【資格試験、受験】知識を追いかけるけれど、深追いしない。 ~短期合格する人の「ちょうどいい勉強の深さ」~
こんにちは。30日チャレンジの運営担当で、元弁理士の伊藤です。
現在は、難関大専門の学習塾 Dear Hope で数学と物理を担当しています。
先日、TACで弁理士講座を担当されている齋藤晶子先生へインタビューをさせていただく機会がありました。齋藤先生は、私が弁理士試験の受験生だった当時、三次試験(口述試験)の対策講座で大変お世話になった恩師です。
そのインタビューの中で、「なかなか合格しない人には、どんな特徴がありますか」と伺いました。そこで先生は、次の二つのタイプを挙げられました。
丸暗記に頼る人
小難しいことに引き寄せられる人
これら二つは、一見すると正反対です。片方は理解を飛ばして覚えようとし、もう片方はむしろ深く理解しようとします。しかし、よく考えると、二つは同じ失敗の裏表の関係にあります。
勉強とは、引っかかったことを「追いかける」ことです。したがって、わからない問題や、あやふやな問題が出てきたら、テキストや講義動画を確認して「なぜそうなるのか」を追求することが、学習の基本動作であることは間違いありません。
合格から遠ざかる勉強とは
ただ、この「追いかけ」には、二つの失敗があります。
失敗➀ 追いかけが、足りない。
これが「丸暗記」です。理解を追いかけないまま、結論だけ覚えようとする学習態度です。
失敗② 追いかけが、行きすぎる。
これが「深追い」です。追わなくていい細かいところまで、どこまでも追いかけてしまいます。
合格に繋がる最短経路は、これらの間にあります。追いかけるが、深追いはしない、という学習態度です。 今日は、そのちょうどいい深さの話を書いていきたいと思います。
以下、私自身が経験した弁理士試験を例に書いていきますが、これはおそらく資格の種類によらない、スムーズに合格できる人とそうでない人とを分ける共通の構造です。ぜひ、読者の皆さまが今向き合っている試験に置き換えて読んでみてください。
「深追い」とは、具体的に何か
問題(過去問)演習をしてると、分からなかったり、確信をもって答えられなかったりする問題に出会います。このようなとき、解説やテキストで必要な知識を確認します。これが「追いかける」ということです。
問題は、その先です。
確認したついでに、その論点に関する細かい判例を調べ出すことは多くの場合、深追いです。さらに、その判例がどこまで及ぶのか、似た判例とどう違うのか、例外はないのかなど、気づけば、試験には出てこない深さにまで潜ってしまうことがあります。
あるいは、条文の文言を超えて、実務上の細かい手続きやレアケースを追いかけ始めることも深追いです。これは資格取得後に実務に就いたときに必要になる知識であって、目下取り組んでいる試験において問われるものではありません。
さらに、資格試験の範囲を超えて、学術的な解説書に手を出すことも深追いの一種です。これは、特に意識の高い人に多い傾向だと思います。
深追いの入口は、いつも正しいのです。しかし、あるラインを超えて追いかけ続けると、正しいことの延長線上を歩いているつもりで、いつのまにか本筋から外れていき、合格から遠のいてしまうのです。
資格試験に合格するためには、「難しいこと」はいらない
皆さまが目指されている資格試験の問題を思い出してみてください。
そんなに深いことを押さえないと、合格できないのでしょうか?
弁理士試験の話になりますが、筆者が9割以上の得点で合格した経験を踏まえても、条文やテキスト、過去問に載っていないような知識が無くても、合格点は絶対に下回らないことは断言できます。
合格のために大切なのは、「幹から枝葉へ」という順序です。ぜひ、頻出の知識や、条文の基本的な理解を優先してください。受験生なら誰もが一度は目にする、いわば幹の部分をまず固め、そこから枝葉につなげていきます。
土台ができていないのに深追いする矛盾
しかし、合格できていないにもかかわらず、深追いに引き寄せられている人の多くは、その浅いはずの基本~標準的な問題で、十分な正答率が出せていません。そこが問題なのです。
深追いをするには、本来それを支えるだけの土台が要るのに、その土台がないまま、深追いの体裁だけを取ってしまっています。これは、中学の数学があやしいのに、高校数学の小ネタを集めて回っているようなものです。
これは、たとえ話だけではありません。私は日ごろ数学を教えていますが、根本的な理解がまだ足りないのに、細かい公式を覚えようとしたり、一足飛びに難しい問題に挑みたがる人がいます。そういう人は、伸びません。そして実は、これは高校時代の筆者自身の姿でもあります。
さらに、この罠にはまるのは、初学者だけではありません。今回インタビューさせていただいた齋藤先生ご自身が、まさにそうだったと打ち明けてくださいました。先生は独学だった時期に、学術的な基本書や細かい判例を読み漁り、合格からむしろ遠ざかる方向にばかり努力を注いでしまったそうです。「自分で極めたくなってしまった」と振り返られていました。
いまや受験指導のプロでいらっしゃる先生でさえ通った道なのですから、これは意志や能力の問題ではなく、まじめな学習者なら誰もがはまりうる構造なのだと思います。
齋藤先生は、その5年間の回り道を経て、「学術的な勉強と、資格を取得するための勉強は、まったくの別物である」と総括されていました。さらに、試験合格で大切なのは、広い知識でも小難しい知識でもなく、範囲を有限に区切って、その完成度を高めることだともおっしゃっていました。
細かい判例や実務に関心が向くこと、それ自体は、知的に見えます。本人もそう感じているだろうと思います。しかし、深さに憧れているだけで、その深さを支える土台がまだない状態であるなら、「深追い」は効果の薄い作業になってしまいます。
なぜ、人は深追いに引き寄せられるのか
このような「深追い」に惹きつけられる理由は、案外シンプルです。深追いは、「勉強している感」が、いちばん出る作業だからです。
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