雨のウンディーノ
【シロクマ文芸部: 蛇口から】
※小牧幸助様主催のお題に寄せて
「蛇口からカレーが出たら良くね?」
いつもの突飛さで、心治は言った。
「ダメだろ。きめぇし不潔だろが」
俺はバイクを磨きながら、
振り向きもせずそう言った。
「えー?だって白飯持って蛇口ひねれば
永遠にカレーライス食えんだぞ?
良くね??」
「良くねーわ。第一そのカレー
誰が作ってんだよ」
「ん〜…なっちのかーちゃん?」
「何でうちのオカンがそんなの作んだよ。
ってか『なっち』呼びヤメロ」
「雨、止まね〜なぁ〜」
「話変えんな、コラ!」
外は強い雨が降っていた。
アスファルトに出来た水溜りが、
街灯や店の看板の光をを映している。
「明日はオイラ、人力車の
バイトなのにさぁ〜」
「ああ、雨はキツいな」
「何とか止ませてくんね?」
「俺に言うな」
「だってぇ〜、昔からなっちは
オイラが困ったら助けてくれたし」
「ンな覚えはねぇ。
ってか『なっち』と呼ぶな!」
「いーじゃん!オイラとなっちの
仲だもん💕」
「どんな仲だよ!ハート付きで!」
「ん〜?イトコ💕」
「イトコはハートマーク付かねーよ!」
「ガミガミうるせーな!
ね〜?にゃっち?」
心治の膝で、真っ白な猫が
ニャオンと鳴いた。
雪の白さにオッドアイ。
右目が金で、左目が青の美猫は
俺の愛猫だ。
ま、元はコイツが拾った死にかけの
子猫を押し付けられたワケだが…
「ムラマサ、そいつに懐くな」
「女の子にンなイカツい名前付けて
センスねぇヨ、なっち」
「死にかけて弱そうだったから
強そうな名前付けたんだろが」
「まぁねー。お陰でこの辺りじゃ
すっかりボスの姐さんにゃっちだし」
「俺が飼う以上、負けは許さん」
「『雷神』なっちと『風神』にゃっち
カッコいい〜!ヒューヒュー♪」
「二つ名と呼び名が合ってねーだろ!」
「伝説の暴走族の頭、雷神なっち!」
「暴走なんかした事ねーわ!
こいつでツーリングしてたら仲間が
増えたってだけだろ」
「ケンカで負けた連中が次々と
仲間になったんじゃん」
「勝手に勝負仕掛けて来て
勝手に負けたら付いてきたんだ」
「負け無し無敵の雷神・夏夜!
でもホントは優しいなっち!
ね〜?にゃっち?」
「ニャオン!」
「ほら!にゃっちもそーだって」
「勝手に翻訳してんじゃねー」
心治はいつも、雨の夜に現れる。
俺はその理由を、何となく知っている
・・・ような気がする。
ガキの頃、雨の夜にコイツは
突然やって来た。
当時俺は、ちょっと学校とか
親とか家とか世界とか、
そういう何もかもが違う気がして
田舎のバーさんちへエスケープしていた。
バーさんは何も言わずに俺を受け入れ、
俺の両親もそれを許した。
バーさんの農作業を手伝ったり、
村の自転車屋(兼バイクや農機の修理屋)で
勝手に見学や手伝いをしながら
俺は段々と自分の生き方を見つけ、
この世界への嫌悪感も薄れて行った。
そんなある雨の夜、
心治は忽然と、バーさんちの庭に
ずぶ濡れで現れた。
何かに呼ばれた気がして、
俺がガタつく雨戸を開くと、
そこに痩せたガキが立っていた。
ずぶ濡れでヒョロヒョロだが、
その容姿はビックリするほど
俺と似ていたので、最初は本で見た
ドッペルゲンガーかと思った。
俺はバーさんを呼んだ。
バーさんは心治を抱き締めて、
バスタオルで包んで家に入れた。
バーさんには何故か、
何もかも解っていたらしい。
アイツに何が起きたかと、
アイツがどういうヤツなのかも。
雨が落ちる夜空から、
俺は不思議な声が降るのを聞いた。
『なっちゃん、シンジをお願いね…』
俺はバーさんから、アイツと俺が
従兄弟だと聞いた。
アイツの母親と、俺の母親は
双子の姉妹だったのだが、
妹であるアイツの母親は、
古い神社の跡継ぎ養子として、
赤ん坊のうちに引き取られたと言う。
俺らの顔がソックリなのは、
それぞれの母親に似たせいだ。
あの雨の夜、
心治の住む地方都市は警報級の大雨で
アイツの両親は、スリップした大型車に
正面衝突され、亡くなってしまった。
逆算すれば、ちょうど俺がバーさんの
庭でアイツを見つけた頃だ。
バーさんは何も言わず、
アイツが前日から家に泊まっていたと
周囲に話していた。
俺はそこに、何か深い事情を感じて
話を合わせる事にした。
バーさんちは、田舎の村でも
はずれの方に建っている。
駅から遠いし、バス停からも遠い。
それにあの時間では、もうローカル線も
バスも走ってない。
あの夜、心治はどうやって庭に来たのか?
「あのさー、なっち」
アイツの声で、俺は記憶の底から浮上した。
「あぁ?」
「腹減った!何か食いて〜」
・・・ったく!
俺は工具を拭って片付け、
グローブを脱いで洗濯用の箱に投げ入れた。
愛車のハーレーが輝くのを確認し、
丁寧にカバーを掛けてから振り返る。
「しゃーねーな。何食いてぇんだよ」
「カレーライス!」
「しつけぇな!まだ言ってんのかよ」
「話してたらカレーって食いたくなるし」
「知らねーよ」
雨の夜、コイツはいつも
俺の前に現れる。
『あの夜』を思い出すから、
一人で居たくないのかも知れないし、
ただの気まぐれかも知れない。
『なっちゃん、シンジをお願いね』
あの空から降った女の声は、
何だったのか俺にはわからん。
人から命令されるのも、上からモノを
言われるのも嫌いだが、
あれはそんなんじゃなかった。
もっとこう、何だろう?
神聖な感じというのか?
手を洗ってたら、鏡越しに白い猫が
「早く〜!腹減ったニャン!」
と文句を言った。
「ムラマサにアテレコすんじゃねー」
「あ、バレた?」
「バレねぇと思うのが可笑しいわ」
外はまだ、雨が降っていた。
俺と心治とムラマサは、
作業場の灯りを消すと、連れ立って
俺の部屋への階段を上る。
「今夜は泊まってくんだろ?」
「いいの?」
「そのつもりで来たんだろ」
「あ、バレてた?」
「バレねぇと思うのが可笑しいわ」
俺の言葉に、心治は猫を頭に乗せて
エヘヘ!と屈託無く笑った。
(注)この作品の人物設定は、
過去に某ブログにおいて連載した
自作小説からの引用です。
他所様のパクリではございませんので、
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