Rainbowメモ 第6回 「じぶんでする」
娘が、キックバイクをひとりで練習するようになった。
三歳の誕生日プレゼントだった。体幹を鍛えるのに良いと聞いて選んだのだけれど、娘は怖がって、二か月ほど、まったく乗ろうとしなかった。
部屋の隅に置かれたままのバイクを見るたび、「まあ、そのうちね」と思っていた。急かすつもりは、なかった。
それが最近になって、ふいに興味が出てきたらしい。気づけば、自分からまたがるようになっていた。
今日も、いつものように、私は娘のバイクを後ろから支えようとした。
すると、「じぶんでする」と、かたくなに断られた。
私の手を、ぐっと押しのけて。

そして娘は、町内を一周、たったひとりで練習した。よろけて、足をついて、また蹴って。誰の手も借りずに。
私はその後ろ姿を、ただ見ていた。 手を出したい気持ちを、ぐっとこらえて。
お昼に、納豆ごはんをぺろりとたいらげた。
お皿を洗って、ふと娘のほうを見ると、すやすやと寝息を立てて眠っていた。
あんなに「じぶんでする」と意地を張っていた子が、おなかいっぱいになって、安心しきった顔で眠っている。
強がりと、あどけなさ。 その両方が、ひとりの小さな体のなかに、ちゃんと同居している。
幼稚園の先生からも、うれしい報告があった。
四月には、二十センチほど高さのある体重計が怖くて乗れなかった娘が、五月には、自分で乗れるようになったのだという。
ひとつ、またひとつ。怖かったことを、自分の力で、越えていく。
言葉も、ぐんと増えた。
それまで自分のことを「呼び名」で言っていた娘が、ちゃんと自分の名前を言えるようになった。「My name is ○○」と、英語でも、はっきりと。
リスニングも、よくなってきた気がする。
そして最近は、数字も少し書けるようになった。
色とりどりのペンで、1から10まで、一つひとつなぞっていく。よれていても、はみ出していても、ぜんぶ自分の手で書いた数字だ。

「I am 3 years old」の空欄に、ちいさな「3」。
並んだ数字は、それぞれ違う色をしていて、まるで、ちいさな虹みたいだった。
誰かが「もう乗れるはずでしょう」と急かしたわけではない。
二か月、放っておかれたバイクは、待っていてくれた。 四月に乗れなかった体重計は、責めなかった。
その時間のなかで、娘は自分のタイミングで、ちゃんと「やってみよう」と思える日を迎えた。
きっかけは、外から押しつけるものではなくて、本人のなかから、ひとりでに芽を出すものなのだ。 私たち大人にできるのは、それが芽を出すまで、隣で待って、見ていることだけ。
「じぶんでする」と、私の手を押しのけた娘。
その小さな背中に、私のほうが、見習わなければと思った。
怖くても、よろけても、自分の足で蹴り出してみること。 誰かに支えてもらうより先に、まず「じぶんでする」と言ってみること。
子どもの成長は、本当に、言葉では言い表せない。
きのうできなかったことが、きょうできている。その一つひとつを目の前で見せられるたびに、胸がいっぱいになって、うまく言葉にならない。
Rainbow も、きっと同じだ。
人の代わりにやってあげるのではなく、その人のなかにある「やってみよう」を、隣で見つけて、待つこと。 急かさず、比べず、一周まわってくるのを、信じて見ていること。
娘は今日、ひとりで町内を一周した。 そして、ちいさな虹のような数字を、自分の手で書いた。
私も、私のペースで、ひとつずつ。 娘と、亡き父とともに、進めていこうと思う。
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Chiyo
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