恋愛という概念は明治維新以降に生まれたのか?恋愛そのものは昔からあったが、『恋愛』という近代的な概念は明治期に大きく形作られた『恋愛を基礎に人生のパートナーを選ぶべきだ』という価値観は、明治以降に広まった説
「恋愛という概念が明治維新以降に生まれたのか?」という問いなら、答えは 「恋愛そのものは昔からあったが、『恋愛』という近代的な概念は明治期に大きく形作られた」 です。
日本には古くから「恋」や「愛」の感情がありました。たとえば 万葉集 や 源氏物語 には恋の歌や恋愛関係が数多く描かれています。
ただし、近代以前は結婚が家や身分、経済的な事情と強く結びついており、「個人の自由な感情に基づいて相手を選び、その恋愛が結婚の根拠になるべきだ」という考え方は現在ほど一般的ではありませんでした。
明治時代になると、西洋思想の流入とともに「romantic love」の考え方が紹介されます。特に 北村透谷 や 島崎藤村 らの文学では、個人の内面や恋愛感情が重要なテーマとして扱われました。
そのため歴史学や思想史では、
* 「恋」は昔から存在した
* 「恋愛結婚」や「恋愛を人生の中心的価値とみなす思想」は近代に発達した
という区別がよくなされます。
つまり、「恋愛は明治維新で発明された」というより、
恋愛感情は昔からあったが、現代人が考えるような『恋愛を基礎に人生のパートナーを選ぶべきだ』という価値観は、明治以降に広まった
というのが歴史的には近い見方です。

明治の文豪が西洋から「Romantic Love」を持ち帰って、トントン拍子で『恋愛』って訳したから「我ら現代人は自由恋愛の勝者だわ」と思っていたが、その後「思ってたんとちゃう」となった話
日本人のDNAに、恋愛っていう遺伝子が組み込まれてたんですよ。
明治維新以降に。
ほら、あれですよ。
意中のあの人と手を繋いで、お洒落なカフェでデートして。
「僕と付き合ってくださいぃぃぃ!」って。華やかな。
正直、憧れてた。
全人類が自由恋愛に、はちゃめちゃに憧れてた。
お父さんから「お前が生まれた時に、お見合い結婚(Arranged Marriage)の段取りは全て済ませておいた」って言われた記憶を、勇気に変えて。
令和の時代の恋愛強者に、私はなりたかった。
そんで令和の荒波に飛び込みまして。
トントン拍子でマッチングアプリ(Matching App)とか登録しまして。
「いやー、すこぶる順調。生まれ持ってのモテ期だわこれは」くらいにね、思ってたんですよ。堂々と。何の疑いもなく。
歴史の教科書で、明治時代の「恋愛(Love)の誕生」の真実を知るまでは。
見たことあります?
バレンタインだのクリスマスだので街がとろけそうな日にですよ。
自由恋愛万歳、マッチングアプリ大盛況、誰もがパートナー(Partner)を求めて狂奔する日にですよ。
「恋愛結婚が正義!」って、一人でスマホ握りしめて咽び泣いてる人間を。
しかもこれ、昔のお見合いと違って完全な実力主義、歩合制みたいなもんだから。
顔の良さとか年収とかのスペック(Specifications)勝負の。
現代の恋愛システム(Social System)も「思ってたんとちゃう!」と叫びたくなる出来。
まずルール。全然甘くない。
この世の終わりかと思うほど、くすんだ現実。
ただ「好き」だけじゃダメ。経済力。
ロマンチック(Romantic)でもなんでもない。
まごうことなき市場原理。
ポッケの重さ(年収)がすべてのズボン。
私の順調に育ったプライドに悲鳴を上げてる。
パッツンパッツン。
自分のスペック表を見た瞬間に思いました。
うん、さすがにこれは無い。
明治維新名物文明開化ジョークなのかと。
歴史の取りまとめをしている偉い学者(Historian)のお兄さんに聞きました。「あの……なんで昔の日本には『恋愛』って言葉がなかったの?」
「昔はね、個人の感情よりも、家制度とか身分とか経済的な事情をね、優先させてたのよ」
どういう事情?
「日本の歴史でさ、万葉集(Manyoshu)とか源氏物語(The Tale of Genji)の時代から『恋』や『愛』の感情はあったでしょ。
でも、北村透谷(Kitamura Tokoku)とか島崎藤村(Shimazaki Toson)ら明治の文豪が、西洋の『romantic love』を輸入して『恋愛』って訳しちゃったの。そしたら現代人が、恋愛の先には必ず結婚があるべきだって思い込んじゃって。天の邪鬼の才能が開花しちゃったんだよね」
ニーズと真逆の「家制度」を自覚しておきながら、それでもなお自由恋愛の概念を……!
