現役作家による歴史小説の書き方(1)山場を設けるには
前回「小説家になって良かったなと思うこと」という題で書いたら、いつもより、ちょっとたくさん「スキ♡」をいただけた。なるほどnoteの読者の方は、現役小説家の本音に興味を持ってくれるのかなと思った。
歴史小説家になって24年。そう大人気作家というわけではないけれど、単行本36冊と、文庫本40冊を出版してきた。詳しいことは、下の植松三十里の公式サイトを、ご覧あれ。
思えばnoteを書き始めてからも、かれこれ5年になる。日常的なブログのような気分で、ずっとチンタラ書いてきた。でも、せっかく書くなら、もう少し読む方の役に立つような話を書かなければ、意味がないなと、今さらながら気づいた。
で、「歴史小説の書き方」を書いてみようという気になった。ずっと前から、そういう本を出したかったけれど、そんなにもったいつける必要もないし、ここで気楽に書くことにする。
すぐに面倒くさくなって、数回でやめちゃうかもしれないけれど。とりあえず大事なポイントごとに、少しずつ連載気分で始めてみる。あまり推敲しないから、文章が変だったりしても、どうか。ご容赦を。
まえおきが長くなったけれど、歴史小説を書くうえで、重要なポイントのひとつは「山場を設けること」。特に冒頭はツカミとして、いきなり山場から始めたい。
つい歴史的な説明から始めたくなるけれど、それでは読者は、まず読んでくれない。あえて謎を残すつもりで、歴史的な説明は、とにかく後まわし。読者が、ワケがわからないまま「何だ、何だ?」と読み進めてくれたら、合格点だ。
私の場合、動きのある場面から始めることが多い。できれば臨場感も欲しい。ちょうど1年前に出した『侍たちの沃野』という集英社の文庫書き下ろしは、次のような書き出しにした。
ゴーッという鈍い音とともに、バーナーの突端から朱色の炎が吹き出す。猪苗代湖畔の森に響いていた蜩(ひぐらし)の声が、たちどころに消えた。
これは、猪苗代湖畔に立っている銅像の足元が、バーナーで切断されるシーンだ。時代は太平洋戦争当時で、この章が終わってから、物語は明治初頭に戻る。
年代が前後するのは、読者の混乱を招く危険がある。本当は起きた順番通りに書き進める方が、読者には、わかりやすい。それでも男たちが動きまわる作業の場面から始めたくて、こういう書き出しにした。
『彫残二人(ちょうざんふたり)』(文庫化で『命の板木』に改題)は、時代小説専門の中山義秀文学賞を、2009年にいただいた作品で、とっくに絶版になっているけれど、次のような文章で始めた。
薄曇りの日本橋の大通りに、突然、馬のいななきと、女たちのけたたましい悲鳴が響いた。男のどなり声も混じる。
要するに、江戸のど真ん中に暴れ馬が登場するのだけれど、さすがに、これは、ちょっと小っぱずかしい。昔のマンガに「暴れ馬だー」ってな場面が、けっこう出てきたので、この作品を書いた時点で、すでに古典的冗談みたいではあった。
でも『彫残二人』の主人公が馬のお医者さんだったので、彼が馬の扱いに慣れていて、果敢にも暴れ馬を止めるという流れにしたかったのだ。それで、こんな冒頭にしたのだが、まあ臨場感は出せたと思う。
山場は冒頭だけじゃなくて、作中でも何度か必要になる。のっぺりした書き方をしていると、編集者から「山場を作ってください」と指示が出ることがある。
私はデビュー直後に、講談社の編集者から「あざとい書き方を考えてください」と求められたことがある。「あざといって何?」と首を傾げたが、要するに読者を泣かせろという意味だと理解した。それが作中の山場になる。
泣かせシーン以外では、躍動感あふれる合戦とか、必死の逃走とか、刃物が目の前に迫る恐怖とか、ハラハラドキドキも山場にできる。異性への切ない思いでもいい。そういうシーンは、自分の頭の中で、映画のように詳細に想像して、それを文章にするといいと思う。
山場を設けられるかどうかは、題材を選ぶ段階で、すでに決まってしまうことが多い。私の場合、興味ある題材が見つかって、「ここと、ここと、ここを山場にできるな」と判断すれば、編集者に企画を出して書き始める。
最低2カ所、できれば3カ所あると、そこに向かって書き進めやすい。山場が思いつかない題材は、私は小説にはできない。
「あざとい書き方を」と言った講談社の編集者には、『千の命』という作品を書いて持っていったところ、本にしてもらえた。江戸時代に大勢の産婦の命を救った実在の産科医の話で、生まれることと死ぬことをテーマにしたから、泣きどころが何ヶ所もあった。
『千の命』は、今でも私の好きな作品のひとつだ。やはり絶版になってしまったけれど、けっこう公立図書館にあると思う。
「現役作家による歴史小説の書き方」なんてタイトルをつけて、なんだか偉そうだなとは思う。このトップに自分の和服の写真なんか載せちゃってるのも、偉そうで申し訳ない。でも70歳を超えたし、もう偉そうって言われても、いいかなと開き直り始めた。若い世代に頑張ってもらいたいなと、期待するようにもなった。
新卒の新入社員の方が、私の担当になってくれたので、いい編集者に育って欲しいなと密かに願っていたのだが、短期間で辞めちゃったりすると、残念に思う。なんか嫌なことでもあったのかなと気になる。
地方のミュージアムで出会った新人の学芸員さんが、初めて私に説明してくれたときに、かなり緊張気味で、大丈夫かなと案じたこともある。でも次に会ったときには笑顔で接してくれて、ああ、一人前になれたんだなと安心した。
こんなふうに思えるのは、ひとえに年齢のせいだ。私が経験で得た歴史小説書きのコツを、次の世代に伝えることに、もう惜しいという感情はない。
ただし、ここで紹介するのは、あくまでも私のやり方なので、ほかに、もっといいやり方があるとは思う。
まもなく『維新の虎 島津久光』という新刊が出る。その冒頭は、主人公の兄である島津斉彬が倒れるところから始めた。やはりツカミのつもりで。
発売になったら、いつものように執筆裏話的なことや、本の情報を、noteに書く。そんな今まで通りの内容に、ときどき「現役作家による歴史小説の書き方」を混ぜていくつもりなので、今回のタイトルの後には(1)をつけた。(2)以降も、新刊案内も、引き続き読んでいただければ幸いに思う。次回(2)の内容は「独自の視点を持つ」の予定。
ちょっとでも興味を持ってくださったら、どうか「スキ♡」を、お願いしたい。励みになるので。でも歴史小説の書き方なんかに興味を持つ人は、そうそういないかな。
なおトップの写真は、集英社文庫のnoteから転載させていただいた。以前、歴史小説家の関口尚さんと対談した時のもの。
