フォロワー300人を超えたので振り返る
はじめに
僕は特に謳ってはいないが、フォローバックはなるべくしている。
フォローしてくれたということは、何かしら共通点があるかもしれないからだ。
しかし、フォローしても、投稿内容がなんか僕とリズムが違うとか、僕が妙味を持てないときはそっとフォローを外している。
逆に僕が今後の投稿を追いたいと思える方にはフォローをさせていただいている。
しかし、フォローバックは義務ではないので、特別求めていない。
縁があれば自然と相互フォローになると思っている。
結果を求めるということ
勉強、仕事、日々の生活、いろいろな場面でプロセスと結果がついて回る。
世の中は結果を急いで出そうとする風潮があると感じる。
僕はあまり得意じゃない。
いや、好きじゃないという表現のほうがしっくりくるかも。
結果にこだわり、プロセスで必死に考える。
とても遠回りで非効率に感じるかもしれないが、歩んでいる道中は絶対に楽しいし、途中で色々な気づきにも出会えて、間違いなく自分の成長につながる。
逆に、結果を求めて、結果だけ手にしても、実は何も手元に残っていないと僕は考えている。
例えば…
noteのフォロワー数。
数だけを求めた場合どうなるのだろうか?
自分の心を込めて書いた記事がない状態で、1000、2000のフォロワーがいる世界。
そこから何か生まれるのだろうか。
確かに、フォロワーが増えると嬉しい。
認められたとか、求められているとか、承認欲求的な部分に響く数値だ。
僕自身、フォロワーが増えるたびに喜びと感謝、そして何か背筋がピッとなるような程よい緊張感も出る。
でも、僕の書いた内容を読んでくれない1000人がいても意味がない。
どこにも感動や、共感が生まれない空虚な数値。
それって何か意味あるのだろうか?
今の僕には、そこに意味は見いだせていない。
僕の密かな目標
僕は今、これでもフォロワー1000人を目指している。
そのために、心を込めて記事を書く。
同時に、時間の許す限り、いろいろな人の記事を読む。
僕の求めるフォロワー1000人とは、薄くても何かがつながっている1000人を求めている。
1000人を実現出来てない奴が何を言っている。
そんな意見もあるかもしれない。
ごもっともな意見だとも思う。
でも、何のつながりも感じない1000人に僕はワクワクしないんだ。
逆に、薄くても繋がっている1000人は夢みたいだが、めちゃくちゃワクワクする。
果たして僕が1000人に到達できるのか。。。
正直わからない。
でも今は1000人にこだわり、それ以上にそこまでのプロセスも一緒にこだわって進む。
それが1番ワクワクするから。
さいごに
いつも読んでくださっている皆様、皆様のスキやコメント、何ならビュー数ですら僕にモチベーションを生み出してくれています。
皆様の投稿を読んで、素敵な考えだなーとか、こんなリアルに表現していてその勇気に感動したりと、学びもあり、何より心にすごく良いエネルギーをいただけています。
本当にありがとうございます。
僕とよんでくださったあなたの間に共感という素敵な瞬間が生まれるような投稿を信じて、引き続きリアルをベースに等身大で綴って行きます。
これからも無理ない感じで、何卒よろしくお願いいたします。
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