それでは面接を始めます。
トントントンと3回のノックが聞こえた。
「はい、どうぞ。」
3人目の就職希望者だ。
「失礼します!」
という元気な声が聞こえ、ドアが開いた。
採用の事業に携わって18年が経つ。
面接も慣れたように思っていたが、ここ1年は自分に会社の未来が掛かっている気がして、とても緊張するようになった。
「橋本一也と申します。よろしくお願いします。」
うん、証明写真で見た通り、真面目そうで気が強そうだ。
正直こういう希望者が一番怖い。
「人事部採用担当の田畑と申します。よろしくお願いします。」
落ち着け、と心の中で言い、深呼吸する。
「では、面接を始めます。」
「よろしくお願いします。」
「聞いた内容はPCに入力し、選考の参考にさせていただきます。よろしいでしょうか?」
「はい。」
「それでは、御社が求人を出した理由は何ですか。」
「はい、わたくしたちが求人を出した理由は、先日営業部から1名退職し、人員が減ってしまったため、補充のために募集いたしたく、求人を出しました。」
「そうですか。ではなぜその方は退職されたのですか?」
「それは…えーっと…」
――――――
1年前、日本の就職活動が逆転した。
事の発端は「なぜ売り手市場の世の中が続いているのに、求職活動は変化しないのか」とどこかの大学の教授が発言した事だった。
この発言をネットで知った時「こいつは何を言っているのだろう?」と思いつつ、大事にはならないだろうと高を括っていた。
雇うのは会社側なのだから求職者や労働者より力があるのは当然。
誰だってそんなことは分かり切っている。
こんなもの一時的な話題になって終わり。それだけだ。
しかし、この発言が広まらなかったことをよく思わなかったのか、ある日、
「本日21時からライブ配信を行います。もし勇気のある経営者の方がいらっしゃいましたら、そこでお話をしましょう。ただし、名前と顔を出して発言していただける方に限定させていただきます。」
と教授はSNSで投稿した。
俺は人事に携わっているという使命感からかそのライブ配信を見ていたが、結局誰も現れず、流れの早いチャット欄とは反対に静かな時間が流れるだけだった。
そらみろ、こんなことに首を突っ込む人間がいるもんかと思いつつも少しホッとする自分がいた。
しかし、この教授は連日同じようなライブ配信を起ち上げ続け、俺は接続し続けた。
だが、物好きはそんなにいないらしく、日に日にライブ配信の接続者数は減って行った。
俺もそろそろ見るのを辞めるか。
そう思ったその日、経営者を名乗る1人の老人が現れた。
嫌な予感がした。
老人は長々と自分と自分の会社がどれだけ優れているかを喋り、最後に「給料を払うのが会社なのだから会社が労働者を選別するのは当たり前だ!」と勝ち誇った笑みを浮かべながら、強く主張した。
「それではその給料となるお金はどうやって得ていますか?労働力あってのものではないですか?給料は労働の対価ですよ。労働力が無ければお金は生み出せませんよね?」
「そんな屁理屈を言うなら労働者を雇わなければいいじゃないか。そもそも雇わなければ給料なんて発生しないのだから。」
「そういう話になるのであれば、そもそもあなたはどうやって報酬を得るのですか?自分一人で生産し、営業し、経営を行えますか?それが出来ないのであれば労働力は必要になりますし、そもそも労働者もいない、商品も作れない会社は存在価値がないのでは?」
正論だった。
会社は言いたくない、労働者は言いたくても言えない正論だった。
老人は顔を真っ赤にして何も言わないまま固まり、そのうちに老人の映っていた画面だけが真っ暗になった。
俺は思わず「…終わった。」と呟いた。
その後、教授はこの配信を様々な媒体に投稿した。
あの老人はヤラセだという声もあったが、会社名も名前も顔も出ている。
こいつの会社のHPにはふんぞり返りながらインタビューに答える老人の写真がでかでかと載せられており、それがまた労働者の反感を買った。
「選考方法も求人条件も最終結果も、全て提案するのは会社です。それなのにこの社会は『求職者が自分で会社を選択することが出来る』と謳う。
選ばれるために、自分を偽り、自分は会社に合った人間だと売り込む。現在は求職者の売り手市場なのに、です。そして選ばれたからにはと心身を削りながら働く。そもそも、これほどまでに心を病む労働者が多い理由は、会社という存在が力を持ち過ぎているからだとは思いませんか?本当に、本気で、これが正しい社会だと思いますか?求職者の皆さん、労働者の皆さん今こそ、もっと生きやすい社会を作るべきだと思いませんか?」
当たり前だが経営者よりも労働者の方が多い。真剣な顔をして語り掛ける教授の姿はどんどん反響を呼び、出せなかった声は日増しに大きくなっていった。
その一方で、老人は見ず知らずの経営者たちから「お前が出しゃばったせいだ」と責められ、それ以外の人間からは「労働者を馬鹿にしていたことを謝罪しろ」と大きな批判を浴びた。耐え兼ねた老人は会見を開き、心からの謝罪と退任を告げた。
