何を根拠に、綿谷りさが賞を取るために多くの大人たちに向けた作品書いたって断言してるの?『蹴りたい背中』芥川賞受賞「面白くなかったのに賞を獲った」「綿矢りさが大人に向けて最適化して書いた」
「綿矢りさが嫌いだった」という過去の感情から、芥川賞受賞作への見方が変化した経緯を綴った投稿が話題です。
当初、綿矢りさ氏の小説を面白くないと感じていた氏は、時を経てその作品が「誰に向けて書かれたか」を明確に意識したものであることに気づきます。大衆に迎合しない姿勢も尊い一方、読み手を想定し、自身の表現を追求するために戦略的に行動することも重要だと説きます。
この投稿は、創作活動における戦略性と、売れることの意義について再考するきっかけを与え、多くの反響を呼んでいます。
この一連のポストや反応は、
綿矢りさ『蹴りたい背中』芥川賞受賞
「面白くなかったのに賞を獲った」という若いころの違和感
大人になってから「誰に向けて書いたか」という“対象設定の明確さ”に気づいたこと
「迎合」や「売れるための最適化」と「自分のやりたいこと」とのバランス
といったテーマが核になっていますね。
議論のポイントを整理すると
作品の受け手を意識する力
「大衆」や「審査員」といった読み手を想定して書くことは戦略。
それをダサいと切り捨てるより、むしろ本気で“相手に届くように狙う”ことができるのは才能だ、という見方。
自由と戦略の関係
「迎合せずに好きなことを書く」 vs 「売れるために最適化する」。
実際は、売れて影響力や自由を得てからこそ、好きなことができる。
他分野への拡張
芸術や音楽 → 「審査員の好みを読む」
受験や就活 → 面接官に合わせる力
研究 → まずは論文を量産してポジションを確保
どの分野でも「迎合できるかどうか」がキャリア初期の分岐点になる。
批判的な視点
「綿矢が大人に向けて最適化して書いた」と断定するのは決めつけでは?という意見もある。
作者の内心は本人しか知らないので、読者側の“解釈”の域を出ない。
まとめると
「若いときは“迎合=悪”と見えがちだが、実際には迎合力も含めた戦略が必要」
「自由にやりたいことをやるために、まずは相手に合わせて結果を出す」
「ただし、作家本人の意図を決めつけて断言してしまうと、それはまた別の“ダサさ”につながる」
つまり、創作やキャリアにおいては
👉 「対象を想定して狙うこと」と「自分の表現欲求」とのバランスをどう取るか
が核心テーマになっているといえそうです。

何を根拠に、綿谷りさが賞を取るために多くの大人たちに向けた作品書いたって断言してるの?
綿矢りささんが**「賞を取るために多くの大人に向けて最適化して書いた」**と断言できる根拠はありません。
根拠が曖昧な理由
本人の証言がない
綿矢さん自身が「芥川賞を狙って大人に向けて書いた」と語った事実は確認されていません。
(むしろインタビューでは「19歳の自分の等身大」を出した、と語っていたことが多いです)文学賞の審査基準は多様
芥川賞は「純文学」「新しい才能の発掘」といった審査方針があるものの、誰を対象に書いたか明文化されることはなく、結果的に審査員に評価された、という側面が大きいです。読者の解釈の問題
「多くの大人たちに向けた作品だった」というのは、
読み手として大人になってからそう感じた“解釈”にすぎません。
それを「作者の戦略」だと断言するのは、飛躍といえます。
言えるのは
「結果的に、大人の読者や審査員に強く刺さった」ことは事実。
「最初から大人に向けて最適化した」かどうかは、証明できない推測。
つまり、断言してしまうと“勝手な決めつけ”になってしまう、というのが正確な立場です。
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綿矢りささんが「賞を狙って大人の読者に最適化していた」という主張を検証するために、彼女自身の言葉やインタビューから分かることを整理します。根拠として「これをやっていた・こう考えていた」という発言の有無を中心に。
綿矢りさ本人の発言から見えてくること
