父親への「ありがとう」が自然に浮かんだ日
複雑な想いを抱えながら
僕にとって実の父親は、決してポジティブな存在ではない。
そんな僕も、今では父親になった。6歳と2歳の息子が毎日、目を細めて近くで元気に笑っている。
ある日、息子たちの無邪気な笑顔を見ていて、ふと思った。
自分にも、あんな笑顔を父親に向けていた時があったような気がする。
今回は、実の父親のネガティブな部分ではなく、ポジティブな思い出がないかを振り返ってみた。
正直、気が重い作業だった。
でも、父親になった今だからこそ、違う角度から見えるものがあるかもしれない。
記憶を辿ってみる
父親はサービス業だったので、平日が休みだった。
だから土日の日中は家にいない。
そのせいか、いわゆる「休日の家族の思い出」というものが全くない。
それでも、ひとまず浮かんだ思い出を振り返ってみる。
幼稚園時代の運動会
この記憶は、幼稚園の運動会のビデオを中学生くらいで見たから覚えているのかもしれない。
運動会のグラウンドは中学校を借りていた。
リレーの時、結構強めの雨が降ってきた。
時代が時代だったからか、最後の種目だったからなのか、幼稚園児たちは雨の中リレーで走らされた。
僕が走り始めた時、なぜか父親の「頑張れ!頑張れ!」という声がすごく近くで、しかもずっと聞こえる。
横を見ると頑張れと叫びながら、トラックのすぐ脇をずっと並走している父親がいた。
今思えば、ただ父親が目立ちたかった可能性だってある。
でも、あの時の僕は、周りを気にせず真剣に息子にエールを送り続ける父親の姿に、少なからず感動していた。
それは確かな事実だった。
小学生時代の野球
当時はサッカーより野球が主流だった。
放課後、学校や空き地で友達とよく野球をやったものだ。
ある日、友達が放課後に自転車でうちに来て、野球に誘ってくれた。その日は父親も休みで家にいた。
父親は「野球するのか?よし!混ぜてくれ!」と言い出し、一緒に野球をやって遊んだ。
友達からは羨ましがられたし、僕自身もすごく楽しかった。
よく考えてみると、幼稚園、小学校まではすべての学校行事のビデオが残っている。
平日休みの父親が、わざわざ休みを取って来てくれていたのだ。
恥ずかしながら、このことに今(ブログを書きながら)気づいた。
暗い記憶の時代
中学校、高校時代
一生懸命色々思い出したが、ポジティブに捉えられる思い出がまったくない。
思い出すのは、家庭内で怒号を飛ばし、夜な夜な出かける後ろ姿ばかりだった。
母親が泣いている姿ばかりが浮かぶ。
20代
ほとんど会話していない気がする。
唯一思い出したのは、母親に手を上げた現場を目撃してしまい、僕が父親に飛びかかった出来事。
取っ組み合いになり、当時お気に入りのBURTONのTシャツがビリビリに破れた。
母親の通報で警察が家に来た。
でも、取っ組み合いになった時の感触としては、力では僕が完全に上回っていて、父親が歳を取ったことを実感した。
30代
母親からの離婚の意思を父親が受け入れるようにするため、2人で1年生活した。
母親の身を心配し、別の場所に住んでもらった。
父親と2人での生活といっても、会話のないシェアハウスみたいな感じだった。
ご飯も別、家にいる時はお互い顔を合わせないようにしていた。
時々部屋の扉を叩いてくるが、そのたびに険悪な空気になっていた。
それでも、市営団地の情報を調べては伝えたり、手続きを調べて教えたり、極稀に落ち着いた口調でゆっくり語ることもあった。
そんな生活を1年ちょっと続けた頃、父親は家を自ら出ていった。
僕も家を出た。
40代
まったく連絡を取っていない。
以前は年に1度、年末か年明けに電話が急にかかってきたが、僕が電話に出なくなったため、それもなくなっていった。
書きながら気づいたこと
ここまで書いてみて、正直、胸が痛い。
色々な感情と想いが頭の中でぐちゃぐちゃしている。
振り返ってみると、小学校ぐらいまでは、ちょっと怒鳴りやすいところはあったが、それなりに息子想いの父親だったのではないかと思えてきた。
少なくとも、根っからの悪人ではない気がする。
父親の人生の中で、小学校から中学校、高校の時期に何かがあったのかもしれない。
真相は母親には聞けない。
当然、父親にも聞けない。
今はどこでどうしているのだろうか。
そんなことを考えると、胸がキュッと締め付けられた。
自然に浮かんだ言葉
これから実の父親とどう向き合うのか?
これに関してはなんとも言えない。
ただ、今回のことで一つだけ父親への感情に変化があった。
どんな思い出であっても、結果的に反面教師だったとしても、あの父親だったから今の僕がいる。
今の僕ができあがった。
僕の人生にとって確実に大きな存在だ。
これを考えると、自然と脳裏に浮かぶ言葉がある。
「ありがとう」
色々あったが、僕はあの父親に対して、感謝の言葉が浮かぶくらい前進できていることを確認できた。
良い父親って何だろう
良い父親というのは、どういった父親なのかやっぱりわからない。
尊敬される父親?
経済力がある父親?
子煩悩な父親?
なんか、そういったことはただの一面で、本質は違う気がする。
子どもの人生に対して、気づきや学びを提供し、子どもとともに同じ時代で一緒に学び成長している父親が良い父親なんじゃないか?
僕の父親は、そういった意味では僕に対して「気づきや学び」をたくさんくれた。
ただ、一緒に学び、成長することを感じられなかったから尊敬にはつながらなかったのかもしれない。
実の父親からの学びを胸に、今度は父親として僕が息子たちに対して同じ時代をともに歩んでいこうと思う。
もうひとつの重大な発見
ブログを書いていて、もうひとつ重大なことに気づいた。
父親は基本的に楽観的で明るい人だった。
そして、その部分に関して僕はかなり父親に似ている。
僕の中に父親から受け継いでいるものが確かに存在していることを知った。
何もかもが駄目な父親だと極端に捉えていたが、しっかりと息子の僕に対して、お金では買えない財産とも言える価値を埋め込んでくれていたんだ。
それが、今はなんだか嬉しく、愛おしく思う。
困難な関係だったからこそ、この発見は僕にとって特別な意味を持つ。
父親への感情が、また少し変わった気がする。
息子たちを見ていると、僕の中にある父親譲りの明るさが、確実に彼らにも受け継がれていることを感じる。
それは、きっとあの父親のそばで生きたからこそ、僕が受け取ることの出来た、良い父親としての最高の成果だったのかもしれない。
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