉とは程遠い場所にいた。
むしろ、自己否定的だし、完璧主義的なところも多々あった。
過去のブログでもいくつかサラッと書いてはいるが、当時の浮き沈みはなかなかなものだった。
だからこそ、時間がたった今でも思い出せる。
たぶん、僕の「メンタルの安定」は、生まれ持った才能なんかじゃなくて、数々の経験を通して、その現実と向き合い続けて結果的に身につけてきた
「後付けのスキル」
なんだと思う。
例えば、若い頃は「なぜ自分だけ」と思うことが多かったけど、 今は
「あ、今回はこういうパターンか」
と一旦受け入れることができるようになった。
そういう小さな変化の積み重ねが、今のメンタルの安定につながっているんだと思う。
僕がコントロールできるのは、自分の行動だけ。
他人の感情や、起こってしまった出来事、環境そのものを変えることはできない。
その「変えられないもの」に対する自分の「捉え方」を変えることが、 僕の場合は有効だったみたいだ。
このコトを頭ではなく、心で受け入れるのには正直、かなり時間(たぶん5年くらい?もっとか?)がかかった。
そして、基本的に他者に期待しない生き方、現状を受け入れる姿勢が定着していった。
それは、HSPという敏感な気質を持つ僕が、この世界で生き抜くために編み出した、僕なりの生存戦略だったのかもなーと、なんか診断結果を見た後にしみじみしてしまった。
僕の診断結果は「思考安定型HSP」だったけど、正確には「思考安定化努力型HSP」だったのかも。
生まれ持った「繊細さ」「観察力の高さ」というハードウェアに対して、「捉え方を変える」というソフトウェアを後からインストールして、必死に改善する。
そんな感じだ。
僕のメンタルの安定は、決して強固なものじゃない。
油断すると、すぐに昔の自分に戻ってしまう危うさは、実はいつも感じている。
だからこそ、診断結果にあった「壊れる前に調整」が最優先という言葉が、
ズシリと響いた。
割と最近だが、呼吸が浅くなり、自分を見失い、胃腸の調子が悪くなる出来事があった。
湧き続ける怒りや、喪失感。
あの状態が壊れる前なのか、壊れた後なのかはわからないが、少なくとも自分が一番心地よい状態とはまったく言えなかった。
そんな時、立ち直るきっかけになったのが、習慣にしていた神社めぐり。
この習慣は、なんとなく家から歩いていける距離に神社があり、行ける時に手を合わせ、今日という日を迎えられていることに対して感謝を伝えたくなり、その後もなんとなく続けていただけだった。
でも、そのおかげで、呼吸の浅さに気づくことが出来、冷静さを取り戻すきっかけを運よく掴むことが出来た。
AIを使ってHSPセルフチェックしてみただけだけど、お陰で自分への解像度がまた一つ上がったように感じる。
もちろん、専門家のカウンセリングを受けて、HSPだと言われたわけではない。
AIが言っていることを鵜呑みにする気は無い。
でも、少なくとも通じるところがあると思った。
今まで自分が無意識にやってきたことが、HSPという気質と深く結びついていたことを知った。
生まれ持った気質は変えられないかもしれない。
むしろ、すごく素敵な才能のように思えた。
だからこそ、0か1かみたいな血の通っていない考えでその才能を潰すのではなく、苦手な場面や、相手との付き合い方にはより注意し、自分が生きやすいように生きていきたい。
僕はまだまだ発展途上。
これからも、この「後付けの安定」をメンテナンスしながら、僕なりのやり方で、この世界と向き合っていこうと思った2025年の年末のある日だった。
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