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岡田准一の映画をすべて観たら、どれぐらい岡田准一に近づけるだろうか。①『COSMIC RESCUE』から『東京タワー』まで


①『COSMIC RESCUE』(2003年)

監督:佐藤信介 共演:森田剛、三宅健、戸田菜穂、遠藤憲一、堀北真希

師範の映画デビュー作である。筆者も初見だ。

時は近未来。人類の宇宙進出にともない、宇宙空間でのトラブル解決のために働く船乗りたち、「コスミック・レスキュー」の活躍を描く。わかりやすく言うと、「宇宙のJAF」の話である。華やかな人命救助の案件などはあまりなく、デブリ(宇宙ゴミ)拾いなどが主な仕事だ。同時期に放送していたアニメ『プラネテス』を思い出す。

筆者は、近年の強くて落ち着いた師範の役柄に馴染みがあるため、本作のように、若く無鉄砲な師範は新鮮だ。これが岡田一門のみなさんがよく言われる「末っ子」キャラか! あまりにもかわいく美しい。男から見ても眼福である。この美青年が、どのような過程を経たら伝説の殺し屋になるのか。新選組の鬼の副長になるのか。ゴリゴリのヤクザに化けた潜入捜査官になるのか。今から、その過程をたどる旅に出るわけだが。

※何気に堀北真希の映画デビュー作でもあるのだが、堀北真希はすでに堀北真希として完成されていた。

②『ハードラックヒーロー』(2003年)

監督:SABU 共演:V6、寺島進、塩見三省、西田尚美

「戦う岡田准一」初披露は、2005年の名作『フライ,ダディ,フライ』だと思っていた。その2年前の本作で、すでに戦っていた。グローブを嵌め、キックパンツを履いて、リングに上がっていた。

とは言え、本作はSABU監督の作品である。当時のSABU監督と言えば、「トラブル巻き込まれ」である(巻き込まれるのはいつも堤真一)。本作の師範も、「トラブルに巻き込まれて嫌々リングに上がることになったかわいそうな青年」役である。ちなみにトラブルの元凶はイノッチだ。

格闘技素人の設定であり、師範自身も武術に目覚める前なので、見るからに弱そうである。今観ると「弱そうな師範」という存在自体が、すこぶる新鮮だ。

もし今、V6のメンバーが再集合して映画を撮るとする。「格闘家の役があるけど誰がやる?」となったら、本人含めた6人全員が師範を指差すだろう。だがDVD特典のインタビュー映像を観ると、「なんで僕がキックボクサー役だったんでしょうね」と、笑っている。後にゴリゴリに格闘技に目覚めるとは、夢にも思っていなかったのだろう。

物語終盤で、「後にガチのキックボクサーになりました」というていの場面がある。ミットを打ち、サンドバッグを叩く(トレーナーはイノッチ)。ガチのキックボクサーになったという設定にも関わらず、やっぱり素人パンチである。

怒らないでほしい。ディスっているわけではない。ちゃんと習ってないが故の素人パンチであり、スピードも勢いもあるし、高い運動神経も感じる。言わば、「黄金の素人パンチ」である。格闘技指導者としての目線で観ると、こんな新人が入門してきたらめちゃくちゃ嬉しい。「こことこことここを直せば確実に強くなる」ことが、ちょっと見ただけでもわかる。金の卵であり、ダイヤの原石だ。

筆者は個人的に、チャンピオンになった名選手のデビュー戦やデビュー前の映像を観るのが好きである。「あの鬼のように強い○○選手にも、こんな素人に毛が生えたような時代があったのか!」と思いながら飲む酒は旨い。

完全に素人だった師範が、今では日本一説得力のある動きができるアクション俳優となった。いい師に巡り合ってきたのだろうと思う。

③『木更津キャッツアイ 日本シリーズ』(2003年)

