死にたい人を死なせない人~文武日記③
8月1X日
投げをこらえた時に、膝からブチっと音がした。
すぐに「靭帯をやった」と思った。靭帯は何度も何度もやっているので、もう慣れっこである。翌日、行きつけの接骨院に行ったら、「半月板をやってるかもしれない」と言われる。「半月板なら治らんで」と脅される。治らんのは困るな。
大きな病院に行き、MRIを撮ってもらう。経験がある人はわかると思うが、MRIの中はなかなかの爆音だ。僕は無神経なのでその状態でも全然眠れるが、ダメな人はダメだろう。この日行った病院は、ヘッドホンで音楽を聴かせてくれるらしい。少しでも気を紛らわすためだろう。寝ようかと思っていたが、せっかくなので聴かせてもらう。
「70年代、90年代、最新ヒット、どれにいたしますか?」
事務の女性に聴かれる。90年代を選ぶ。ヘッドホンを装着され、MRIに突入する。1曲目は、槇原敬之の『どんなときも』だった。おー、懐かしい。悪くない選曲だ。続いてドリカム。そして、槇原敬之→オリジナルラブ→槇原→槇原→槇原。
もう潔く全部槇原にしろ。「70年代、槇原敬之、最新ヒット、どれにいたしますか?」って聞け。
膝は、後十字靭帯の軽い損傷だった。良かった。本当に良かった。本当は全然良くないのだが、半月板損傷に比べれば全然いい。靭帯は自然治癒するから。
90年代当時は好きでも嫌いでもなかった槇原敬之だけど、改めてまとめて聴かされると、結構いいなと思う。『遠く遠く』という歌の「同窓会の案内状 欠席に丸をつけた」のところで、ちょっと泣いた。MRIが爆音で良かった。
8月1X日
今年はお盆休みが長いから、実家にもゆっくり帰れるし、あそこに行こう、あそこにも行こう、あんな所にも行っちゃう? なんて妻と諸々計画していたのだが、いきなり車が壊れた。修理に持って行ったら部品が入るのがお盆明けとなり、修理もそれ以降になると。なにより見積もりが10万超えになると言われ、ショックで絶命するところだった。
計画はすべて潰れ、寝正月ならぬ寝盆となった。膝が壊れているので、稽古にも行けない。車がなければ電車に乗ればいいじゃないと、マリー・アントワネットなら言うだろう。その通りだ。事実車を持っていなかった頃は、どこに行くのも電車だった。しかしすっかり車に慣れきってしまった今となっては、もはや電車には乗れない体になってしまった。
まず乗り換えが嫌いだ。1回座ってしまったら、目的地まで座っていたい。そもそも僕の家は駅まで遠いため、駅に行くためにまずバスに乗らないといけない。この時点ですでに乗り換えが発生する。自宅の目の前に「ハシマ家前」という駅があり、目的地の目の前にも駅(例えば「ハシマ実家前」という駅)があり、そこまで1本で行けるなら、電車旅もないことはない。
満員電車が嫌いだ。インフルエンザになった時も、コロナになった時も、電車で遠出した翌日に発症した。マスクもしないで変な咳してるおっさんがいるなと思っていたが、まんまとうつされた。おっさん許すまじ。そんなこともあり、「電車には乗るべきではない」という結論に至った。
明日飲みに行くので、久しぶりに電車に乗る。「関西のガラの悪い地域」というテーマで古今東西したら、2番目か3番目ぐらいに名前が出る所に行く。飲む相手は、僕が今まで出会った中で2番目に酒癖が悪い人。トラブルを起こさないよう、見張っておかねば。ちなみに、シラフの時はとてもいい人。
僕が今まで出会った中で、もっとも酒癖が悪い人の話は、いずれまた。
8月1X日
僕が今まで出会った中で2番目に酒癖が悪い人は、僕の本業の先輩だ。大変お世話になった方で、去年定年退職された。当然送別会をしてあげようと思っていたが、定年直前に奥さんを病気で亡くし、そんな空気でもなくなってしまった。
