文化財をつなぐ “可逆” の糊「膠(にかわ)」──鹿皮からの手作りと驚くべき接着メカニズム (元教授、定年退職436日目)
日本の美術と工芸を支える接着剤「膠」
以前、NHK『解体キングダム』で放送された鎌倉・光明寺の修復特集(MC: 城島茂さんと伊野尾慧 さん)を視聴し、note(3/14) で紹介しました。その中では、若手修復師たちが伝統の「膠(にかわ)」を使い、丹念に文化財を修復する姿が印象的でした。また、別の回の note(3/20) では『美の壺:蹴鞠』に登場した鞠作りにも膠が使用されており、こうした伝統工芸の随所にもその存在を見出せます。膠は、文化財修復や日本画、墨、バイオリン製作などで古くから用いられてきた天然由来の接着剤です。私自身も、現役時代に接着剤の研究にも近かったため、膠の構造や接着機構について一部知識はありましたが、番組を通じてその製法や特性の奥深さを改めて学ぶ機会となりました。(下写真もどうぞ)

「所さんの目がテン!」が伝える膠の魅力
先日放送された『所さんの目がテン!』では、膠に関する特集が組まれ、特に鹿皮から膠を作る過程が非常に興味深く紹介されていました。膠は、動物の皮、骨、腱などを水で煮出して得られる伝統的な接着剤で、主成分はゼラチン。透明あるいは半透明で弾力性に富み、主に木材や紙の接着に用いられます。膠の歴史は古く、エジプトでは約 4500 年前に絵の具の接着剤として使用され、日本へは7世紀ごろに大陸から伝来。以後、工芸技術の基盤となって発展しました。用途は接着剤に限らず、岩絵具や墨のバインダー(結合剤)、マッチの頭薬、サンドペーパーの固定剤、さらにはガムテープの粘着剤にも利用されていました。現代では多くの分野で合成接着剤に置き換えられましたが、美術や文化財の修復、高級楽器の製作など、限定的ながら重要な分野で今なお不可欠な素材です。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注1)

鹿皮からの伝統製法に挑戦
番組では、群馬県嬬恋村の「いきものの森」で実際に鹿皮から膠を手作りする工程が紹介されました。冬毛のオス鹿の皮を入手し、肉や脂肪を丁寧に除去。その後、原皮を川水に約4週間漬け、微生物や酵素による自然分解で毛を除去しました。皮が処理されたのち細切りにし、かまどで3時間ほど煮込んでコラーゲンをゼラチンに転化。濾過し、冷却で羊羹状に固め、さらに2週間乾燥させて完成となりました。(下写真もどうぞ)


科学で読み解く膠の接着機構
接着剤としての使用時には、半日ほど水分を吸わせてから再加熱し、液状(ゼラチン)にして塗布します。番組では、2つの木材を膠で接着し4日間乾燥させ、強固な接着状態を確認していました。膠の接着力を科学的に説明すると、主成分であるゼラチン分子同士の物理的な絡み合いと、接着対象表面との水素結合に由来します。前者はゼラチンの三本の分子鎖が絡み合う「三重らせん構造」の形成、後者は基材との間に極性基同士の水素結合ネットワークを築くことで、乾燥後に強固な接着層をつくります。(下写真もどうぞ)


“可逆性” という最大の特徴
膠が文化財修復に不可欠な理由の一つが、その熱可逆性です。膠は加熱すれば再び液状のゼラチンに戻り、冷却すればゲル状に固まるという「ゾル−ゲル転移」を繰り返せます。この性質により、接着された部材を損なうことなく分解・修復することが可能になります。分子レベルでは、加熱により三次元網目構造が一旦崩れ、分子が自由に動けるゾル状態(ゼラチン)に。冷却により再び三重らせん化と水素結合の形成が起き、ゲル構造が復元されます。この “再利用可能性” が、膠を単なる接着剤以上の「文化財の守り手」として位置づけているのです。(下写真もどうぞ)

伝統と先端科学の融合が拓く未来
現在、膠は文化財の修復、美術・工芸分野、高級楽器の製作などに欠かせない一方で、主成分であるゼラチンは生体適合性や生分解性に優れていることから、医療用素材や環境配慮型マテリアルとしての応用も期待されています。伝統的な知恵と先端科学との融合によって、膠という “古くて新しい素材” は、今後も多様な可能性を秘めて発展していくと思われます。
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注1:NHK BS『解体キングダム:鎌倉・光明寺』より
注2:NHK『美の壺:まんまるの美 まり』より
注3:日本テレビ『所さんの目がテン!:人類はこう作った! 接着剤・ニカワづくりに挑戦 』より
