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チコちゃんに教わった衝撃の真実──ペンライトは西城秀樹のひと言から始まった! (元教授、定年退職491日目)

「3」という数字に宿る特別な力

日本では昔から、「3」という数字が特別な意味を持って使われてきました。たとえば、日本三景、日本三名園、お笑いビッグ3、そして男子校の御三家・・・。歴史的には、徳川御三家が最初かもしれません(ちなみに、私の地元・水戸もその一つです)。芸能界でも “御三家” の呼称はさまざまな場面で使われました。女性歌手では、美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみの「三人娘」がその先駆けです。私より少し上の世代では、天地真理・小柳ルミ子・南沙織の3人組が人気を集め、私のど真ん中の世代では、山口百恵・桜田淳子・森昌子の三人が “中3トリオ” と呼ばれました。名前を並べているだけで、当時がよみがえってきます。私は百恵ちゃん派でしたが、少し年上の天地真理さんのファンだった友人は、学校の漢字テストで「真理 (しんり)」をわざと「まり」と書き、X をもらって満足げに笑っていたのを思い出します(今、彼はどうしていることやら)。


懐かしの “男性御三家”

一方、男性アイドルの御三家といえば、1960 年代は舟木一夫・橋幸夫・西郷輝彦がその元祖。1970 年代に入ると、野口五郎・西城秀樹・郷ひろみの3人が “新御三家” として登場し、爆発的な人気を博しました。野口五郎は演歌からポップスへ転向し、独自の音楽性を築きました。郷ひろみは、ジャニーズ系の爽やかなポップアイドルとして女子学生に絶大な支持を得ました。そして私が惹かれたのは、西城秀樹(下写真)。彼は「ワイルド派」を代表する、情熱的でダイナミックなステージが魅力の絶唱型ロッカーでした(彼は 2000 年過ぎに一時脳梗塞になり、その後回復したのですが、7年前に帰らぬ人になってしまいました)。

西城秀樹さん。右上は「ヤングマン」を熱唱(注1)

<追記> 院生時代、先生方に連れられて行った祇園のスナックで、カラオケが流行り始めた頃に「ヤングマン」をよくリクエストされました。後輩たちと一緒に「Y.M.C.A」の振り付けを踊り、宴の盛り上げ役をしていたのも今となっては懐かしい思い出です(上右写真)。


「チコちゃんに叱られる」で知った、ペンライトの起源

さて、今回はその西城秀樹さんにまつわる驚きのエピソードを、NHK の人気番組「チコちゃんに叱られる」で知り、取り上げたくなりました。番組で紹介されていたテーマは「なぜコンサートで観客がペンライトを振るようになったのか?」というもの。答えは意外にも、「西城秀樹が『懐中電灯を持ってきて』と呼びかけたから」。私はテレビの前で思わず声を上げてしまいました。確かに、現代のコンサートでは暗い客席で無数のペンライトが揺れる幻想的な光景が当たり前になっていますが、そのルーツが一人のアイドルのひと言だったとは思いもしませんでした。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注1)

「チコちゃんに叱られる」で、ペンライトを振るようになった理由を(注1)


「顔が見たい!」──ファンとの距離を縮めた呼びかけ

番組では、古くからのファンを呼び、当時の様子を聞かせてもらっていました。彼女たちの証言では「コンサートで観客がペンライトを振るようになったのは、西城秀樹がファンの顔を見たかったから」ということでした。1974 年、西城秀樹がソロ歌手として初めて大阪球場でコンサートを開催した際、会場にはナイター用の照明はあったものの、客席は暗くファンの表情が見えなかったそうです。そこで彼は、ラジオ番組を通じて「懐中電灯を持ってきて、振ってほしい」と呼びかけたのです。この呼びかけに応えたファンたちは、デパートに殺到し、懐中電灯が売り切れるほどの反響を巻き起こしました。後日、西城秀樹自身が新聞のコラムで「初めて見た客席の光がとても幻想的だった」と綴っていたことも紹介されていました。(下写真もどうぞ)

西城さんが、ラジオ番組で「懐中電灯を持ってきて」と呼びかけた(注1)


光の演出が進化した軌跡

当初は家庭用の懐中電灯だったものが、やがて小型の豆電球付きペンライトへと変化。ファンの中には、ライトにカラフルなセロハンを貼って手作りの演出を工夫する人もいました。1980 年代に入ると、化学反応で発光するケミカルライト、いわゆるサイリウムが主流になりました。これはもともとアメリカでベトナム戦争やアポロ計画向けに開発された非熱源の安全照明で、1970 年代後半からは釣具やアウトドア用品として広まりました。私も防災グッズとして車に積んでいましたが、誰かがコンサートに持ち込んだことから、新たな光の文化が花開いたのでしょう(下写真もどうぞ)。現在では、観客席全体がプログラム制御された大規模な光の演出となり、観客の動きがその一部になるという、かつて想像もしなかった世界が広がっているそうです。

その後、ペンライト、ケミカルライトへ(注1)


ペンライトだけではない、西城秀樹の “革新”

西城秀樹はペンライト文化だけでなく、日本のコンサートスタイルそのものに多大な影響を与えた存在でした。観客とのコール&レスポンスも、単なる盛り上げ手法ではなく、「ファンの歓声で自分の歌が聴こえなくなる」という葛藤の中から「もっと一緒に楽しむ方法はないか」と考えて生まれた発想だったそうです。また、マイクスタンドを操る独特のパフォーマンスは、イギリスのロッド・スチュワートに刺激を受けたもので、日本では当時としては画期的でした。私たちも学校の教室で、モップを使って彼の真似をして遊んだ記憶があります。


今回は、私の大好きな番組「チコちゃんに叱られる」から、西城秀樹さんの懐かしい思い出とともに、コンサート文化の知られざる源流を綴ってみました。それでは、また。


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注1:NHK「チコちゃんに叱られる」の特集「ペンライトの謎」より



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