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しのぶれど・・・

【シロクマ文芸部: 夏の音】

※小牧幸助様主催のお題に寄せて


「夏の音、だねぇ」

希里子キリコ先輩はそう呟き、
花屋の店先に吊るした
『しのぶ』越しに
真っ青な空を見上げた。

「ですね~」

僕はそう相槌を打つが、
正直それほど『しのぶ』の音色に
感動も感傷も抱いてはいないのだ。


猛暑日なので、締め切った店内には
エアコンの風しか吹かないが、
『しのぶ』の短冊は小さく揺れて
涼やかな風鈴の音色が響く。


『しのぶ』と言うのは、
昔から夏の風流な装飾として
家屋や店の軒先に吊るすもの。

緑の苔玉に、シダなどの涼しげな
観葉植物が少し植えてあり、
その下に鉄器の風鈴と、
風受けの短冊がぶら下がっている。

和風の旅館や和食屋さんでも、
夏には見ることがあるかも知れない。


「うちの店は南部鉄器の風鈴なの。
だから音の余韻が良いんだよね〜」

作業場の椅子に腰掛けて、
先輩はウットリとその音色を聞く。

クォーターだからか、肌が白く
髪も瞳も薄い茶色の希里子先輩は、
明るい夏の光に透けるようで
僕はいつも彼女の横顔が、
とても綺麗だと思い、
ついつい見惚れてしまう。


「チーくんはさ〜、
好きな子とか居るの?」

「えっ?!!」

突然の問いに、すごく分かり易く
キョドってしまう僕。

「な!な!何を急に!」

「アタシはさぁ…」


別所希里子ベッショキリコ先輩は、
そこで言葉を途切れさせる。

先輩は気付いてないだろう。
僕がその理由を知っている事に。


僕は磐田智尋イワタチヒロ
一人暮らしの専門学校生だ。
そこのテニスサークルで先輩と出会い
秒で恋に堕ちてしまった。

決して実りそうにない、
片想いの恋の始まりだった。


「それはそうと、ゴメンねー」

「え?何がですか?」

「夏休みなのにバイトさせちゃって。
ありがとね、助かるマジで」 

「店長さん、大丈夫なんですか?」

「ねー!ギックリ腰なんて、
ホントにあるんだな。
ビックリしたわ!」

「うちの親もなった事あります。
花屋は重いもの持つ事が多いから」

「男手が欲しかったからさ、
チーくんに声掛けちゃった」

「いいですよ。どうせどっかで
バイトするつもりでしたし」

「実家、帰らないの?」

「別に僕が帰る必要ないので」

「そんな事ないよ、お母さんとか
会いたいんじゃない?」

「花屋はお盆忙しいし、
居ないほうが楽、とか言われました」

「そっか。まぁそういう面も
確かにありそう」


そこでお客さんが来て、
自動ドアから夏の熱気が
一気に流れ込んで来た。

ドアが閉じるまでの一瞬、
クマゼミの合唱が風鈴と重なった。


先輩は僕に母の話をするが、
僕から彼女にその話はしない。

先輩が幼い頃に、
母親を病で亡くしたと
僕は知っているからだ。


ハーフだった彼女の母は、
一人で娘を産み、育て、
貧しくとも幸せだったのに、
若くして病に倒れてしまった。

運命とは、何故こんなにも
弱き者を虐げるのか?


売れて減った仏壇用の組み花を、
補充するためにバックヤードへ。

チラリと振り返る希里子先輩は、
いつもの笑顔で花を包んでいる。

抱える孤独や悲しみや怒りと、
そして叶わぬ恋の苦しみを隠して
いつも夏の陽射しの中、凛と咲く
向日葵みたいに笑う先輩が辛い。


僕は知っているんだ。

僕だけが知っているんだ。

それすらも伝えられない僕は、
なんて臆病者なんだろう。

僕には、
誰にも言えない秘密がある。

触れた相手の心が見える、
『エムパシイ』という能力だ。

超能力みたいに思われるけど、
誰もが多少は先天的に持っている
自然の力が少し強いだけ。

例えば、お医者さんが患者に触れて、
それだけで痛みが和らぐとか
または、安心するとか。

お母さんが子供を抱きしめたり、
背中をポンポンするだけで
泣いていた子が泣き止むとか。

そういうのはきっと、
誰でも経験あるだろう。

それが人のエムパシイだ。

『手当て』という言葉の元が
患部に当てた手から伝わる“何か”で
痛みや傷が緩和するという
現象であるように。

ほら、よく歌詞にもあるじゃないか。

『繋いだ指から、愛が伝わる』


僕はそれが人より強いので、
知りたくなくても、事細かに
触れた人の『想い』や『記憶』を
拾い上げてしまうから、極力他人と
触れないように、普段から厳重な
注意を払っていた。

