僕とモチベ
モチベーションってなんだろう?
どっから生まれて、どこで消費されるんだろう。
やる気とか、意欲とか、動機とかな訳だが、同じことをしているのに、設定しているゴールによってどうしてもムラが出てしまう僕がいる。
これは学生の頃からの悩みというか、解決できそうで出来ない、結果、もう解決とかしなくていいやというところに今現在いるという話を書く。
小学校受験
結果、志望校には受からなくて、公立に進んだ。
受験対策の日々で、別に楽しくはなかった。
ただ、できると親が嬉しそうにするので、それが当時はモチベーションだったのだと思う。
面接では、真実では無いことを平気で言った。
学区内に住んでいないと行けないのだが、祖母のアパートが学区内で、その住所を覚え、そこから学校までの通学路を覚え、面接官に流暢に話したことを覚えている。
学力試験など、学校側が能力を測る系の試験はすべてクリアした。
しかし。。。
当時はいわゆるお受験戦争。
能力的にパスしても、最後はくじ引きで合否が決まる。
テーブルにある白い封筒を取りに行き、その中に番号が書かれている。
そして、テーブルに最後に残った封筒の数字以下か、以上かで合格者が決まる。
僕の年は数字以上が合格、前年は以下。
そして、見事不合格となった
不合格になった時、親が口では「よく頑張った!」と言っていたが、子供ながらに残念という感情が内面にあることに気づいていた。
そして、そのことを感じ、少なからず僕は傷ついていたと思う。
中学校受験
小学校は公立に行き、けっこうのびのび生活していた。
友達もたくさんできたし、授業聞いていればそれなりの点数は取れるし、わりとよろしくやっていた。
ちょっと脱線すると、クラスで一番くらいかわいい子にバレンタインチョコ(義理チョコ)をもらったのだが、嬉しいのと恥ずかしいという感情が同時に交差して、よくわからないウソをついた。
次の日、「おいしかった?」という質問に対し、「飼ってる犬に食わせた」とか言ったはず。
もちろん、その日のうちに美味しくいただき、幸せいっぱいな時間を過ごしたのだが、クラスでしかもみんなの前で質問されて、わけわからなくなり、変なウソをついた。
今、思い出してもあの感情と行動は謎だ。
ちなみに、その子とは、男女の関係もなく、今でも地元の仲間として仲がいい。
話を戻そう。
小学校受験で、親を残念な気持ちにさせたという記憶から、中学校も受験することを決めた。
小学校3年くらいから塾にも行き始めた。
塾では弱肉強食というか、成績がすべてで、クラスも10クラスくらいあり、僕はいつも中の中というクラスにいた。
上位3クラスにいるやつの話を聞いて、勉強しかしてない生活だったので、ちょっと真似は出来なかった。
そんな感じで、学校の授業は楽勝過ぎて、それはそれで面白くなかったのを覚えている。
変に「俺知ってるし」みたいなのを知られるのも嫌で、好きな教科以外は割と適当に過ごしてた。
そんな中、小学校5年生の時に、大好きだったじいちゃんが他界した。
いつも財布に旧壱万円札がいっぱい入ってて、タバコ1箱のお使いでお釣りは全部くれるようなじいちゃんだった。
これは内緒だが、一度だけじいちゃんに連れられてスナックにも行った。
女好きで、口は悪いが、一本筋の通った最高にかっこいいじいちゃんだった。
この出来事の前後から、僕の周りの環境が変わった。
母がじいちゃんのお世話などで、僕の塾への送り迎えなども厳しくなってきたのだ。
僕も、じいちゃんに会いにけっこうな頻度で病院に行った。
塾どころでは無いので、塾をやめた。
じいちゃんが他界した後も、塾に復帰する気にはなれなかった。
代わりに家庭教師を雇ったが、勉強するのは最低限にして、一緒にゲームしていた。
中学受験に対して、もはやなんのモチベーションもなく、惰性で日々を過ごしていたと思う。
親がせっかくだし、受験してみたら?というので、流されるように中学受験をした。
当たり前のだが受かるわけない。(受かろうとも思ってない)
親も小学校受験ほどの熱量は無く、僕の受験戦争はここで幕を閉じた。