この声はついに国を動かし、『中途採用の求職者に限り、売り手市場が終わるまで、実験を兼ねて一時的に、求職者が主体となる就職活動を行える権利を持つ』と国会で決まった。
とにかく、あの教授と老人は世間をひっくり返してしまった。
こんなことが目の前で起こるとは思わなかった。
結局、老人の会社は社長を変えても半年も持たず、俺は路頭に迷うことになった。
―――――――――
「守秘義務ですか?田畑さん」
声を掛けられ我に返る。
「あ、いえ。えっと…退職を決意した理由は…、スキルアップを目指し、もっと高度な…」
「ありきたりですね。それが本心かは聞きましたか?」
「ありきたり…」
「で?本心かどうかは聞いたんですか?」
PCから顔を上げた橋本と目が合った。
「いや…詳しく聞くとパワハラと言われかねないので…」
「あぁ、そうですね。じゃあ、御社が思う会社の強みは何ですか?」
「強みは…」
視線を机に移すと置いた書類が目に入った。
「ちょっと!」
「はい?」
「今までの就活では求職者が書類を持ち込むことなんて出来ませんでしたよね?御社ではそれがOKだったのでしょうか?」
「いや…」
俺が就職したのは件の後だ。過去にここがどんな面接をしていたかは知らない。誰かに助けてもらいたいが、面接は1対1で行うルールになっている。ビデオカメラは置いてあるが録画しているだけで、誰かがこの状況を見守ってくれているわけでもない。
「…わたくしどもの会社も書類の持ち込みは認めていませんでした…。」
「ですよね。しまってください。」
「いや、でもこれはあなたの履歴書であって。」
「求職者の情報も頭に入っていないのですか?私達が書いた履歴書もその程度でしか見ていないという事ですね?本当に就職してもらいたいと思ってるんですか?やる気が足りないんじゃないですか??」
橋本の口角が僅かに上がる。…この野郎。
「…すみません…就職してもらいたいとは思っているのですが。」
「まぁいいです。質問を変えます。あなたは何故、採用担当の仕事をしているのですか?」
「何故…」
「えぇ、何故。」
路頭に迷った俺は人事部を避けて仕事を探した。
世界はひっくり返ったのだ。人事の仕事なんてしたくない。採用担当になんてなったら頭がおかしくなる。
そう思って求職活動を行っていたが、どうしても駄目だった。
求職者が圧倒的に有利なはずなのに、未経験だから、ではなくあの会社の経営側に居たという事実が足を引っ張った。
会社の名前を出すと「あぁ。」と意味ありげに言われ、「その節は、大変でしたね。」と哂われる。
事前に履歴書を見ているくせに、わざとらしい。
そしてどこに行っても「何故、未経験で営業職を希望するのですか?人事の方が適しているのではないですか?」と尋ねられる。
あの会社での所属を決めたのは俺じゃない。俺だって営業職が希望だった。席が空いていたという理由で人事に置かれただけで俺に決定権などなかった。
そんな事を言えるわけもなく、怒りと焦りに支配された頭で「えー」「あー」と繰り返しながら答えを捻り出す。
どの会社も糞だと思いつつ面接を乗り切り、職がないよりはと採用願を出す。どんなに馬鹿にされても俺はちゃんと就職する気がある。あるのに、『特別事項該当者』と判断され、企業側からの断りが入るのがいつもの流れになっていた。
何十社も落ち、結局、決まった就職先は人事部だった。
「経験者だから助かるよ。」という部長の一言により、俺はすぐに採用の職務を割り当てられた。そして元いた採用担当は続けて退職し、俺1人残された。
「会社のためにサンドバッグなれ。」「お前は罪を償うべき人間だ。」そう言われている気がした。
これを全て語ったらこの男は納得するだろうか。
「私も中途就職者なのですが、元々採用を担当しており、縁あってこの会社の採用していただきました。」
笑顔が若干ひきつった気がするが、橋本は何も気にしていないようだった。
「という事は就職活動が変わる前も採用を担当していたんですか?」
「えぇ、まぁ、別の会社でしたけども。」
「じゃあ昔より面接も大変になったでしょう?今は冷やかしの面接とかもいるんじゃないですか?」
「私はまだそういう人に当たったことはないですが…そういう方も世の中にはいるようですね。」
「ああいう人たちは圧迫面接をして、その後お祈りメールを送るのが目的なので、気楽なもんですよね。あ、僕はそんなことしないですよ?それにしても、今や圧倒的不人気の採用担当に自ら再度飛び込むなんて田畑さんは採用担当の仕事が好きなんですねぇ。」
「いや……そんなことは…」
「あ、忘れてました!もし、今回の面接で複数人から採用願を受け取った場合はどうされる予定ですか?」
最終面接後、求職者は働きたい場合に採用願を提出し、働きたくない場合にはお祈りメールを送る。
複数の採用願が届いた場合のみ、やっと企業が選択する方に回る。だが、現状、複数人の採用は出来ないという理由で採用願を取り下げる会社は、ない。
それは結局、労働者を下に見ている行為だと批難されるからだ。どこまでも会社の立場は弱い。
分かっているだろうにそんなことまで聞くのかと出かかった溜息を飲み込む。
