なぜそのヴァイオリンは 20億円なのか?──職人技が支えるストラディバリウスの秘密 @ステータス (元教授、定年退職682日目)
『鑑定団』から始まった、奥深き「ヴィンテージ楽器」
日曜の午後にぼんやり眺める番組として、テレ東『開運!なんでも鑑定団』は最適です。家に眠る「お宝」に思いがけない値がついたり、逆に「まさかの偽物」でしゅんとなったり。くつろいで見ていても、人間ドラマが面白いのです。先日は、父親から譲り受けたギター「ギブソン ES-345」を持ち込んだ YouTuber の方が登場しました。ギブソンは老舗中の老舗で、数年間だけフォークギターを触っていた私ですら名前はよく知っています(もちろん私のギターは吊しの安物でした)。ES-345 は 1950 年代後半に登場したセミアコの名機で、チャック・ベリーや B.B.キング、ジョージ・ハリスンの愛用品として知られます。周波数を切り替えて6種の音色を選べる「ヴァリトーンスイッチ」のダイヤルが付いているのも、いかにも “通” な仕様です。(下写真もどうぞ)

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のギターはどこへ
このモデルには、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』絡みの逸話もあります。主人公マーティーが両親のダンスパーティーで演奏し、(映画の中でですが)ロックンロールのさきがけになる象徴的なシーン。最初はノリノリで会場を沸かせ、途中から悪ふざけが過ぎてひんしゅくを買う──あの振れ幅も含めて、強烈に記憶に残る場面でした。さらに最近、その撮影で使われたギターがクランクアップ後に行方不明になり、映画会社が「捜索キャンペーン」を張っている、という話題もありました。いまだ見つかっていないようで、名器にふさわしい “伝説の置き土産” になっています。(下写真もどうぞ)

「1959年製」には届かず、それでも名器は名器
鑑定の結果、持ち込まれた個体は ES-345 で間違いないものの、1974〜1975 年の復刻版だと判明しました。もし 1959 年製で状態が良ければ「1000 万円以上」の可能性もあったそうですが、決め手になったのはシリアル番号ではなく、ボディ内部ラベルの形状と記載方式でした。提示額は 85 万円。司会の今田さんからの「残念ながら 1959 年ではありませんが、非常に良いギターであることは確かです。これからも大事にしてください」という一言がありました。
『ステータス』で知る、名器「ストラディバリウス」の桁違い
この回を見て思い出したのが、NHK『ステータス』の「ストラディバリウス」特集です。元旦の note ではスケールの大きな「ロマネ・コンティ」の回を紹介しましたが、ストラディバリウスはさらに桁が違いました。ヴァイオリニストにとって最高峰の “文化的資産” で、価格は 20 億円級。中でも「メシア」は別格で、50 億円とも言われます。約 300 年前、イタリア・クレモナの天才職人ストラディバリが生み出し、現存は約 600 挺。私はもちろん生で聴いたことはありませんが、『芸能人 格付けチェック』の「聞き分け」問題で見かけました。もちろん、違いが分からなかった側の人間です (一生懸命聞いたんですが・・・笑)。(下写真もどうぞ)

名器を奏でる2人のヴァイオリニスト
番組では、ストラディバリウスをめぐる二つの使用例が紹介されました。ひとつは、東京藝術大学を首席で卒業した新井さん。国際コンクールで飛躍するために貸与を熱望し、月額 数十万円にもなる保険料を自己負担する覚悟で名器を手にします。短期間の “共演” の末、ハチャトリアン国際コンクールで初の3位入賞。「意地悪な名器」とも呼ばれる難しい楽器を弾きこなし、ポテンシャルを証明しました。(下写真もどうぞ)

もうひとつは、若き天才ヴァイオリニスト HIMARI さん。実業家・前澤友作さんという現代のパトロンから、ストラディバリウス「ハンマー」を貸与されています。40 以上のコンクールで全て1位、春には史上最年少でベルリン・フィルとも共演。彼女は「楽器と会話しているよう」と語り、名器を “使いこなす” というより “同化していく” ように見えました。(上写真もどうぞ)
<追記1> HIMARI さんは日本生まれの 14 歳。「一世代に一人の才能」と称され、その傑出した技巧と深い表現力で、世界のクラシック音楽界にセンセーショナル・ティーンと紹介されてきました。2022 年には、最年少でフィラデルフィアの名門カーティス音楽院に入学しましたが、あまりの才能に周りが頭を抱えた、というエピソードが有名です。
名器の背後にいる「ヴァイオリンドクター」
ストラディバリウスが文化遺産として機能し続けるのは、専門家の技術があってこそです。番組で中心人物として登場したのが、「ヴァイオリンドクター」の異名を持つ修復家・中澤宗幸さん。60 年以上のキャリアで 80 挺以上を手がけた世界的権威です。番組では、内部に立てる「魂柱」という数グラムの木片をミリ単位で調整し、音色を劇的に変える “神業” が取り上げられました。魂柱に用いるのは、なんとイタリアの古民家から得た 300 年前の木材。時間をまとった材料が、時間をまとった楽器を支えるのです。一方、息子の創太さんはストラディバリウス専門のディーラーで、過去データを徹底的に蓄積していました。裏板の木目やカーブ、スクロール(渦巻)の彫りなど、外観の「わずかな癖」が真贋にも価値にも直結するという話は、緊張感がありました。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注2)

<追記2> ストラディバリウスに関する最も有名な科学的仮説の一つが、気候変動の影響です。ストラディバリが生きた時代は、ヨーロッパの冬は厳しく夏は冷涼でした。テネシー大学の研究者は、この寒冷な気候が樹木の成長を遅らせ、年輪の幅が非常に狭く密度が均一な木材を生み出したと指摘しています。ストラディバリが使用した表板や裏板は、この特殊な気候条件によって理想的な振動特性が得られたのかも知れません。(注3)
「演奏されない」ことが価値になる究極のヴァイオリン
そして物語は、究極の名器「メシア」へ向かいます。メシアの価値は、演奏されることではなく、製作当時の完璧な姿を保ったまま、後世の製作・修復の「絶対基準」として存在し続ける点にあります。実は、宗幸さんがこの道を志すきっかけも、半世紀以上前にガラス越しに見たメシアへの憧れでした。所蔵先は英国オックスフォードのアシュモレアン博物館。そこでは、王室関係者ですら触れない厳格な管理のもと、「弾かれないこと」で価値が守られていました。音を聴きたいという願いは丁重に、しかし断固として退けられます。(下写真もどうぞ)

それでも一行の情熱に心を動かされた主任学芸員は、閉館後の展示室に椅子を用意し、「ただ向き合うためだけの静かな時間」を贈ってくれました(上写真、右下)。音は出ないのに・・・なんとも素敵な結末でした。それでは、また。
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注1:テレ東『開運!なんでも鑑定団』の特集「ギブソン ES-345」より
注2:『ステータス』の特集「ストラディバリウス」より
注3:「日本音楽能力検定協会」HP 内「ストラディバリウスの歴史」よりhttps://www.ongaku-kentei.com/blog/2503
