愛犬と過ごした2282日とその後
2023年1月13日、愛犬は虹の橋に向かった。
この話は2年以上経った今も胸が締め付けられる。
でも、僕の人生の中でとても大切な思い出だ。
1年ほど前に1度振り返ったが、改めて振り返ろうと思う。
愛犬ファーストな日々
僕は犬が好きだ。動物全般好きだが、特に犬が好きだ。
チワワなのに6kgちょいある愛称がジャイアントチワワの愛犬。
僕の凝り固まった心を解し、僕の人生の重要な分岐点で道しるべになってくれて、毎日無償の愛を全力でぶつけてくれていた。
最初は仕事に行っている間、家でお留守番させていた。
でも、さみしいだろうなっと考えるといても立ってもいられなかった。
そこで、妻の実家に毎日仕事に行っている間、預かってもらっていた。
休日、一緒にいけない場所には基本行かなかった。
旅行も一緒に行けるところ。
とにかく愛犬ファーストだった。
妻は若干、不思議に思っていたかもしれない。
でも、僕は愛犬と過ごす時間が好きだった。
長男が生まれた。
愛犬は不思議そうに近寄り、軽くペロっと舐めていた。
SNSなんかで流れてくるような息子と愛犬が兄弟のように過ごすような場面はほとんどなかったが、息子も愛犬が好きだった。
夜は一緒にベットで寝た。
ベットから一度落ちてしまい、次の日にはスノコにマットレスを置くスタイルにして、高さを低くした。
僕の職場は動物と出社することがOKだった。
だから週に1度か、最低でも月に1度は一緒に出社した。
電車は怖がるので、車で出社した。
助手席に柔らかい籠のようなものを固定し、うちの車の助手席は愛犬の席だった。
僕は小型犬は10年以上、長い子で20年とかいう話を鵜呑みにして、これからも一緒にいれる未来に心が踊っていた。
と同時に、約束された未来なんてないのに、油断もあった。
始まりは小さな変化だった
あまりにもかわいいので、食べ物に関しても気にはしているが、だいぶ甘めの判定をしていた。
そして、ある日から下痢をし始めた。
病院につれていったが、特段問題はない。
そんなことを2年ほど繰り返した時、下痢が突如とまらなくなった。
病院には連れて行っている。
最初の頃はおくすりで収まっていたが、だんだん効かなくなり、流石にまずいと思い大きな病院に連れて行った。
しかし、そこでも決定的な病名はつかなかった。
様子を見て、症状が治まらなければ検査入院しましょうということになり家に帰った。その晩、晩ごはんも食べずにぐったりしていた。
僕は車を走らせ、愛犬を病院に連れて行った。
即入院。
毎日キャンセル待ちの日々
コロナ禍ということもあり、面会は1日20分。
正直少なすぎる。
仕事もあったが、リモートでも出来るので、その日から僕は毎日病院に行き、病院近くのカフェで仕事して、病院の方にお願いして、面会が入らなかった時間帯はできる限りそばにいさせて欲しいと頼み込んだ。
毎日キャンセル待ち状態。
僕が予約出来る面会は1日1回の20分。
あとは、キャンセルが出たり、面会の予約が入らないと確定した5分前とかだ。そのために、僕は病院の近くに居続ける必要があった。
僕が顔を出すと表情が緩む愛犬。
下痢はしていたが、ずっと僕は抱っこしてお腹を撫でて温めていた。
僕の腕の中で昼寝もした。
少しでも良くなれと祈り続けた。
夜、家に帰ってもずっと祈り続けた。
そんな生活が2週間ほど続いた。
ある日、急に立ち上がり、ご飯を食べていた。
先生も峠は超えましたね!っと。
実はこの2週間、2回の輸血をしていた。
犬の輸血は人間と違ってリスクが高い。
また、血液を病院でストックしていない場合、輸血をしたくても出来ない。僕と愛犬は運が良かった。
血液を寄付してくれた方に感謝してもしきれなかった。
その日は僕も安堵したのか、家に帰った。
しかし。。。
最期の夜
その日寝ていたら電話が入る。
危険な状態です。
今すぐ来れますか?っと。
何がなんだかわからなかった。
車で飛ばしても1時間近くかかる。僕は脊髄反射的に車を走らせて、祈りながら病院に向かった。