監督:金子文紀 共演:櫻井翔、岡田義徳、佐藤隆太、塚本高史、ユンソナ

僕が芝居を続けたいと本気で思ったのは『木更津キャッツアイ』という作品に出合ってからだ。それからは本当に芝居のことばかり考えていた。仕事だけではなくライフスタイルまで一変させる、まさしくターニングポイントになった。

『オカダのはなし』より

この『木更津キャッツアイ』シリーズは、俳優としての師範の最初の代表作だと思われる。にも関わらず、ドラマ、映画ともに、今回初めて観た。なぜかと言うと、筆者は昔小劇場演劇をやっていたが、最終的に尻尾を巻いて逃げた。それから数年は、小劇場演劇および小劇場臭のする映像を観ないようにしていた。観るとしんどくなるから! 女々しいこと山のごとしだ。

脚本の宮藤官九郎も、出演している古田新太や阿部サダヲや三宅弘城も、筆者が演劇時代に憧れた人たちだ。だから、意識して観ないようにしていた。筆者をオーディションで落とした”あの人”も出てるじゃないか! 「バク転はできますか?」「高校の頃はできましたが今はできません!」なにをバカ正直に答えてるんだ、俺は。「楽勝でできますが、残念ながら今日はヒザを痛めていてできません。残念です……!!」とか言っておけば良かったんだ。

もろもろ思い出して胸が痛くなるので避けてきたが、さすがに20年以上がたち、傷もふさがったので、満を持してドラマから映画版まで通して観た。単なる若者たちの悪ノリバカ騒ぎ作品だと思っていた。

確かに悪ノリバカ騒ぎ作品だ。ただ、”期間限定”のバカ騒ぎだ。師範演じる主人公の「ぶっさん」は、悪性リンパ腫で余命半年との宣告を受けている。どれだけバカをしても、根底には”死”の予感が常に漂っている。

バカで元気でエロい正しい21歳の若者であるため、ついつい病気のことを忘れてしまう。でも、忘れた頃にちゃんと”死”が顔を出す。仲間たちと走り回っていても、ひとりだけ息切れしていたり。どれだけ楽しく飲んでいても、ぶっさんが薬を飲むたび、周りも現実に引き戻されたり。

サセ子だと思われているモー子(酒井若菜)とそういう展開になりかけ、「実は処女である」と告白される。「お前にとっては初めてかもしれないが、俺にとっては最後なんだ」とこぼし、手を出すのをやめる。

普段「お前」呼ばわりしてぞんざいに扱っている父(小日向文世)に、「死ぬのってこえーな。いなくなっちゃうんだぜ。どうする?」と、急に弱音を吐く。

バカと繊細の振り幅が北極と南極ぐらいあり、これは相当な難役だ。本人が「ターニングポイント」と位置付けるのもわかるし、「芝居の面白さ」に目覚めるのもわかる。性欲丸出しの師範というのも、今ではなかなか見られない姿であり、興味深い。

ドラマ中でも映画でも、元気いっぱいにはしゃいでいたのに突然倒れるシーンが何度かある。周囲は悲しむが、まだ死んでおらず蘇生する。「お前いつ死ぬんだよ」と思われながらもずーっと生きているのかと思ったが、映画冒頭の30年後の世界では、ちゃんと遺影になっていた。

ただ、櫻井翔が中尾彬に、塚本高史が岩松了になってるのは反則だ。

④『サンダーバード』(2004年)

監督:ジョナサン・フレイクス (声の)共演:V6

人物の動きに声を合わせていくのが難しくて、「ああ、もう、これで声の仕事はこないだろう」と思ったのだった。

『オカダのはなし』より

本人がこう言うのだからまったく期待せずに観たが、上手かった。従って、声の仕事はこれ1作で終わらない。

サンダーバードを操縦するのは、「トレーシー・ボーイズ」と呼ばれる実の兄弟たちだ。師範が声を当てたアラン・トレーシーは、まだ14歳であるため、正式メンバーになれない。この時期の師範の声が、大人でも子供でもない微妙な年代の少年にうまくハマっていた。師範、洋画の吹き替えももっとやってほしい。

