岡田准一の映画をすべて観たら、どれぐらい岡田准一に近づけるだろうか。②『フライ,ダディ,フライ』から『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』まで
⑥『フライ,ダディ,フライ』(2005年)
監督:成島出 共演:堤真一、須藤元気、星井七瀬、松尾敏伸、塩見三省
ああやっと。やっと筆者にとって馴染みのある師範が出てきた。「戦う師範」、「強い師範」である。とは言え、今の達人然とした師範とはやや趣が異なる。
現在の師範は、太い首、安定した体幹、低い重心と、グラップラー(組技師)色が強い。実際に柔術黒帯の、ゴリゴリのグラップラーである。打撃も美しいが、あくまで「寝技のための打撃」という雰囲気だ。
一方本作の師範演じる朴舜臣(パク・スンシン)は、まだ線も細く、重心も高い。その代わり、フットワークも軽く、打撃もキレキレである。遠間からはジャブ、近間ならヒジや頭突きと、技のチョイスも的確だ。典型的なストライカー(打撃屋)である。特に素晴らしいのが、ボクシング部顧問役・モロ師岡に決めた縦ヒジだ。ガードの固いボクサーに、横から振ったヒジはなかなか当たらない。縦ヒジなら、ガードの隙間を通すことができる。
傷つけられた娘の仇を討つためになりゆきで弟子になった鈴木(堤真一)には、ジャブをくぐってタックル→パウンド→チョークというコンビネーションを教える。対パンチャーへのベーシックな戦法だ。ただこれは、普通のおじさんがボクシング・インターハイ・チャンピオンに唯一勝てるかもしれない戦法として、教えたものだ。この時期の師範、というか舜臣なら、ボクシング・チャンピオンにも打撃で対抗しそうだ。使うのは頭突きやヒジだが。
本作は、「暴力に対し、より強い暴力で復讐する」という展開に、鈴木の妻も娘も一切反対しない点を少し不思議に感じながら観ていた。女性なら、とりあえず一度は反対しそうなものだ。だが実はこの物語には、唯一暴力を良しとしない登場人物がいる。舜臣だ。
「暴力の申し子」のように見える舜臣だが、「暴力の信奉者」ではない。10歳の時に通り魔に殺されかけ、その日から彼は、強くなることを誓った。大切なものを守るために。強すぎるがために一方的な暴力に見えてしまうが、基本的に彼は降りかかる火の粉をはらっているだけである。好きで人を殴っているわけではない。
傲岸不遜に接していた鈴木に、ふと弱さを見せるシーンが好きだ。
「誰かを殴れば殴るほど、拳の間から大切なものがこぼれ落ちていく気がするんだ」
「早く強くなって、俺を守ってくれよ」
いよいよこれから戦う鈴木に、哲学的な言葉を投げかける。
「もしこの瞬間に本物の勇気を感じてたら、別に戦わなくてもいいんだぞ」
金城一紀による原作小説「ザ・ゾンビーズ・シリーズ」1作目『レボリューションNo.3』にも、印象的なシーンがある(シリーズ2作目が、本作の原作に当たる)。高圧的な体育教師・マンキーに許しがたい侮辱を受けた舜臣は、その教師を叩きのめしてしまう。
舜臣は教官室の椅子にがっくりうなだれて座り、泣きそうな声で僕に言った。
「全部、無駄になっちまったよ」
『自省録』も『善の研究』も『エックハルト説教集』もオットーの『聖なるもの』もベンヤミンの『暴力批判論』もなにもかもが、マンキーの一言で頭から消し飛んでしまった。僕は舜臣の肩を叩きながら、言った。
「また読めばいいじゃん」
舜臣はもう暴力をふるいたくはないのに、もう暴力をふるわないためにいつも本を読んでいるのに、空気を読めない火の粉が、無遠慮に降りかかってきてしまうのだ。
「強さ」と「弱さ」の絶妙なバランスが、この朴舜臣というキャラクターの魅力だ。演じる師範本人も、この作品には特別な思い入れがあるようだ。
もちろん出演したどの作品にも愛情はあるが、なぜかこの映画は観てほしいって言いたくなるのだ。もう街を歩いている一人一人をつかまえて「絶対、観てくれ!」と大声で叫びたい気分だ。
同感だ。絶対、観てくれ。
⑦『ホールドアップダウン』(2005年)
監督:SABU 共演:V6、香椎由宇、日村勇紀、高橋ひとみ、伊武雅刀
『ハードラックヒーロー』以来の、SABU監督作。前作では「格闘家のふりをした素人」を演じた師範だが、『フライ,ダディ,フライ』を経た今作は、満を持して「バリバリの格闘家」を演じてくれるのか!?