以下は、インタビュー記事などで綿矢さん自身が語ったことの中で、「誰を想定して書いたか」「どんなスタンスだったか」が関係する発言の要点です。
発言内容 意味するところ/読み取りうること 「大人向け最適化」「賞を狙っていた」との関係
「当時は、自分なりに『とっつきやすいもの』『わかりやすいもの』を書きたいと考えていました。文体がかしこまらないようにしていましたね。自分と同年代のひとが読んで肩が凝らないようにしようと。日常の細かい部分で共感してもらえるように書いていました。」 (cinra.net)
若年の作家として、読者が読みやすいこと・共感できることを意識して書いていた これは「大人に向けて」ではなく「自分と同年代の人」や「読みやすさ」を意識した発言。賞を狙ったというよりも、読者の共感を得ることを目指していたスタンス。
「学校や会社のなかで友達や心を許せる人がいないという息苦しさは…この作品で書いた『狭いグループ内で孤立することへの恐怖』は、感じたことがある人には強く刺さるものだと思いますし、感じたことのない人にも、小説のなかで体験することで、そういう苦しみを感じる人たちのことをわかってほしいなって思います。」 (cinra.net)
孤立感や疎外感という普遍的なテーマを、自分と他人と両方の立場で“刺さるもの”を書こうとしていた これは大人を狙った、というより「幅広い人に刺さるもの」を意図していた、ということ。
「自分としてはこの仕事をはじめたばかりで、あまり下積みもなくそうなってしまったので、『受賞してうれしい』よりも、『すごい勢いで消費されてしまったらどうしよう、私はずっと続けていきたいのに』って考えていました。」 (cinra.net)
作家としての持続性や評価・受け入れられ方に対する不安があったこと。賞を取った後の影響を予測していた これは賞を狙っていた証左とは言えないが、「受けること」「読まれること」を意識していたことは確か。
「大学生のころは『ずっと小説を書けたらいいな』って思っていましたが、『たぶん無理だろうな』とも思っていました。」 (Excite)
書き続けること自体に重きを置いていた。成功・賞よりも継続性 賞を狙うというより、作家としての持続的な道を意識していたことを示す。 **「スランプを経て、いいものを書こうという気負いを手放すこと」**など、初期の重圧や期待と格闘していたことを語る発言。 (@BAILA)
芥川賞を取った後、特に「賞受賞後第1作」として期待されるプレッシャーがあったが、それをどう扱うかに苦労した これも「賞を取った後」の影響を認める発言であって、「賞を取るために最初から策略を練っていた」とは異なる。
見つからない/否定的なもの
以下は、インタビュー等で**見つからない(あるいは否定的)**発言:
綿矢りさが「審査員の好みを徹底的に研究して、それを狙って書いた」というような発言は、少なくとも公開されているインタビュー記事には見られない。
「これは芥川賞を取りに行くために書いた」というような明言も見当たらない。
また、「大人」を明確な読者対象として念頭に置いていた、という発言も確認できない(上記発言では「自分と同年代」や「共感できる人」など、もっと近しい/同世代の読者を想定していたという言及が中心)。
総合的な判断
綿矢りささん自身の言葉から判断すると:
読者を意識していたことは明らか。とくに「共感」「読みやすさ」「とっつきやすさ」が重要だった、という発言が複数見られる。 (cinra.net)
書き続けたい/自分らしく書きたいという願いも強く、そのためのスタンス(重圧や期待への対処法など)を模索してきた。 (cinra.net)
ただし、「賞を獲ること」を目的として計算して書いた、または「大人層を狙っていた」という発言は、少なくとも公に確認できる資料では、裏付けがない。
もし「賞を取るために大人を想定して書いた」という主張をするなら、それはあくまで読者・評論家・他者の解釈・推測の範囲であり、綿矢さん自身の言葉から直接的に支持するものではない

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