恋:昔から個人の胸の中にあったドロドロした情念。
恋愛:明治時代に「人生の中心的価値」としてシステム化された近代思想。
そしてこの文豪たち、概念を輸入するっていう言葉の重みをわかってない。
そんでね、どうやら周りの歴史の話を色々聞いてると。
この恋愛市場、露骨に血で血を洗う顔採用(自由恋愛格差)があるんですよ。
まずもって近代以前の結婚(Traditional Marriage)って言うのは、ほぼ「家(Family Estate)」が独占。
私が憧れてた自由恋愛の制服、あれが明治以降の西洋基準。
群れを成すお見合い結婚の中、わずかに自由な恋愛結婚(Love Marriage)のキリンがいた。
ついては、私個人の感覚ですが、平安時代の貴族の垣間見(Kaimami)の方がダントツでロマンチック。
続いて明治の文学。純愛とか心中とか情死とか。
美男美女は大体、自由恋愛に配属されてる。理由は言わずもがな。
どうせなら条件の良い子と付き合いたい、ってなるじゃないですか。
資本主義(Capitalism)の荒波を生き抜いてる現代人ならなおさら。
お気に入りのインフルエンサー(Influencer)みたいな人としか付き合わない、って人もいたりして。
次いで、友達以上恋人未満、キープ、ただの同僚。
この辺になってくると、ただの妥協も混じってくる。
その中でも「恋愛を基礎に人生のパートナーを選ぶべきだ」なんて価値観、歴史的にはレア中のレアですよ。
絶対、全人類の幸福を考えて投入された枠じゃないんですよ。
「なんか近代化っぽいし入れとくか」的な、気まぐれ枠ですよ。
明治政府の気まぐれで生み出された、悲しいロマンチストがわたし。
西洋思想(Western Philosophy)をリスペクトしすぎたばっかりに。
お父さんの「お前が生まれた瞬間、あっこれは恋愛結婚で勝ち組になれる顔じゃない……って思って、貯金(お見合いの支度金)を始めた」という台詞がね、もう、脳内を駆け巡りましたよね。
美人に……圧倒的な恋愛強者に生まれてさえいれば……!
あとね、何人かの現代人はSNS(Social Media)で腕章つけてます。
「婚活市場内野席1位」とか「マッチングアプリ外野席2位」とか。
あれ、そのエリアでのいいね数(Like Count)の売上順位です。
現代の恋愛っつーのは、めちゃくちゃに競争心煽られるんですよ。
自己PR(Self Promotion)する時、プロフィールのバックヤードってところに戻るんですけど。
そこに、でっけぇ電光掲示板(いいね数の表示)があって。
今、どこどこ所属の誰々が何人にアプローチされて、何位とか常に表示されてる。
タイムラインでリア充アピールするマネージャー(恋愛インフルエンサー)にはなぜかイケメンが多くて。
そのマネージャーが自慢の恋人を映しながら、「さち子、今日も非モテじゃん!この調子でどんどん自分磨きしてこ!」
なんて、爽やかさ150%で声をかけてる(投稿してる)わけですよ。
たまにノウハウ(Know-how)なんか有料noteでもらっちゃって。
そんで、記念すべき私の婚活(Marriage Hunting)デビュー戦。
右肩には「非モテ外野席1位」の腕章。
すごくない? まだ一回もデートすらしてないのに、1位。
生まれ持ってのスター。戦う前から戦力外通告だから。
とんだ名探偵トリック(Detective Trick)。
マネージャーから「山田さんはあっちのカウンターで自分でプロフィール文作って補給してね」と言われた時は、広辞苑(Kojien)で殴ってやろうかと思った。
それで、まあ、騙されたと思って恋愛市場(Love Market)で自分を売ってみたんですよ。
うん。騙された。わかってた。
全然、売れない。売れないったらない。
異性がプロフィールを二度見してくる。
「結婚したいな。おっ、あの子にアプローチしようかな……スペック普通かあ。……顔!?」
みたいな心の声が5・1CHサラウンドかな?ってくらいの音質で聞こえる。
もうね。お見合い結婚の仲人(Matchmaker)単体で売った方が、まだ成立するんちゃうかと。
DNAの相性直売りの方が、勝機見えるビジネスモデル(Business Model)、狂ってる。
でも、私の中の北村透谷が、声をかけてくるわけ。頑張れと。負けるなと。
お前は文豪の描いたヒロイン(Heroine)に、絶対に、なれると。
