怒りという感情と僕なりの向き合い方
僕はあまり怒りが表に出ない。
もちろん怒りの感情を持っていないわけではない。
でも、出たとしても基本的には楽になることが多い。
感情の大半が 喜 と 楽 である。時々 哀 もでる。
ここまで書くとそんなことあるか?と思うかもしれないが、僕なりに自分を客観視した現段階での考えをここに残したい。
怒りが全てを台無しにすることを知った幼少期
多分、幼少期の記憶が関係している気がする。
僕の父だった人は、とにかく感情的な人だった。
そして、今思えば言動や行動が全て自分を一番に考える人間だったと思う。
ちなみに、これから書くことは僕の不幸話を書きたいわけではない。
あくまでも僕の中の怒りについてのルーツを書きたいため書く。
父は内弁慶だった。
そして、自分より立場が弱い人に対してとにかく強気だった。
そんな父だったが、僕に手をあげることはなかった。
小学生の頃は父を尊敬していた。
少年にとって、最初の身近なヒーローはきっと父親だろう。
いつも陽気で、勢いがあり、何よりよく笑う人だった。
ただ、定期的に小学生の自分にとってはちびりそうな怒号で母や僕に怒りをぶつけてきた。
そんな父は、怒りのままに人の心を傷つけ、必要以上に追い込み、その積み重ねで結果的に全てを失った。それを直近で見て僕は育った。
当時の僕は、どこの父親もそういうものだと思っていた。
中学に入り、そんなことはないことを知った。
正直、小学生低学年くらいから20代前半までは、誰かの大声が聞こえると、それが怒号でなくても聞こえた瞬間は萎縮していた。
萎縮した自分自身を鼓舞する方法として、怒りを自分の中から絞り出した。なければ作り出した。
ただ、その怒りをどうすればいいのかはわからなかった。
人に当たることはしたくなかった。
だから物に当たった。
人気の無い場所で叫んだ。
時にはどうなってもいい気持ちで危険なことに身を任せた。
人生を変えた店長との出会い
20代前半にとある家電量販店で勤め始めた。
当時の僕は店員とは思えないほど、態度が悪かった。
よくも悪くも若いにいちゃんって感じだったと思う。
ある日、突然転勤を告げられ住まいの近くの店舗に配属となった。
そこには凄腕の勢いのある店長がいた。
声が大きく、自己肯定感の塊のような人で、正直めんどくさいから挨拶だけして最初はあまり自分からは近づかなかった。
配属して最初の土曜日、朝に店長に呼び出され、こう言われた。
「土曜と日曜日の個人の売り上げでガチンコ勝負するぞ!負けたら坊主になれ!そして、俺の舎弟な!」
この人は何を言ってるのだ?
という気持ちもあったが、怖い物知らずだった僕は勝負を受けた。
正直、売り上げには自信があったし、店長の椅子でふんぞりかえっている現場を退いた人に負ける気はしなかった。
勝負の結果。
惨敗。
ダブルスコアだった。
僕の売り上げがいつもより良かったのに負けた。
しかも、店長は日曜日の昼までは売り場に立っていたが、あとは事務所にいた。
誰がどうみても完敗である。
僕は次の日の朝一番で坊主頭にした。
全部6mmの丸坊主だ。坊主頭の自分を鏡で見て、ゼロからスタートして店長を何がなんでも超えてやると決意した。
そんなはちゃめちゃな店長との出会いが、僕を良い方向に変えた。
この店長、とにかく怒鳴る。
しかも、反論を許さない勢いと速さで怒鳴る。
何より確信をガンガンついてくる。
自分は店長を超えることだけに集中して、怒鳴られても、何されてもとにかく言葉を振り返り、一語一句受け止めた。
どんなに怒鳴られても死ぬわけじゃない。
とにかく聞き逃さないことだけに集中した。
そんな生活を1年ほど過ごした結果、大きな声が聞こえるだけで萎縮していた僕が、まったくへとも思わないほど、図太くなったのだ。
店長の怒鳴り声の中には、本当に実績を伸ばすための言葉や、僕を成長させようとしている言葉が並んでいた。
愛のある怒鳴り声は初めてだった。
この頃の経験は、業種の変わった今でも生きている。
怒鳴る時の感情が怒りとは限らない