トレーシー・ボーイズは、アランを入れて5兄弟である。V6だと1人余る。必然的に最年長の坂本昌行は、父親役となった。それだけ聞くとなんかかわいそうな印象を受けるが、声優としての坂本昌行は、えらい上手かった。「兄弟を演じているのがV6」という認識でいたので、父親役は本職の声優さんが声を当てていると思い込んで観ていた。それぐらい達者だった。

師範と坂本昌行の、声の共演もまた観てみたく思う。

⑤『東京タワー』(2005年)

監督:源孝志 共演:黒木瞳、松本潤、寺島しのぶ、岸谷五朗、余貴美子

『木更津キャッツアイ』のぶっさんと『フライ,ダディ,フライ』の朴舜臣の狭間に、意外な岡田師範が挟まっていた。弱さ、脆さ、繊細さをこれだけ隠すことなくさらけ出す師範を初めて観た。「見てはいけないもの」を見ているような気がした。

ぶっさんも舜臣も、本当は弱くて繊細だ。だからこそ、必死に強がり、自らの弱さを抑え込んで生きている。それでも抑え切れなかった脆さに、哀切を感じる。

本作の岡田師範は、20歳年上の人妻・黒木瞳と恋に落ちる。捨てられた子犬のような目をして、不倫相手に甘え、泣きつき、すがりつく。一切強がらない。男はある程度の年齢になれば、弱さを見せることを恥じるようになる。表面上のみ取り繕って、噓もつけるようになる。感情に関わらず、顔の筋肉だけで笑えるようにもなる。黒木瞳の夫・岸谷五朗のように。弱さをさらけ出して生きられるのは、若さの特権でもある。

とっくにある程度以上の年齢になっている筆者は、師範にも黒木瞳にも感情移入できなかった。岸谷五朗や、師範の母親・余貴美子に感情移入した。岸谷五朗は、師範を殴り蹴り、飛び込み台(高さ推定10m)からプールに蹴り落とす。余貴美子は、黒木瞳にシャンパンをぶっかける。彼や彼女の怒りに共感してしまう自分は、つくづく平凡な人間だ。

師範の友人として、松本潤も出ている。彼は師範と違って、ある種ゲーム感覚で不倫を楽しんでいる。高校時代はクラスメイト(平山あや)の母親と不倫して、その家庭を崩壊させた。大学生になった今は、別の人妻・寺島しのぶと不倫をしている(高校の頃の反省から、「子供がいる人妻とは不倫しない」というマイルールを課しているようである)。

江國香織の原作では、登場人物たちは、みな表層的な穏やかさを保ったまま、精神面での駆け引きに終始する。だがこの映画版の人物たちは、みなエキセントリックなぐらいにアグレッシブだ。前述のプール蹴り落としやシャンパンぶっかけだけではない。平山あやは、憎き松潤の頭部に失神する勢いでビリヤード球を投げつける。まあまあな距離があったので、平山あやの肩とコントロールが素晴らしい。野球でもやってる設定なのか。

また、別の女性を乗せてドライブしている松潤の車に、寺島しのぶは故意に車で追突する。こちらも結構な交通事故レベルである。仁王立ちして「修理費は自分で払ってよね!」と言い捨てる姿がカッコいい。

「私はあなたの数多くの不倫遍歴におけるただのモブキャラではない」ということを印象付けるために、そこまでインパクトの強いことをやらかす。寺島しのぶの情念が恐ろしいが、とても悲しくもある。

原作と違い、みなが怒りや悲しみの感情をわかりやすく剥き出しにする様に、人間臭さを感じる。単なるオシャレな雰囲気映画に仕立ててもいいところを、彼ら彼女らの「物理攻撃」によって、しっかりと人間を描く映画になったと思う。

まさかこの未熟な若者を演じた師範と松潤が、20年後に織田信長と徳川家康として再共演を果たすとは思わなかったが。


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