混んだ乗り物には乗らないとか、
人の多い場所には行かない。

スポーツは触れずに出来る
テニスを選んだけれど、
試合の前後で握手をするのがダメ。

だから絶対、試合には出ない。


サークルでも、そうやって一人
壁を作って隠れていたが、
ある日、希里子先輩が駆けてきて
突然僕の手を引いた。

『混合ダブルス!一緒に出て!』

その瞬間、僕の心の中一杯に
先輩の心が押し寄せて来た。

想像もしなかった、孤独な半生。
悲しみと怒りと、そして希望と恋も。

僕は知らずに涙を零し、
先輩は思わず手を放した。

『やだ!泣くほど嫌だったの?
だったらゴメン!!』


驚いた。

だって先輩はいつも明るくて、
元気で世話好きでシッカリしてて、
いつも人に囲まれて笑ってた。

きっと裕福で幸福な育ち方をした、
恵まれた人だと思ってたから。

そして、彼女の中に秘められた
長い長い片想いの事も知ってしまい、
僕の初恋は儚く散った。


白く冷たい病院の部屋で、
泣いていたのは幼い先輩。

ベッドの上の女性の顔には
白い布が被さっていた。

『こんにちは』

低くて深い、大人の男性の声に、
先輩は背後を振り仰いだ。

背の高い見知らぬ男は、
細身でイカツい悪人顔。

思わずビクッと跳ね上がり、
驚きと恐怖で、泣くのも忘れた。

『大変だったね。泣いていいんだよ
これは、ママのお友達からあなたの
ママへの贈り物です』

一見ヤ◯ザのような男は、
見事な花カゴのアレンジメントを、
ベッドのサイドテーブルに置いた。

『ママの…おともだち?』

『そう。オジサンの奥さんの
仲良しなお友達と、あなたのママは
一緒にお仕事をしてたんですよ。
・・・なんて、
ややこしいかな?ゴメンね』

『お花屋さん?』

『そうだよ』

『私のママはお花屋さんで、
お仕事をしてたのよ』

『そうだね。オジサンの奥さんも
お花屋さんだったんだ。
今は・・・
死んじゃってもう居ないけどね』

『オジサンの奥さん、
死んじゃったの?』

『うん。もっとずっと前にね』

『悲しかった?』

『悲しいよ、今も』

『キリコと一緒だね』

『はい。キリコちゃんと一緒です』


大きな手が、少女の頭を撫でた。

その時、先輩の心を満たしていた
悲しみと孤独が少し薄らぎ、
母の好きだった青い花が
鮮やかに目に飛び込んで来た。


『矢車菊、と言う花です』


男性は、優しい声でそう教えた。

『あなたのママが好きな花だと、
お友達から聞きました』

『ヤグルマギク?』

『鯉のぼりの天辺で、クルクル回る
風車みたいのが矢車で、それに形が
似てるでしょう?』

『あっ、ホントだ』

『ママのお友達がもうすぐ来ます。
それまでオジサンが一緒にいるので
もっと泣いてていいんですよ?』

そう言って微笑んだ男性の顔は、
サメかワニに似ていたのだが、
何故かそれは優しくて、
少女の心をそっと暖めた。


その時、彼女に夢が生まれた。


私、お花屋さんになって、
泣いてる人をいっぱい助けたい!
それから、大きくなったら
このオジサンの奥さんになる!!


・・・僕、磐田智尋の初恋は、
始まる前からもう終わっていた。


その花屋のオジサンが、
今この店の店長さんで、
ギックリ腰を患い休養中。

助っ人として僕がバイトしている。
恋敵の手助けなんて、
お人好しかも知れないな。


つっても、
恋敵・・・ですら、ないけどね。


「チーくん?何してんの?」

希里子先輩が顔をだした。

「仏花の補充を水揚げしてます」

「サンキュー!気が利くぅ♪
花屋の息子は有能だねぇ」

「やめて下さいよ。花屋は姉夫婦が
継ぐんだから、僕は無関係だし」

「そんな事言っちゃってー。
好きじゃなきゃそんなにちゃんとは
出来ないよ。」

「大した事はやってません」

「やってるよぉ!チーくん来てから
店の花がみんな元気だ」

「そんなバカな」

「ホントホント!私そう思う。
花は世話してくれる人の心が
解るんだから〜!」


僕は少し、ドキっとする。

植物にはエムパシイに似た
能力があると、テレビの番組で観た。

まさか・・・そんな事は・・・


「だから、花と同じでさ、
チーくんの優しさを感じて、
好きになる人がきっと居るよ!」


・・・やっぱり、全然伝わってない💧


その時、来店のチャイムが鳴った。

「こーんにーちはー!
キリコ姉ちゃん!予約の花束
取りに来たよーーーっ!」

ゲッ!僕の苦手なチャリ配達の人!

「暑ちぃー!いつものハーブティー
一杯飲ましてくれー!」

「もう!シンちゃんうるさい!
はい、ハーブティー!
それから何度も言うけどね!
私はシンちゃんより年下だから!」

「サンキュー♪
おっ?チーくんも居る?ヤッホー♪」

「ヤッホーじゃないですよ。
お茶こぼさないで下さいね、
コップはこの紙の上にちゃんと
置いて下さい!」

「相変わらずの、キレイ好き〜💧
まるでオイラのイトコそっくし!」

「従兄弟さんのご苦労に同情します」

「何?なんか言った?」

「いえ、別に」


ガッ!


突然肩を組んでくる。
こういう所が苦手なんだよこの人。

人との距離感、デタラメなんだよ!

でもこの人に驚くのは、ガサツで
馴れ馴れしい事じゃない。

心で思うより先に、言葉が出ている。

まるで生放送の字幕みたいに、
僕が感じる想いの方が、
一拍遅れて僕に伝わってくるのだ。

変な人!!

配達員の須賀心治さんは、
悪い人じゃないけど僕は苦手だ。
それに・・・


「でさー、チーくん!
キリコ姉にはもう言ったの?
『好きです』って、サ!」

そんな事を耳元で囁く。
デリカシーのカケラも無い!
そーゆー所が苦手なの!この人!!


しのぶれど 色に出でにけり 
わが恋は 
ものや思ふと 人の問ふまで

(平兼盛 / 百人一首40番)


※このお話の、スピンオフ作コチラ↓


#シロクマ文芸部
#夏の音
#創作SS
#なっちとシンジ番外編


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