この店長の下で僕はマネージャーになった。
自分より年上の部下もたくさんできた。
店長からの怒鳴り声も相変わらず浴びていた。
この頃の僕は、気の利いた返しもできる余裕が生まれていて、怒鳴っていた店長がクスッと笑う場面も増えていた。
ある日、店長とサシで飲んだ。その時の店長の言葉に感動した。
「おまえは全力で叩くことで、最速で仕上がると思った」
「怒鳴るのもパワーがいるから、こいつだ!っと思わないとあのペースではやらないぞ!」
あの怒鳴られた日々が報われた瞬間だった。
同時に、人を成長させたいという思いからの一つの手段であることを知った。
店長は見た目からしてイケイケだ。
イケメンではあるが、ちょっと強面だ。
そんな店長の一つのスタイルとして、怒鳴り続けて成長させるという方法があっただけ。
確かに思い返すと、怒鳴って萎縮してパフォーマンスが明らかに落ちる人には、やってはいけないことを注意する時以外怒鳴ってなかった。
店長は怒りを自分で完全にコントロールしていた。
そんな店長を知って、最高にかっこいいと思った。
そこから、怒りだけは自分でコントロールすることを始めた。
僕の怒りとの向き合い方
自分の中で怒りを感じた時に絶対にしないと決めたことが一つある。
怒鳴らないということ。
怒鳴るという行為は、どうしても父を連想してしまい、よくないイメージしか沸かなかったからだ。
そこで、始めたのが、「なんで怒りが生まれたんだ?」を即座に自問自答することだった。
一時の感情で怒りがこみ上げることは誰にでもある。
もちろん今の僕にもある。
ここで、怒鳴っている店長の言葉を理解し、分析し、自分の中で整理するという経験が、自分にも適用できることを知った。
怒りへの向き合い方が確立した瞬間だった。
怒りから楽への変換
怒りに対し、ちょっと過剰に反応しすぎかもしれない。
他人の感情の中で、怒りだけはすぐにわかる。
でも、経験上、日常の中で生まれる怒りは大した話ではないことが多い。
もちろん、人としてやってはいけないようなことに遭遇することもある。
そんな時も、僕は怒りの感情でそれに向き合わない。
物事の本質に近づき、本当の意味での解決や改善に意識を全力で注ぐ。
気付いたら、怒りの感情が自分の中で生まれる瞬間を楽しんでいることに気づいた。
怒りの感情を持つ時、自分の中で痛いところを突かれた場面が多かったからだと思う。
そんな瞬間は、自分が一つ進化するチャンスだから楽しくなってしまうようだ。
怒りから楽への変換というものが確立された。
感情の投資先という考え方
今では周りから、「大丈夫?」っと心配される場面があるくらい、楽を出しまくっている。
本当の楽もあれば、変換して生まれた楽もある。
大事なのは、この状態を僕自身が無理してないということ。
楽しんでいるということ。
おかげさまで、日々をけっこう面白がく、幸せに過ごせている。
この経験を通して、僕は感情を貴重なエネルギーだと考えるようになった。心で繋がれる相手や物事には感情をエネルギーとして全力で向き合う。
そうでない相手や物事には合理性やロジックで淡々と処理する。
これが僕なりの感情の投資先という考え方だ。
怒りという感情も、使い方次第で自分を成長させる貴重なエネルギーになる。
大切なのは、その感情に振り回されるのではなく、自分でコントロールすることだ。
さいごに
僕は上司に恵まれた。見方を変えれば、反面教師な父から学ぶこともできた。
他にも、いろんな大切なことを学ばせてもらった人たちに出会えたことで、今の僕がある。感謝しかない。
そんな僕も、上司であり、父親になった。
これから先、自分自身もまだまだ学び続けるだろう。
でも、その中で、店長が僕に良い影響とさっかりをくれたように、僕と関わりを持った人たちにも、何か良い影響や、きっかけになるような出来事を生み出したいと思う。
僕の人生で出会った重要な人シリーズは気が向いたらまた書きます。
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