正直、病院までの道のりの運転の記憶が無い。
それくらい心は乱れていた。
到着して、すぐに向かった。
酸素室に入っていて抱っこは出来なかった。
小さな穴からかろうじて撫でれるだけ。
先生に抱っこさせてくださいと頼んだが、あとにしてくださいっと。
僕は病院の駐車場でひたすら祈った。
家族にも、今日は帰らないと伝えた。
しかし、しばらくして呼ばれた。
心臓マッサージ中だった。
必死で呼んだ。
何を言えばいいのかわからないけど、とにかく呼んだ。
帰ってこいっと死ぬ気で伝えた。
残念ながら祈りは届かなかった。
僕はずっと抱きしめていた。
まだ実感がない。
まだ温かい。
寝ているようだ。
そこから待合室に通され、一緒に家に帰る準備が始まった。
僕はまだ魂が近くにいる気がしてずっと話しかけていた。
身体が届く。
車の助手席に乗せてもらい一緒に家に帰った。
帰り道、沢山話した。
沢山謝った。
沢山ありがとうを言った。
沢山好きだよと伝えた。
会話は尽きなかった。
お陰で事故らず家についた。きっと愛犬が僕を守ってくれたんだと思う。
家について、妻が出てきた。二人で抱きかかえる。
突然、僕らは泣き崩れた。
その日は一緒に寝た。
翌日、朝起きて現実だと認識した。
家にあるすべてに思い出が詰まっている。
何を見ても涙が止まらない。
火葬の予約をしたり、通ったことのある病院に電話して亡くなったことを伝えた。
泣きっぱなしの日々。
大声で泣き崩れた日
そして、火葬の日。
いざ、その姿形がなくなるという直前、僕は大声で泣き崩れた。
息子の前で、妻の前で、妻の親族の前で、僕の母の前で、僕は大声で泣き崩れた。
立っていられなかった。
身体中のちからが入らなくなった。
恥とかそんなことは考えは回らない。
火葬が終わるまで泣き崩れていた。
その後、骨を見た。
もうそこには知っている姿形はなかった。
でも、最後の最後にすべて吐き出せるだけ吐き出したおかげで、僕は思ったより冷静になっていた。
愛犬と過ごせる日がこの日終わった。
毎日の祈りから気づいたこと
僕はその後も毎日祈った。
仏壇の前で毎日お休みと手を合わせた。
お供えも忘れないようにしている。
水も毎日変えている。
夜中、家族が寝静まったあと、仏壇の前で撫でていた手の感触を思い出しながら、空間を撫で続けた。
1年ほど経った頃だろうか。僕は気付いた。
肉体が無いだけで、愛犬は僕の中にいる。
いつでも会える。
確かに肉体はない。
でも確かに感じる。
今では我が家の守り神のような存在だ。
上の息子は未だに愛犬の話を僕にしてくれる。
下の息子は愛犬が亡くなったあとに生まれたので会っていない。
でも、毎朝、みんなで愛犬の仏壇向かって行ってきます!っという習慣がある。我が家にはまだ愛犬の存在が色濃く残っている。
物質に囚われすぎていたのか、僕が知らなかっただけで、身体が亡くなったあとの世界があることに気づいた。
いつでも会える。
気のせいかもしれないが、撫でるとそこにいる。
匂いもする気がする。
身体があったときのような直接的な接触はもちろん無い。
目で確認することは出来ない。
でも、顔を見ることが出来る。
存在を感じれる。
愛を感じれる。
さいごに
こんなにも大切な存在。
僕が死んだら同じお墓に入れてもらう予定だ。
でも、今は生きる。
愛犬は今も僕の中で僕に無償の愛を振りまいてくれている。
そして、いつか、また他の犬を飼おうと思う。
でも、それは愛犬の影を追ったり、代わりを探すのではない。
また新しい出会いとして僕自身が感じれるようになった時、初めて新たな犬を迎えようと思う。
うまく言えないが、悲しみで押しつぶされそうな日々から、ちょっとずつ現状を認識して、感謝の心とともに、前向きに、心の中で大切にしている。
僕と愛犬は、今までとは異なる距離感で今も繋がれていると感じるから、もう泣き崩れることはない。
ありがとう。
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