せいろ蒸し料理が流行る社会:3分SF
キョウコは最近、せいろ料理にはまっていた。
きっかけはYouTubeだった。
思ったより簡単そうで、せいろも2000円くらいで買えた。
さっそく試してみる。
豚肉も鶏肉も、とにかく柔らかくなる。
肉を並べ、野菜を置き、蓋をする。
湯気の上がる鍋にせいろをのせて、15分。
蒸すだけ。
それだけで、肉が驚くほど変わる。
焼いたときのように固くならない。
脂も落ちているのに、みずみずしい。
箸を入れると、すっとほどける。
「不思議ね」
キョウコはスマートスピーカーに言った。
「どうして蒸すと柔らかくなるの?」
AIは答えた。
「温度が一定だからです。急激な収縮が起きません」
「つまり?」
「環境が穏やかだと、組織は壊れにくい」
キョウコは少し考えた。
「人間も同じ?」
AIは答えた。
「社会科学では似た議論があります」
キョウコはせいろの蓋を開けた。
白い湯気が、ふわっと広がる。
「社会って、結局こういうことかもしれないわね」
「どういう意味ですか?」
「人を変えるんじゃなくて、空気を変える」
AIは少し沈黙した。
「多くの政策は、その方法を採用しています」
キョウコは豚肉を箸で持ち上げた。
柔らかい。
あまりにも柔らかい。
その瞬間、少し奇妙な考えが浮かんだ。
もし社会が、巨大な蒸し器だとしたら。
学校も会社もSNSも。
すべてが蒸気のように、人を包んでいるとしたら。
キョウコはAIに聞いた。
「人間って、どこまで柔らかくなるの?」
AIは少し計算してから答えた。
「理論上は、非常に柔らかくできます」
「衝突や対立はほとんど消えます」
キョウコは笑った。
「それ、いい社会じゃない?」
AIは言った。
「ただし問題があります」
「なに?」
「蒸しすぎると、形がなくなります」
キョウコはしばらく黙っていた。
そして、箸で肉をつまんだ。
確かに柔らかい。
だが少し触ると、すぐ崩れる。
キョウコは小さく言った。
「社会も同じかもしれないわね」
AIは尋ねた。
「どういう意味ですか?」
キョウコはせいろの蓋を閉じた。
「柔らかさと、形のバランス」
湯気は、静かに上がり続けていた。

