岡田准一の映画をすべて観たら、どれぐらい岡田准一に近づけるだろうか。⑤『エヴェレスト 神々の山嶺』から『散り椿』まで
㉖『エヴェレスト 神々の山嶺』(2016年)
監督:平山秀幸 共演:阿部寛、尾野真千子、ピエール瀧、風間俊介
夢枕獏の小説には、しばしばひとつのことに命をかけてしまい、社会に適応できない人物が描かれる。筆者たちのような格闘技少年は、みな『餓狼伝』シリーズなどの彼の格闘技小説にハマった。そこに描かれていた男たちは、強くなることのみに、狂ったような執念を燃やす男たちだった。
格闘技小説をあらかた読んでしまうと、彼の書く別ジャンルの小説にも手を出すこととなる。やはり、何かに取り憑かれて狂って生きている男たちの物語が多かった。本作の原作となる、『神々の山嶺』もそのひとつだ。
岡田師範の映画作品を年代順に観てきて、いよいよ師範が「夢枕獏の世界の住人」に相応しい男になったことが、嬉しい。師範の演じる深町誠は、クライマー兼山岳カメラマン。山男らしく、真っ黒に日焼けして無精ひげで薄汚い。だが、むせ返るように男臭くてカッコいい。
以前も書いたことがあるが、昔の師範を好きだった女性が、「昔はあんなに可愛かったのに、今はすっかりゴリラになっちゃって……」と残念そうに語る姿を見たことがある。本当に師範を好きな方なら、どんな形の師範でも、変わらず好きだと思うが。
深町誠は、伝説のクライマーである羽生丈二(阿部寛)を追いかけ、彼の写真を取り続ける。羽生は、天才クライマーだが、そのストイックすぎる生き様から、山岳界の中でも孤立している。原作小説において、羽生はこのように描写されている。
顔は間違いなく四十代の男のそれであるのに、どことなく、十四、五歳の少年の色気のようなものが、その写真にはあった。
たった独りで、自分の周囲のもの全てを敵にまわし、時には、自分自身すらもその敵として戦っているような少年────そういう少年だけが持つ、毒とも色気ともつかない凄艶なものがその表情にはあった。
これは羽生についての描写だが、映画を観る限り、深町にも当てはまる。山と写真を愛し、おそらくそれ以外の生き方はできない人間。そんな人間にしか出せない色気が、間違いなく師範演じる深町にもある。
夢枕獏の『餓狼伝』は、かつて極真空手の八巻建弐主演で映画化されたことがある。八巻建弐は、以前師範の武術ナビゲート番組『明鏡止水』シリーズ(NHK総合)にも出演した、殺し屋のようなオーラを発していた空手家である。今の師範なら、この『餓狼伝』の主人公、孤高の空手家・丹波文七を演じられると思うのだ。『イクサガミ』の次は、『餓狼伝』シリーズをネトフリで……。
㉒『海賊と呼ばれた男』(2016年)
監督:山崎貴 共演:染谷将太、小林薫、吉岡秀隆、綾瀬はるか、鈴木亮平
原作は、出光興産創業者である出光佐三の生涯をモデルにした、百田尚樹の小説である。若い頃のシーンは少なめで、全体的に老人メイクの師範だったのが、もったいないとも思う。
出光興産をモデルにした国岡商店の押しかけ社員となり、出光佐三をモデルにした国岡鐵造(師範)の右腕となる染谷将太がとてもいい。今放送中のNHK大河ドラマ『べらぼう』での喜多川歌麿のように、主人公の弟分的な役割をやらせたら天下一品である。いつもそこに少しだけブロマンスな香りがある点も素晴らしい。しかも彼だけが、大企業になった国岡商店を見ることなく死んでいくところも言うことなしだ。他の主要社員がみんな年を取っていく中、彼だけは若い姿のままで永遠に生き続けるのだ。
鐵造みずから小さな船に乗って、海の上で大きな船に油を売りつけに行くなど、若い頃の”海賊”エピソードなどが面白かったので、その辺りをもっと観たかった。やはり95歳まで生きた偉人の話なら、大河ドラマでじっくり観てみたい。
㉓『追憶』(2017年)
監督:降旗康男 共演:小栗旬、柄本佑、長澤まさみ、安藤サクラ
降旗康男監督の遺作。降旗監督と言えば、高倉健のイメージが強い。だが健さんは、2014年に亡くなった。本作では、師範がまるで健さんのように、実直かつ不器用な男を演じている。
少年時代の誰にも言えない秘密を抱えた3人の男たちが、25年ぶりに再会を果たす。3人とも親に捨てられた過去があるが、今はそれぞれ家庭を築いている。だが、刑事の篤(師範)は流産をきっかけに、妻(長澤まさみ)とは別居している。ガラス店の婿養子となった悟(柄本佑)は、経営がうまくいかず資金繰りに困っている。土建屋を営む啓太(小栗旬)だけは、愛妻(木村文乃)が出産を控え、仕事も順調である。だが、彼にも25年前の”事件”に関わる、ある秘密があった……。
40歳を超えていい感じに渋くなってきた今の師範を、降旗監督に撮ってほしかった……。
㉔『関ヶ原』(2017年)
監督:原田眞人 共演:有村架純、役所広司、平岳大、東出昌大、滝藤賢一
石田三成と言えば、体育会系というよりは文化系、ブルーカラーというよりはホワイトカラーなイメージだ。だが師範が演じると、途端に武闘派になる。使用武器は投げ矢である。ダーツをイメージしてもらうといい。矢をつがえる手間が省けて便利である。
