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運が悪いと思った時の魔法の言葉『OKOK』

皆さんは、自分の身に「運が悪かった」っと思える出来事が起きた時どうする?
残念な結果になってしまった時はどうする?

なんでこうなってしまったんだ。。。
どうしてこうなんだ。。。

そんな場面は生きていればたくさんある。

今回は、そんな時でも、前も向いたまま、行動に移せる僕にとっての魔法の言葉のお話。

OKOKで生きる

僕は「期待しない」生き方をしている。

他者にお願いしていたことが、まったく出来ていなくても → OKOK
欲しいモノが3店舗回ったのに在庫がなくても → OKOK
楽しみにしていたイベントの当日に体調不良で参加できなくても → OKOK

これは「あ、今回そういうパターンね!了解!」みたいなニュアンスに近い。
別に諦めているわけじゃない。

現状を良しとする
今起きていることに対して、とりあえずOKOKというスタンス。

そうすると、必要以上に落胆しない。
次の1歩目も当たり前のように自然と出るようになる。

逆に、現状に対して心のどこかで期待が膨らみすぎていると、期待を裏切る結果だった時のショックが大きくその場で立ち止まってしまう。

心の状態が荒波のようになって、すごく疲れてしまうことに、僕はめんどくさく感じていた。
そんな時に、OKOKが生まれた。

感情の「収支」が変わる

期待しないで生きるようになって、一番変わったのは内面的な部分だ。

常にポジティブでいられるようになった。

無理してポジティブに考えるわけではない。
強がりでもない。
思考することをやめているわけでもない。
自分の心を無視しているわけでもない。

期待しないことで、ネガティブな出来事での僕の中の減点を大幅に減らすためだ。
結果的に、マイナスよりもプラスされていくほうが多くなる。

OKOKじゃない時の僕の感情はこんな感じだった。

ポジティブなこと(+10) - ネガティブなこと(-30) = -20

不安にかられているときは、ポジティブをプラスしても、ネガティブで大きくマイナスとなり、結果、マイナス値になってしまう。
つまりは気持ちが落ちる。

でも、OKOKで生きると、ネガティブでのマイナスを最小限に出来るので、結果的にポジティブが多く積み上がる。
ポジティブな状態でいられる。

ポジティブなこと(+10) - ネガティブなこと(-2) = +8

加点を今より増やすことは難しい。
減点をなくすことも同様に難しい。
でも、自分の現状の捉え方次第で、減点を極力減らすことが出来ることを知った。

「人生はガチャの連続だ!」理論爆誕

とはいえ、残念な出来事はやっぱり残念な気持ちは芽生える。
この残念な気持ちになった時とすごく似ていたのが、ガチャだと気づいた。

スマホゲームのガチャでも、リアルなガチャガチャでも良い。
νガンダムを期待してガチャを回したのに、ジムやザクが続いて出てくる感じ。

人生のガチャは1回じゃ終わらない。
ガチャの連続、数珠つなぎのようなもの。
人生という一つのゲームの中で、毎日ガチャを回し続けている感じ。
しかも、自分で回すガチャもあれば、自分が回す気ないのに回ってしまうガチャまであるからたちが悪い。

そこで、あらかじめ良い未来と悪い未来のパターンを想像しておく。
今日のガチャでどれが出るかわからないけど、どのパターンが出ても「あ、今回そういうパターンね!」と受け取れる。

そして、今日のガチャの結果が、明日のガチャにもつながっていく。

もちろん残念という感情は完全には無くせない。
でも、それはババ抜きでババが手元に回ってきたときと大差ない感情まで小さく出来る。
「あー、ババきちゃった。まぁしゃーない」
そんな感じ。

期待していたパターンと違うことが起きても、落胆する時間が圧倒的に短くなった。

人間関係でも、裏切られるかもという不安がなくなった。
裏切られるかどうかは、その時がくればわかる。
裏切られたとしたらこうしよう。
そうじゃなければ死ぬほど感謝を伝えよう。

