「棒の先に荷物を持って走る」のが飛脚じゃないの?──科学で読み解く江戸時代の仕事と技術 (元教授、定年退職405日目)
最近、定年後に少し時間ができたこともあり、これまで疎かにしていた日本史の学び直しをゆるやかに始めています。といっても、大河ドラマで『べらぼう 〜蔦重栄華乃夢噺〜』などを観たり(少しサボり気味)、ブラタモリの「東海道五十七次」や「伊勢神宮への旅」の回を楽しんだり、歴史小説を手に取る程度ですが、それでも新たな発見の連続です。そんな中、先日 NHK の『歴史探偵』で「江戸時代の仕事」をテーマにした回を観て、思わず引き込まれました(下写真)。出版や物流における職人技や運搬技術が、現代の科学の視点で分析されていたのです。今回はその中から、特に印象深かったいくつかの話題をご紹介したいと思います。

木版印刷が生んだ “漫画的表現”──職人技と自由なレイアウト
江戸時代は泰平の世が続き、識字率の上昇に伴って、庶民も読書を楽しむ時代となりました。それに伴い出版物も急増し、1720 年からのおよそ 100 年間(享保〜文化)で出版された本の数は4倍に膨れ上がったそうです。番組では、神田の古書店を訪ね、当時のガイドブックや東洋医学書、算法の本、デザイン帖など、多彩な書物を紹介していました。中でも興味深かったのが、江戸時代最大のベストセラー『偐(にせ)紫田舎源氏』です。物語に合わせて文字と絵がページ上で大胆に交差し、まるで現代の漫画のような構成。これは、木版印刷という技術の自由度が可能にした、日本独自の表現だったのです。(下写真もどうぞ)


科学で見る版木の秘密──台形の断面の謎
さらに驚いたのが、現存する版木を三次元スキャナーで精密に調べた結果です。わずか 0.25 ミリの極細線を刻む彫り跡や、断面が台形状になっている部分が多く発見されました。この “台形の断面” の意図は、下図のように、印刷時にインクが角に溜まるのを防ぎ、図像が潰れるのを防止するためだそうです。見えない部分にまで配慮された精緻な彫刻は、まさに職人技の極み。現代の技術でその工夫が解明されました。(下写真もどうぞ)

米粉が印刷を救った?──江戸の再生紙に潜む創意工夫
江戸時代、紙はまだまだ貴重品でした。庶民が手に取れるよう、いかに安価で使いやすい紙を作るかが課題だったといいます。当時の庶民向けの本には、回収された古紙を再利用した「再生紙」が多く使われていました。この再生紙を千倍に拡大して観察したところ、紙の中に不純物だけでなく米粉の澱粉粒が大量に含まれていることが判明しました。澱粉は紙の繊維の隙間を埋め、表面を滑らかにする役割を果たしていたのです。(下写真もどうぞ)

番組で、実際に米粉あり・なしの再生紙で木版印刷を試すと、細かな線(上図右下の髪の生え際など)の再現性に明らかな違いが出ました。米粉なしの方は若干薄くなったり潰れたりしていますが、米粉ありでは、より繊細で鮮明な印刷が可能だったのです。紙作りにおいても、職人たちは日々改良を重ねていたことがよくわかります。
普通は “走らなかった” 飛脚、そして物流のプロが担った「信用」
飛脚というと、棒の先に荷物を持って疾走しているイメージがありますが、実際には大半が “走らない飛脚” で、営業所では馬による大量輸送が中心だったそうです。そして、信用第一のこの仕事では、荷物の損傷や紛失には厳しい責任が課されていただけでなく(万一の際には弁償もあった)、出発・到着時刻まで厳密に記録されていたとのことでした。ちなみに、浮世絵に描かれていた走るシーンは、定時に間に合わない場合などに手配された特別な「走り飛脚」。街道では馬が借り物で雑に扱えないため、緊急時のみ人力での高速配送が求められたそうです。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注1)

“ナンバ走り” の合理性──飛脚の使った走法
そんな「走り飛脚」たちは、荷物の揺れを最小限に抑えるため、日本古来の走法「ナンバ走り」を用いていました。番組では、アナウンサーが東海大学の研究室で実際に走る実験を行いました。時速 10 キロで計測を行った結果を下図に示しますが、ナンバ走りは体幹をひねらず、上下動を抑え、重心を下げてすり足のように走っていることが検証されました。また、ナンバ走りの特徴として、通常の走り方より歩数が多いこともわかりました。これは、接地時間が長いことで、突然の危険回避や悪路での対応がしやすいためだそうです。(下写真もどうぞ)

馬琴も利用? 締め切りに追われた江戸の作家と飛脚
番組の最後に紹介されたのは、あの『南総里見八犬伝』作者の曲亭(滝沢)馬琴が、作品の原稿(ゲラ)を飛脚で大阪の版元へ送っていたという記録。日記には「八日限(ようかぎり)」などと記され、現代でいう “速達や日時指定便” にあたるサービスを活用していたことがわかります。いつの時代も、締め切りに追われる作家さんは大変だったのですね。
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注1:NHK「歴史探偵:江戸の仕事人たち」より