……師範、ずっと凍ってるやないか……!! 本編中3分の2ぐらい凍ってる(冷凍車に閉じ込められたため)。クライマックスで、師範以外の5人が入り乱れて戦う。みなさん運動神経がいいので、見応えあるアクションシーンではある。ただ、その中で一番アクションが得意なはずの男は、その間もずーっと凍った人形と化している。だけでなく、森田剛に武器として振り回される。凍ったバナナで釘を打つような、無体な扱いを受けている。あんまりにもあんまりな扱いに、笑ってしまった。
やっぱり香椎由宇かわいいなとか、高橋ひとみの横移動もできる車椅子欲しいなとか、伊武雅刀の瞳孔開いた笑顔に惚れ惚れするなとか、長野博はSABU監督作ではいつもスピード狂なんだなとか、観るべき所は多々あるのだが、鑑賞後は凍った師範のことしか覚えていない。素晴らしい映画だ。
⑧『花よりもなほ』(2006年)
監督:是枝裕和 共演:宮沢りえ、古田新太、浅野忠信、香川照之
舞台は元禄15年の江戸。師範演じる青木宗左衛門は、父の仇を探して長屋暮らしをしている。だがこの宗左衛門、剣士としてはめちゃくちゃ弱かった。そもそも仇討ち自体、あまり気が進まない様子。どうするどうなる仇討ちは……!?
ラストシーンの師範の笑顔に、すべて持っていかれた。なんていい顔で笑うんだ。ネタバレになってしまうけど、宗左衛門が誰も殺さなかったからこそ、こんな顔で笑えたのだろう。宗左衛門があまりにもいいヤツだったので、人殺しとしての業を背負わなくて良かった。そもそも宗左衛門は侍に向いていない。このままおさえ(宮沢りえ)と、弱くとも優しく生きていってほしい。
物語の舞台は、貧乏長屋。筆者は時代劇の”長屋もの”が大好きだ。古くは山中貞雄監督の『人情紙風船』(1937年)から、最近なら阪本順治監督の『せかいのおきく』(2023年)や白石和彌監督の『碁盤斬り』(2024年)も素晴らしかった。なぜ好きかと言うと、そこには”むき出し”の人間ばかりが出てくるからだ。ビシッとカッコいいお侍さんばかりの時代劇もいいけど、ちゃんとしたお侍さんは皆、無理してお侍さんとして生きているからストレスも多そうだ。
その点長屋の面々は、金はなくともみな自由で、誰もカッコつけていない。うさん臭い笑顔が誰よりも似合う古田新太。頭が弱いキャラでありながら、時おり核心を突く木村祐一。やさぐれ二枚目の加瀬亮。老いらくの恋に走る平泉成と絵沢萌子。フラウ・ボウ(ファースト・ガンダムの)的なキャラもかわいい田畑智子。掃き溜めに鶴の宮沢りえ。そして、上島竜兵……。
その中に、浪人となったお侍さんがいるのも定番だ。往々にしてそういう浪人侍は、貧乏に身をやつしながらも、武士としての矜持を持って生きている。武士は食わねど高楊枝的に。そして、有事の際はなんだかんだで腕も立つ。『碁盤斬り』の草彅剛なんかが、まさにそうだ。金はなくともカッコいいお侍さんである。
本作にも、浪人侍が2人出てくる。香川照之と師範だ。だが香川照之は口先だけのへなちょこだし、先述のように師範も大変弱い。従来の長屋ものなら、普段はもの静かな宗左衛門が、実はめちゃくちゃ強いというパターンだ。でもしっかり弱く、そして、涙が出るほどに優しい。宗左衛門、やはり武士の家に生まれたのが間違いだった。
是枝裕和監督の作品は、デビュー作の『幻の光』(1995年)からずっと観ていた。基本的に「死」というテーマが根底に流れていて、重めの作品が多かった。特に本作の前作は、あの育児放棄映画『誰も知らない』(2004年)である。筆者は元々、CDも揃え、ライブにも行くぐらいに昔のYOU(バンドFAIRCHILDのボーカル時代)が好きだったのだが、この作品を観て、まんまと嫌いになってしまった。