この司馬遼太郎の名作時代小説を映画化するに当たり、原田眞人監督は島左近主人公バージョンや小早川秀秋主人公バージョンも考えていたと聞く。映画では平岳大が好演した島左近は、原作でもめちゃくちゃカッコ良く描かれている。なにしろ主人公である石田三成が、良くも悪くも子供のような理想主義者である。対して左近は、酸いも甘いも嚙み分けた”大人”のカッコ良さがある。三成は自らの性格から来る欠点を自覚していたからこそ、左近に頼み込んで家臣になってもらったのかもしれない。
左近主人公バージョンだった場合、師範が左近を演じたのだろうか。映画では”武神”のように描かれていた左近だ。ピッタリではないか。武闘派っぽく見えたとは言え、やはり石田三成役ということで、抑えていたと思うのだ、師範は。島左近役なら、なにも抑えることはない。全開放で縦横無尽に関ヶ原の戦場で暴れ回ってもらいたい。観てみたかった、このバージョンも。
そして、小早川秀秋主人公バージョン。”日本一有名な裏切り者”である。彼が裏切らなければ、三成が勝っていた可能性もある。映画では東出昌大の、合戦が始まってもいつまでもいつまでもウジウジ悩み続ける小早川が大変よくハマっていた。師範は、悩んで迷ってテンパる芝居も天下一品である。『陰日向に咲く』(2008年)や『最後まで行く』(2023年)の線で演じるのはどうだろう。
映画は、処刑場に向かう三成の「これぞ我が正義!」ドドン!で終わる。このスパッとした終わり方もいいのだが、原作には、映画では描かれなかったエピローグがある。三成の菩提を弔うために尼となった初芽(有村架純)の元を、黒田官兵衛が訪ねるのだ。このシーンが大変泣けるので、原作もおすすめする。やや長いが面白いので。それでなくても早口のセリフ回し及びポンポン進む展開に、話がよくわからんかったという人もおられよう。原作を読んでからもう一回観なおすと、打って変わって面白い。
㉕『散り椿』(2018年)
監督:木村大作 共演:黒木華、西島秀俊、池松壮亮、麻生久美子
『蜩ノ記』(2014年)に引き続き、葉室麟の原作を”黒澤明の遺伝子”が映画化した作品。今回監督を務めるのは、黒澤映画にも多く参加した名カメラマン・木村大作だ。前回監督を務めた小泉堯史が、本作の脚本も書いている。
前作について書いた際、役所広司と師範の関係性が、黒澤映画における三船敏郎と加山雄三の関係性のようだということを述べた。「クソ真面目で融通の利かない若者が、尊敬できる先達に出会い、若者も成長する」という筋立てである。前作では加山雄三側だった師範は、本作では三船敏郎側に回っている。
役割的な意味だけではなく、本作で師範演じる瓜生新兵衛は、実際に往年の三船敏郎を彷彿とさせる。黒が基調の着物に無精ひげ、そのひげの生えた顎をなでる仕草。見た目や仕草だけではなく、その佇まいや貫禄、そして鬼のような強さに至るまで、『用心棒』(1961年)や『椿三十郎』(1962年)の頃の三船を思い出す。前作ではまだ初々しさの残る若侍だったのに、人間はたった4年でここまで成長できるものなのか。
もちろん、師範のアクションも十分に堪能できる。刺客に対してボディブロー(当て身)から脇固めでねじ伏せ、ニー・オン・ザ・ベリー(※)で抑え込む。別の刺客に対しては、巴投げで投げ捨てずに後転してそのままマウントポジション(※)に入り、上からのキメ突きで倒す。これらは、総合格闘技系の競技でもそのまま使える技術であり、大変勉強になる。特に巴投げからの流れは、筆者もよくマネして使っている。
では、本作での三船敏郎が師範なら、加山雄三は誰か。それは、池松壮亮である。彼の演じる坂下藤吾は、突然藩に舞い戻ってきた新兵衛に不信感を抱いていたが、徐々にその人間性と強さに心を開いていく。雪の中、2人揃って剣術の型稽古をするシーンは、お互いの動きの揃い方も含めて大変美しい。寒そうではあるが。
藤吾が、刺客に対して殺さずに手首の腱だけを斬って勝つシーンがある。相手が同僚だから情けをかけたのだと思われるが、殺しにきた相手に手加減して勝てるとは、大した技量である。元々の彼の強さはわからないが、新兵衛との稽古でより強くなったことは想像に難くない。
繊細な演技派のイメージが強い池松壮亮だが、『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』(2024年)では、素晴らしくハイレベルなアクションを披露している。師範とのアクションでの共演を、切望する。
クライマックスでは、悪徳城代家老・石田玄蕃(奥田瑛二)の元に、新兵衛とかつての仲間・榊原采女(西島秀俊)が殴り込みをかける。采女は、かかってくる刺客たちに対して、ろくに見もせずに無造作に斬り殺しながら進んでいく。ゴミを払いのけながら歩いているようでもある。采女の、静かな怒りが伝わるシーンだ。きっちり”真面目に”相手を斬っていく、新兵衛との対比も面白い。
ラスト、全てを解決してまたひとりで旅立つ師範の姿は、やっぱり三船である。『用心棒』、『椿三十郎』と続く「三十郎シリーズ」の63年越しの3作目を、師範主演でやってくれないだろうか。映画業界の偉い人、もしこの記事を見られていたら、どうかお願いいたします。
※ニー・オン・ザ・ベリーは、膝で相手を抑え込む柔術の技術。柔術の試合では、この状態で3秒抑え込むと2ポイント入る。マウントポジションは、馬乗りの状態。柔術の試合では、この状態で3秒抑え込むと4ポイント入る。「マウントを取る」という慣用句の語源でもある。
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