夏休みの友【エメラルドの夏に】
夏休み、駅で友を待つ。
小四の夏だ。
一面緑の水田のただ中に、
ポツリと孤島のように浮かぶ
単線ローカル駅。
もちろん無人で、まだ自動改札など
SFの世界だった時代。
街の駅では、駅員さんが改札に立ち、
ペンチのような専用のハサミで
『硬券』という
硬い厚紙の切符に切れ込みを入れる。
そんな頃の話である。
無人駅の改札には、
神社の賽銭箱のような、
切符回収箱が設置されている。
着いた列車の車掌さんが降りてきて
降車した客たちが、そこへ切符を
入れるのを視認する。
定期券の客は、車掌さんに見せる。
そんな、のどかな方法でも、
大して問題は起きない。
平和で善良な時代であった。
そんな駅だから、出迎えのために
子供が改札を抜け、ホームへ出ても
咎める人は無い。
1時間に1本の下り列車を、
椿はホームの先端で、
身を乗り出しながら待ちわびた。
その前の冬、椿は都会の街から
この田舎町へ引っ越してきた。
祖父母の住むこの町は、
町と言うより“村”である。
実際、住人たちも『村』と呼ぶ。
椿は毎年、夏休みにここを
訪れていたから、嫌いな土地ではない
それでも、友達と別れ、
先生とも別れ、
転校した当初は寂しくて
こそっと泣いたりもした。
すぐに慣れて友達も出来たが、
やはり、生来の親友である
鈴子と会えないのが辛い。
「夏休みに」
鈴子は言った。
「夏休みに遊びに行くから!」
「絶対ね!絶対だよ!!」
タクシーの窓が閉じるまで、
二人は手を取り、そう誓った。
その、待ちに待った夏休みだ。
この田舎の村に、鈴子がやって来る。
クララを待つハイジって、
こんな気持ちだったのかな?
椿はそんな想像をしながら、
ディーゼル車の訪れを待った。
やがて、真っ直ぐな線路の奥。
竹藪の暗がりに、2つのライトが
見えたと思うや、赤い列車が現れた。
「来たっ!!」
ホームの一番端まで駆け寄り、
フェンスから乗り出して手を振った。
汽車は2両編成で、緩い下り坂を
スピードを上げながらやって来る。
列車の到着を告げるカンカン音。
金属が擦れるブレーキ音。
汽車が起こした風はまるで、
海原を割るモーゼのように、
青い田んぼの稲を、
左右に大きく靡かせた。
汽車が止まると、もどかしい思いで
ドアのレバーを倒し、思い切り横へ
スライドさせる。
「椿ちゃん!」
「鈴子ちゃん!」
二段のステップを飛び降りて、
鈴子が椿に抱きついた。
しばらく二人で抱き合ったまま、
ラムネの泡が弾けるような
笑い声を上げていた。
こんなに楽しくて幸せな夏は、
もしかしたら、最初で最後かも?
同時にそう思った。
古い家並みの村内へ入ると、
土塀のヒンヤリした香りがする。
日除けに植えられた椿の並木は、
迷路のように入り組んで、
小さな木漏れ日を煌めかす。
目に見える全ての景色が
エメラルド色の光に染められて、
ここで初めての夏を迎える
二人の少女を祝福した。
『夏休みの友』という名の
宿題の絵日記帳がある。
最初のページに二人は同じく、
手をつないで田んぼの中を歩く
二人の姿を描いていた。
椿と家族が暮らすのは、
百年を越える大きな古民家。
そこに鈴子も加わった。
魚捕り、野菜収穫。
縁側でスイカ、庭で花火。
滝壺プール、地蔵盆。
少年相撲の奉納神事。
楽しい予定が数え切れない。
二人で笑い転げて過ぎてゆく、
これまでにない、今年の夏。
永遠に忘れ得ぬ、
唯一無二の夏が始まる。

※※※ 了 ※※※
#シロクマ文芸部
#夏休み
#夏の1コマ
#忘れ得ぬ夏
#創作SS
#ちょっぴり実話
↓ こちらに参加しています。
※小牧幸助部長 様
今週も有難うございます。
よろしくお願いいたします🙇
いいなと思ったら応援しよう!
頂いたチップに相応しい作品を、
これからも書き続けたいと思います。
これからもお楽しみ頂けますよう
精進いたします!