中学も公立に行き、受験というものが心底嫌になり、高校は推薦で入れるところにサクッと入った。
やらされる勉強と、自ら学ぶことの違い
サッカーで国立目指すとか、Jリーガー目指すというふわっとした、現実味のない夢はすぐに消え去り、車が好きで学校には内緒でガソリンスタンドでバイトを始めた。
学校での勉強はまったくせず、成績も下の中くらいまで落ちていた。
でも、ガソリンスタンドでオイル交換などをするようになり、車の構造や、メーカーや車種の特徴など、狂ったように自ら学び始める。
18歳になりすぐ免許を取り、知り合いから譲ってもらった車を実験台に色々やった。
中でもオーディオ周りをいじるのは好みだった。
整備士2級を持っている社員さんを捕まえては、車のことを色々教えてもらい、すぐに自分の車で確認した。
その流れで、高校卒業後は整備士の専門学校に進学を決める。
ただ、専門学校での勉強は退屈になった。
授業の内容が知っていることばかりだったからだ。
更に、先生たちの目に輝きがなかった。
せっかく専門学校に入ったのに、自分が学びたいと思えることが期待値より少なく、入学当初のモチベーションは日に日に薄くなっていった。
1年の終わりに未来の就職先とも言える工場見学に行った。
そこで工場長に言われた
「この仕事は身体が動く20代のやつが一番稼げる」
「整備士の資格は責任取るための資格」
「30歳超えたら工場長になるか、独立するしかない」
もっと柔らかい表現だったとは思うが、僕にはこう聞こえた。
うわ、つまんなそ。。。
これが専門学校をやめると決心した出来事と感情。
車が好きなのは変わらないが、この世界で行きていくための勉強に対してはモチベーションがゼロ、いやマイナスになった。
今
営業、コールセンター、販売員など、色々な仕事をしてきたが、今はQAディレクターとして、とあるベンチャーにいる。
人や、会社の評価を気にしていた時代もあったが、受験同様にそこに対してモチベーションがどうしても持てないのは今も変わらない。
もはやそれでいい。いや、それがいいんだ!と思っている。
数々の知見や仕組み、スキル本や資格の勉強は知識としてはもちろん大事だ。
僕だってそのような本を買うし、学ぼうとする。
でも、それらの知識は、自分が必要だと考え、自ら学ぶから意味がある。
もちろん、学んだ結果として資格を取得しておくほうが形になるし、いいとは思う。
言い訳にも聞こえるかもしれないが、僕は資格を取得するためや、人から評価されるために必要になるような勉強が苦手だ。
苦手なことをして過ごす時間がもったいないとも思ってしまう。
今、目の前のプロダクトや事業、それに関わる人々に対して、自分に何ができるか?のほうが大事だし、重要だと考えている。
そこで生み出される共感や、結果にこだわり続けたい。
何より、そのほうが僕が楽しい。
それらの想いからモチベーションが生み出されるし、10年以上今の仕事をやっているが、未だにモチベーションが尽きることが無い。
尽きる前に新たなことで、新たなモチベーションが自分の中で生産されているようなイメージがある。
モチベーションってやつはきっと、自分らしさみたいなものにリンクしている気がする。
社会で生きていると、どうしても周りと比較してしまう時がある。
なんなら他者に勝手に比較されてしまうことだってある。
この先、そんな場面に遭遇しても、自分を責めたりせず、受け入れて、その瞬間、自分が一番熱くなれるモノやコトに向き合って行こうと思う。
どんな因果関係があるのかわかってないが、自分に向き合えば向き合うほど、なぜか周りからの評判や評価が知らないところで勝手に上がっていく。
これはなぜだが未だにわかってない。
でも、きっとそういうものなんだと思う。
モチベーションが上がっている時は、間違いなく楽しく生きている。
人生の時間を楽しいことに使っていきたいから、次の新たな発見や気付きがあるまではこのまま突き進もうと思う。
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