そのため、実は本作も身構えながら観た。是枝監督の作品で、こんなに読後感が爽やかな作品は始めてだった。
もちろん、本作にも「死」の匂いはする。そもそもが父の仇討ちの話だし、実は長屋には赤穂浪士たちも潜んでいて、彼らはキッチリ仇討ちを果たし、全員切腹する。この赤穂浪士たちと、宗左衛門の対比が見事だ。日本人が大好きな美談として語り継がれてきた『忠臣蔵』を、「結局夜中に寝込みを襲って、大勢で爺さん1人を取り囲んで殺してんじゃねーか。みっともねー」と切って捨てている。
形式ばった価値観のために、人が人を殺すことも、人が自分を殺すことも、みんなみんなバカバカしい。人間は、弱くとも生きているから幸せにもなれる。「死」を取り続けてきた是枝監督からの、メッセージのような気がした。
⑨『ゲド戦記』(2006年)
監督:宮﨑吾郎 声の共演:手嶌葵、菅原文太、田中裕子、風吹ジュン
本作の原作は、アーシュラ・K・ル=グウィンによって書かれた、魔法ファンタジー小説の古典的名作である。主に第3巻の『さいはての島へ』の物語を描いているが、ストーリーは大きく変更されている。ちなみに、ハイタカ(声=菅原文太)の顔のキズの由来を知りたければ第1巻『影との戦い』を、青年期のハイタカと少女期のテナー(声=風吹ジュン)の物語を知りたければ、第2巻『こわれた腕環』を読むといい。面白いから。
本作の主人公・アレン(声=師範)の繊細なキャラクターは、原作で言えば第1巻での少年期のハイタカに近い。顔は宮﨑アニメっぽいのに、性格は碇シンジのようだ。
筆者は、実写で共演する菅原文太と師範の姿が、一度でいいから観てみたかった。
⑩『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』(2006年)
監督:金子文紀 共演:櫻井翔、佐藤隆太、塚本高史、岡田義徳、栗山千明
ドラマを観ても、『日本シリーズ』を観ても、ぶっさんは確かに死んでいる。間違いなく死んでいるんだけど、どうも死んでいる気がしない。それはやっぱり、みんなが言うように「ばいばいしてない」から。ばいばいしない限りは、ぶっさんは死んでいるけど死んでいない。
この『ワールドシリーズ』の舞台は、ぶっさんの死から3年後の世界。いろいろあってぶっさんとオジー(古田新太)が黄泉がえる。だがこの3年の間に、キャッツアイのメンバーはバラバラになっていた。バンビ(櫻井翔)は木更津市役所職員、うっちー(岡田義徳)はなぜか自衛官になったが、アニ(塚本高史)とマスター(佐藤隆太)は木更津を去っていた。
22歳のまま時間が止まっているぶっさんと、「四捨五入したら30歳」の彼らでは、すでに生きている世界が違う。死んだぶっさんは永遠に若者のままだが、他のメンバーはこれからも生きていかなくてはならない。そんな「青春の終わり」を見せつけられ、「夜だよー」の時のオジーみたいな涙が出た。
父・公助(小日向文世)だけ、黄泉がえったぶっさんの姿が見えない。その理由がわかった時には、東京にいると思っていた哀川翔が木更津にいた時のぶっさんみたいな滂沱の涙が出た。
ぶっさんと仲間たちは、やっときっちりばいばいする。ばいばいしたことにより、やっとぶっさんは成仏する。今さらドラマを通して観て、『日本シリーズ』を観て、このぶっさんというキャラは、永遠に死なないのだと思っていた。だからこの『ワールドシリーズ』での、ぶっさん成仏を観た時の喪失感たるや。
いまだに引きずっている。
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