「複数の採用願が届いた場合は、管理職を含めて検討することになると思います。」
「そうですよね、そのための録画ですもんね。」
橋本は私の横にあるビデオカメラをチラっと見て笑った。
なんだその顔は。
「ところで、この会社の採用担当はあなた1人ですか?」
「え?」
「他にもいらっしゃいます?採用担当。最初は求人票に書いてある仕事に就けたけれど、数か月後に異動を告げられたって話、最近よくありますよね。こちらは営業での求人だったので応募しましたけど、実際どうなのかなって。もしかすると田畑さんが転職を希望しているから後任を探してるのかなって疑問に思っただけなんですけど。」
質問は的を射ていた。
営業部の人間が退職した事は事実だが、会社が欲しているのは採用担当だった。
面接を行っても、お祈りメールしか返ってこないのは俺が至らないからだという話が定例会で出たと部長から聞いた。ここでもまた俺に責任を擦り付ける。誰もこんな仕事やりたいわけないだろ。それならお前らが面接をすればいいじゃないかと言いそうになったが我慢した。
定例会の結果、一度営業として雇い、折を見て採用担当に回すと言う話になっていた。そして俺は誰か配属されたら会社を辞めるつもりだった。
こいつは多分頭がいい。営業でも採用でも何でも仕事が出来る人間なんだろう。社長も部長もこいつの姿を見ると逸材だと言うかもしれない。
だが、俺はこいつとは絶対に一緒に働きたくない。
俺が辞めるまでの少しの間だとしても。
こいつから採用願が届いたら『特別事項該当者』として除外してもらうように部長に掛け合おう。
企業がどうしてもこの志望者を入れたくないと思った場合、1回の面接で1人だけ『特別事項該当者』として選ぶことが出来る。
こいつみたいなやつを入社させない唯一の方法。
俺は悉くこの特別事項該当者として認定された。
何故俺を特別事項該当者にするのか尋ねてみたが、どの企業も理由は教えてもらえなかった。
言われなくても理由は分かっている。俺のせいじゃない。未経験のせいでもない。あの会社に勤めていたからだ。だからどの企業も理由を言えなかったのだろう。
「僕が今いる会社には採用担当が5人います。」
それがどうしたと思いながら、目の前にある時計に目をやる。そろそろ話を切り上げたかったのだが、雑談くらいなら付き合ってやるかという気持ちになる。
「…大きい会社なんですね。」
「いやいや、そんな大きい会社ではないですよ。それでも今や採用担当はとてもストレスがかかる仕事です。そのストレスを分散させるために、多めに採用担当を確保しているんです。それに一般的な会社とは違い、最終面接はきちんと管理職が対応しているのもうちの強みかなと思いますね。」
「はぁ。」
最終面接の担当が俺だったことが不服だったのか。
「でももう少し人数を増やす予定なんです。これがどういう意味か分かりますか?」
「…うちみたいな会社が採用担当を欲しても他の企業に奪われるという事ですか?」
どこまで失礼な奴なんだと思わず睨みつけてしまう俺とは反対に橋本は声をあげて笑った。
「違います、違います。」
急に真面目な顔を橋本を見計らったかのように室内に面接終了のタイマーが鳴り響いた。
「それではここまでですね。」
PCを閉じ、スッと立ち上がった橋本は俺の目の前に立ち、俺にしか聞こえないほどの小声で続ける。
「あなたを引き抜きたいんです。」
「…は?」
顔から力が抜け思わず声が漏れる。
「聞いたことありませんか。就活方法が変わったことで有利になったのは求職者だけじゃないんです。労働者にも有利になるように変わっている。あまり褒められたものではないかもしれませんが、面接でライバル会社の情報を探ったり、または、私のように上手く人を引き抜いたり」
「いや、そ…そもそも…あんたは営業希望で、現職も営業をしていると…」
「はい、だからかけているでしょう?あなたに、営業を。これが私の仕事なんです。」
なんだこの上手い話は、と飛びつきたくなる衝動と何を言っているんだと言う感情が混ざり合い上手く言葉が続かず、目を丸くして橋本を見ることしかできない。
「色んな会社の面接に赴き、引き抜けそうな人がいないか探す事が僕の仕事です。少し失礼な言い方ですが、ここの面接を受けたのは次の面接時間までの空き時間にちょうどいいなくらいにしか思っていなかったので、御社がライバルだと言うつもりでも田畑さんに目をつけていたとかでもないんですけどね。」
「それなら余計になんで、俺なんかを…」
うーんと考えるように宙を見上げ、
「田畑さんの運が良かったってことで良いじゃないですか。」
と橋本は笑った。
「ご連絡お待ちしております。」と言う言葉と共に受け取った名刺には転職先の候補にも入れていなかった大企業の名前と「採用営業担当」と肩書のついた橋本の名前が書いてあった。
はっと我に返り、時計を確認する。
次の候補者を呼ばなければ。
そう思いつつも俺はビデオカメラへと迎い、橋本との面接データを削除し、名刺を失くさないように胸ポケットへ入れた。
(6,233字)
(お仕事小説部門に入れたかったけど文字数が足りないのでオールカテゴリ部門に投稿しました。)