そんな風に、あらかじめ自分の中で選択肢を想像しておくことで、今考えてもしょうがない不安を排除しやすくなった。

仕事も同じで、今、考えてもしょうがないこと全般に対しては、大して気にならなくなった。

コントロールできることと、できないこと

自分のコントロールできる領域と出来ない領域を明確に分けることも重要なポイントだ。

  • コントロールできないもの

    • 他者の考えや行動

    • 天候

    • 世間の流れ

    • 過去の出来事

    • 未来の結果

  • コントロールできるもの

    • 今やるかやらないか

実は、コントロールできることって、これだけなんじゃないかと思っている。
今、この瞬間に、やるかやらないかで片付くことだけ。

他者がどう思うかは、その人次第。
天気がどうなるかは、自然次第。
でも、今日僕が何をするかは、僕次第。
この境界線を引くようになってから、迷わなくなった。

「あの人はなんで僕の気持ちをわかってくれないんだろう」
→ その人の考えはコントロールできない。僕ができるのは、自分の気持ちを伝えるかどうかだけ。

「なんで雨なんだよ」
→ 天気はコントロールできない。僕ができるのは、雨の日の過ごし方を決めることだけ。

「なんで思うようにいかないんだろう」
→ 結果はコントロールできない。僕ができるのは、今日何をするかを決めることだけ。

何もかもがシンプルになる。

この考え方が生まれた理由

実は、この「期待しない」という考え方は、僕の幼少期の体験が大きく関係している。

3歳の頃から、両親の夫婦喧嘩の仲裁をしていた。
ブログでは書けないような父親のひどい行動も僕を落胆させた。
「自分の親がなぜこうなんだ」と毎日のように考えていた。

他責といえばそれまでだが、なんで自分がこうなるんだ。。。
みたいな考えは20代になっても続いていたと思う。

30代が目の前に迫り、目をそむけたくなる現実から逃げられないと悟ったとき、僕は受け取り方を変えることにした。

「ネガティブな現状の裏には、目には見えないポジティブなものがあるはず」

現状の眼の前の状況にそこまで感情を使う必要なんてない。

そう思うようにした。

よく誤解されること

この「期待しない」生き方をしていると、よく誤解される。

「人に興味がないんだね」
「どMだね」

そんな風に言われることがある。

確かに、他者に対して期待も基本的にしないので、そう見えるのかもしれない。

でも、実際は違う。

他者が、良い意味で僕の想像を超えてきたら、心から尊敬するし、感謝するし、称賛する。

むしろ、期待していない分、そのサプライズは何倍にもなって僕の心に響く。

OKOKスタンスは、あくまでも悪い方向のときだけ。
期待していなかった分、良いことが起きたときの喜びは格別だ。

「え、こんなことまでしてくれるの?」
「こんな風に考えてくれていたの?」

そんな瞬間に出会うと、本当に嬉しい。
期待しないことで、人への感謝の気持ちが深くなったと思う。
当たり前だと思っていたことが、実は当たり前じゃなかったと気づく。
そうすると、小さなことにも「ありがとう」と思えるようになる。

期待しないことは、人に興味がないことじゃない。

むしろ、人への感謝を深くすることなんじゃないかと思っている。

積み上げる人生

期待しないで生きるようになって、僕の人生は「積み上げ」になった。
瞬間瞬間、場面場面で物語を切らない。
大きな物語の1場面でしかない。

そんな風に物事を捉えるようになると、今日の1歩が、確実に未来につながっているイメージを持てるようになった。

期待していた結果と違っても、その経験は確実に僕の中に積み上がっている。

新たな未来に向けて、行動することは出来る。
そして、その行動によって自分の中で何かが積み上げる。
自分のコントロールできる領域で、好奇心に従って行動する。

そうすると、人生が「おもろく」なる。

期待しないことで見えてくる世界は、実はとても自由で、とても豊かだった。
期待に縛られていた頃の僕は、結果に一喜一憂して、エネルギーを無駄に消耗していた。

でも今は、そのエネルギーを次の行動に使える。
期待しない。
でも、行動する。
そして、積み上げる。
これが今の僕の生き方だ。

もし、期待に疲れている人がいたら、一度「OKOK」と言ってみてほしい。
きっと、何かが変わると思う。

今回、書いてみて改めて今の僕に問う。
そんな人生を歩めているか?
まぁまぁにして、まだまだだな。

でも、まぁ。。。それもOKOK。

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