そう言えば先輩は、「定年したら嫁といろいろ旅行行くねん」と、嬉しそうに語っていた。定年後も嘱託で残る予定だったけど、気持ちが切れてしまったのだろう。そのまま退職されてしまった。心配なのでたまにLINEを送っていたが、返信は、「毎日泣きながらずっと酒ばかり飲んでる」みたいな内容が多かった。「このまま死んでしまうんじゃないか」という心配もあったが、今は独立した息子さんや娘さんがちょこちょこ様子を見に来てくれているとのことだった。
1年ぶりに、先輩と飲むことになった。同じくその先輩にお世話になった同僚S田と一緒に、「関西で2番目か3番目ぐらいにガラの悪い地域」に赴く。「毎日泣きながらずっと酒ばかり飲んでる」先輩は、ガリガリに瘦せて、顔色も不健康に黒かった。
楽しく飲んではいたけれど、酔いが回るにつれ、「もうすぐ俺は死ぬ」「俺なんか生きててもしゃーない」「もう君らと会うこともないやろう」……。そんな文言を繰り返すようになり、S田が「そんなこと言わないで下さいよ~」「そんなことないですよ~」と慰めるのを、ちびちび飲みながら聞いていた。
突然奥さんが亡くなって死にたいと思っている人に、かけてやれる言葉なんてない。無責任で空っぽな言葉なら、何も言わない方がマシだ。僕が先輩の立場なら、やっぱり死にたいと思うだろう。がらんどうな慰めを聞かされるぐらいなら、ほっといてほしい。僕の存在自体、忘れてほしい。
2軒目を出たところで「もう俺は死んだ方がええんやぁぁぁ……」と、先輩が地べたにへたり込んだ。反射的に僕は先輩の髪の毛を掴んで引きずり起こし、頬を思い切り張り飛ばした。
「おいこら。俺の前で2度と死ぬとかぬかすな。今日1日ずっとアンタの泣き言聞かされて、こっちは辟易しとんねん。今度は俺が酔い潰れて迷惑かける番や。次はアンタが酔い潰れた俺の面倒を見る義務がある。それでアイコや。アンタには、俺とS田が定年になって暇になってからの飲み友達になってもらわなあかん。それまで生きてな許さんで。生きてください。死なんといてください」
先輩は跪いて号泣し出して、僕も跪いてハグをした。ハグした時の先輩の体からは、筋肉や脂肪などの肉感みたいなものは一切感じられず、直接骨を触っているみたいだった。僕が覚えている先輩は、元・警官で、空手・柔道の経験者で、それなりにガッチリしていたし、年相応に腹も出ていた。でも今日の先輩は本当に骨と皮だけで、その浮き出たあばら骨を触っているうちに、僕も涙が出てきた。
阪神尼崎の駅前で、おっさん同士が泣きながら抱き合っている絵面は相当に汚いだろうな。その様子を俯瞰して眺めているもう1人の僕は、そう思っていた。通行人のみなさんは、奇異な目で眺めて通り過ぎて行かれる。なに見とんねん。
そもそも10歳以上年上の先輩にビンタって、どうなん!? ビンタした時の僕の感情は、泣き言ばかり繰り返す先輩への苛立ちではない。多分、弱り果てた先輩にかけてあげる最適解の言葉が思いつかない自分自身への、怒りだ。早い話が、先輩へのビンタは八つ当たりである。申し訳ありません。
僕は亡くなった奥さんの代わりにはなれないし、なれても気持ち悪いが、先輩が死なないよう、アクションを起こし続けることはできる。
先輩は、僕が1度だけ大きな空手の大会で優勝した(※ポートフォリオ参照)翌日、職場で真っ先に握手を求めてきた人だ。だから死んでほしくない。ただそれだけだ。
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