「学ぶとは、いつでも、何かがはじまることで、終わることのない過程に一歩ふみこむことである 」林竹二
学ぶとは、いつでも、何かがはじまることで、終わることのない過程に一歩ふみこむことである
学ぶとは?
「教える」は「一定の知識や技術を伝えること」であって、「学ぶ」は「伝えられた知識や技術を覚えること」と言い換えられるようです。
しかし、林竹二さんは「学ぶということは、覚え込むこととは全くちがったことだ。学ぶとは、いつでも、何かがはじまることで、終わることのない過程に一歩ふみこむことである」と指摘します(『教えるということ』国土社)。
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林竹二さんの言葉「学ぶとは、いつでも、何かがはじまることで、終わることのない過程に一歩ふみこむことである」は、学びの本質を捉えた非常に深い言葉ですね。
この言葉から読み取れるのは、
学びは常に始まりである: どんな時でも、何か新しいことを学ぶことは、新しい世界の扉を開けるような、ワクワクする始まりであるということ。
学びは終わりのない過程である: 学びは一度何かを習得したら終わりではなく、常に変化し続ける世界の中で、生涯にわたって続いていくプロセスであるということ。
一歩踏み出す勇気: 学び始めるためには、最初の一歩を踏み出す勇気が必要であるということ。
この言葉は、私たちが学びに対して持つべき姿勢を示唆しています。
好奇心を持ち続けること: 常に新しいことに興味を持ち、学ぶ意欲を持ち続けることが大切です。
変化を恐れないこと: 学びを通して変化していく自分自身を受け入れ、成長を楽しみましょう。
学び続けること: 常に学び続けることで、より豊かな人生を送ることができます。
林竹二さんの言葉は、学びの喜びと、その重要性を改めて認識させてくれます。
林 竹二(はやし たけじ、1906年12月21日 - 1985年4月1日)は、日本の教育哲学者。東北大学名誉教授。元宮城教育大学学長。専攻はギリシア哲学。プラトンについての論文がある。
林竹二先生の「学ぶとは、いつでも、何かがはじまることで、終わることのない過程に一歩ふみこむことである」という言葉は、プラトンの哲学に通じるものがあるように感じます。プラトンは、イデア界という永遠不変の真実の世界を説き、人間は常にその真実を追い求める存在であると考えました。
林先生の言葉も、学びを「終わることのない過程」と捉えることで、プラトンの思想における真理探求の姿勢と共通する部分があるのではないでしょうか。
教育者として、また哲学者として、林先生は、学びを通して人間が成長し、より良い社会を築いていくことを願っていたのかもしれません。
林竹二の著書**『教えるということ』**は、教育の本質、特に「教える」という行為について深く考察した一冊です。
この本は、単に知識を伝達するだけではない、より深い意味での「教える」ことの重要性を問いかけています。林竹二は、教師の発言量が多くても、それが子どもたちの変化を促す「呼び水」となるならば、良い授業であるという独自の視点を示しています。
本の主な内容と特徴
授業のあり方への問いかけ: 著者は、従来の「授業」という形式にとらわれず、何が良い授業であるかを見失わないことの重要性を説いています。教師が一方的に教えるのではなく、子どもたちが自ら考え、変化していくプロセスを重視しています。
子どもの無限の可能性: 子どもたちが持つ素晴らしい力、そしてそれを引き出すための授業のあり方について語られています。
「教える」ことの実践: 著者の実習記を通して、「教える」ことの具体的なあり方、子どもの授業論、そして子どもが変わるということの意味が示されています。
教師の仕事: 学校教育を根本から考え直し、授業の成立をめぐる教師の役割について考察しています。
この本が示唆すること
林竹二は、表面的な授業の型にとらわれず、子どもが自ら「これでいいのか」と問い、今まで分かったと思っていたことが分かっていなかったと気づく、そうした**「否定を通して自分を変えていく」**過程を重視しています。彼の授業は、教師が圧倒的に発言することがあっても、それが子どもたちの内面に働きかけ、変化を促すためのものであるとされています。
この本は、教育に携わる人々にとって、「教える」ことの深い意味や、子どもたちの成長にどう関わるべきかを再考するきっかけを与えてくれるでしょう。
「学んだことの証しは、ただ一つで、何かがかわることである。」
林 竹二(『学ぶということ』国土社 95頁
林氏は授業の核心は発言ではなく、その吟味であると言う。 吟味とは、「何かを教えることではない。問題をつきつけて、子ども自身にこれでいいのかということを考えさせる作業」であると言う。「学問というのは、カタルシスだといっているのです。吟味がその方法です」林氏は子どもが変わるのは、吟味し真の否定が行なわれた時であると言う。「学んだことの唯一の証しは、なにかが変わること」
学んだことの証は、変化である。
授業の核心は発言ではなく、吟味である。
吟味とは、問題を提示し、子ども自身に考えさせる作業である。
吟味はカタルシス(心の浄化)をもたらす。
真の否定が行われた時、子どもは変わり、学びの証となる。
つまり、林氏は、単に知識を詰め込むのではなく、子ども自身が深く考え、既存の考え方を否定し、変化することこそが真の学びであると考えている、と言えるでしょう。
「学ぶとは、いつでも、何かがはじまることで、終わることのない過程に一歩ふみこむことである」という言葉は、学習が終わりなき探求であり、常に新たな発見や成長の扉を開くものだという深い洞察を示しています。この精神に通じるような名言ご紹介します。
【学びの本質・始まり】
【探求・深化】
【変化・成長】
【行動・実践】
【精神性・心構え】
【人生との関連】
これらの言葉が、あなたの「学び」の道のりの一助となれば幸いです。
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