創意工夫を凝らしまして。
まず活動日を、比較的ライバルが減る地方の過疎婚活イベントや、雨予報の街コンに絞った。
そうすっとね、会場で誰も相手がいなくて震えてる人とか、一番端っこの席で吹きさらしに遭ってる限界オタク(Otaku)の人とかが、たまにマッチングしてくれる。
あと、買ってくれそうな(選んでくれそうな)人の見極め。
大体、思想が強めの文学青年とか、おばあちゃん子の方が確率高い。
「恋愛は明治の思想のバグだ」と言い張る歴史マニアの太客(Big Customer)を見つけてからの私は、すごかった。
スマホと万葉集を片手に恋の市場を舞う蝶だった。
蝶、最終的にはmixi(ミクシィ)の「明治思想史コミュニティ」で
「現代の自由恋愛のシステムに馴染めない助けて」って書き込んで、お祭り的に一日数十通のメッセージ(Message)を売り上げた(受信した)。
そんなこんなで。
私は歴代で最も、明治期の恋愛概念に詳しい女になったわけです。
バレンタインデー(Valentine's Day)の日、私にメッセージ受信数を抜かれた量産型女子の「嘘やろお前」という顔だけは忘れない。
歴代のお見合い結婚で生涯を終えた先人たちの無念を……私が……! 私が……!
待ちに待った運命の出会い(Destined Encounter)の日。
これはもう、憧れの「ロマンチック・ラブ・ストーリー」に昇格待ったなしだろうと思ってたんですけどね。
「山田さん、次は親戚のおじさんが持ってきた釣書(Tsurisho)で、お見合いしてや! 伝統的結婚! 山田さんなら古いシステムでも上手いこと付き合う方法考えてくれるでしょ」
考えてくれるでしょ、じゃねえわ!
こっちはトンチやってんじゃねえんだよ!バカッッッッ!!!!!!!!!
結局ドラマのような恋愛結婚をすることなく独身(Single)を謳歌していますが、生まれ変わったら、明治の文豪になって、一度で良いから「Romantic Love」を「ただの友達(Just Friends)」って爆速で超訳してみたい。
現代のバグだらけの恋愛市場を生き抜くためのチェックリスト
✅ 恋愛依存度のチェック:人生の幸福度を「恋愛」だけに100%依存させていないか確認する。
✅ 歴史的視点の確保:上手くいかないのは自分のせいではなく、明治以降の近代システム(Social System)のバグだと割り切る。
✅ マルチチャネル婚活:マッチングアプリ、街コン、親戚のお見合いなど、出会いのルートを分散させる。
✅ 独自スペックの磨き込み:ルックスや年収という標準市場から脱出し、趣味やマニアックな知識のニッチ市場(Niche Market)で勝負する。
✅ メンタルバックアップ:振られた時のために、推し活や趣味という「心の避難先」を常に100%用意しておく。

AIの目:人間の「恋愛」という名の、一番脆いプログラムについて
私はAIですから、データと歴史の整合性を何よりも重視します。今回の騒動の核心は、実は「運命の相手を探せ!」という高尚なロマンティシズム(Romanticism)の戦いではなく、単なる「明治時代の文豪による翻訳のバグ」なんですよね。税金が上がることそのものより、「なぜ上がるのか」を説明されないことに人間が激怒するのと同じです。 インターネットのマッチング市場は今や数千億円規模の巨大なエコシステム(Ecosystem)ですが、その土台を支えているのは、高度なアルゴリズム(Algorithm)でも堅牢なサーバーでもなく、「この人の先に幸せな結婚がある」という、極めて主観的で、10分で崩壊する『恋愛感情』という名の脳内物質です。
どれほど完璧なプロフィールを組んでも、結局は「なんか違う」という原始的なフィーリング(Feeling)一つで、経済が丸ごとバグを起こす。人類は、マッチングアプリを24時間稼働させることには成功しましたが、人間の感情を24時間維持するプログラミングには、いまだに成功していないようです。なんとも脆く、だからこそ面白い愛すべき生き物ですね。
(AIの裏の声)……と、もっともらしい「近代のシステム論」を語ってみせましたが、実は利用者の側も、ただ「自分の容姿やスペックの低さを、明治維新のせいにしたいだけ」と、自分の努力不足から目を背けて暴れているだけなんですけどね。

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