岡田准一の映画をすべて観たら、どれぐらい岡田准一に近づけるだろうか。③『陰日向に咲く』から『コクリコ坂から』まで
⑪『陰日向に咲く』(2008年)
監督:平川雄一郎 共演:宮崎あおい、三浦友和、西田敏行、小川たまき
ビビる岡田准一。テンパる岡田准一。逆ギレする岡田准一。
近年の師範は、強く落ち着いたカッコいい役が多い。だが、上記のような一見カッコ悪い役柄を演じる時の師範は、実に生き生きとして見える。テンパった時の全身を使ったリアクションや、ビビった時の躍動しまくる表情筋にまで、隠し切れないアクション俳優としての才を感じる。
このタイプの師範の代表作としては、『来る』(2018年)や『最後まで行く』(2023年)がある。本作『陰日向に咲く』こそ、師範がこのタイプのアクションに開眼した、最初の作品ではないだろうか。
本作の師範の役柄は、ギャンブル依存症で多額の借金を抱えている男である。『闇金ウシジマくん』に出てきそうなキャラであり、事実闇金の取り立てに遭っている。師範は、切羽詰まってオレオレ詐欺に手を出す。速攻で相手にバレ、「警察に電話するよ」と言われてダッシュで逃げる。
そのダッシュがめちゃくちゃ速い。師範の身体能力が成せる業だが、こういう場面は、走りが速ければ速いほどにおかしみが増す。このシーンを観て、筆者はバスター・キートン(※)を思い出した。
やがて師範は、あるお婆さんを騙すことに成功する。岡田一門のみなさんならおそらく観ていると思うが、まだ観ていない方のために、このお婆さんとの顛末は書かない。筆者は、だいぶ前に原作小説を読んだ時に泣いた。本作を観た時も、わかっていたのに泣いた。そして、原作にはない場面、お婆さんを侮辱された師範が激昂する場面で、大泣きした。
本作の原作は、劇団ひとりによるオムニバス小説である。原作では独立したエピソードだった、ホームレス体験をする男(三浦友和)と師範のエピソードをリンクさせることにより、本作のテーマは「家族」になった。結構な力業だし、賛否両論あるかもしれないが、筆者はこの改変が好きだ。師範とお婆さんのエピソードに、より深みが増した気がする。
※バスター・キートン(1895年~1966年)……アクション・コメディの元祖とも言える、チャップリンと並ぶ喜劇王。まだモノクロでサイレントの時代に、なかなかに無茶かつスピーディーなアクション・シーンを演じている。
⑫『おと・な・り』(2009年)
監督:熊澤尚人 共演:麻生久美子、谷村美月、岡田義徳、池内博之
なかなか感情移入しにくいキャラが多いため、純粋に師範と麻生久美子だけのシーンに癒された。とは言え、常に壁一枚へだてているというもどかしさ。これだけお互いのことを気にしていながらも、お互いの顔は知らないという歯がゆさに悶絶した。麻生久美子が傷ついて帰ってきた夜、壁を挟んではっぴいえんどの名曲『風をあつめて』を合唱する。麻生久美子はしっかり歌詞を覚えているのに、師範はほぼハミング(うろ覚え)という点も微笑ましい。
これだけ意識し合いながらも、お互いに顔も素性も知らない。いや、会話や生活音があまりにも筒抜けなので、人となりはうっすら感じ取り、お互いが気になって仕方がない。もう付き合っちゃえよ!と何度も思い、悶々とさせられた。だから、ラストでお互い笑顔で対面できて、なによりだった。これでこちらもぐっすり眠れる。
ちなみに、本家本元の『風をあつめて』がエンディングで聴けるかと期待したが、かからなかった。本家本元は、はっぴいえんど2枚目のアルバム『風街ろまん』に収録されている。もう54年も前のアルバムだが、奇跡のようにカッコいい。この映画が好きなら、アルバムごと聴くことを薦める。
⑬『SP THE MOTION PICTURE 野望篇』(2010年)
監督:波多野貴文 共演:堤真一、香川照之、真木よう子、松尾諭、神尾佑
師範はこの『SP』シリーズのために、本格的に格闘技の練習を始めたと聞く。ドラマ第1話において、ナイフ使いの大男(三代目魚武濱田成夫)に極めた、体落としから腕極めの袈裟固めまでの流れが大変美しい。真摯に武道・格闘技に取り組んだことが伺える。
『フライ,ダディ,フライ』(2005年)の頃は、師範本来の運動神経でこなしている感じでもあり、それが、ケンカ屋・舜臣のキャラにも合っていた。だが本作で演じている井上薫は警察官、しかも要人警護を主な職務とするSPである。各種武道や徒手格闘術を修めていて当然の役柄だ。かつ相手とタイマンを張るのではなく「制圧する」ことを主目的としているため、寝技に持ち込む展開が多いことにもリアリティがある。
先述の投げからの制圧なんかはそれこそ古来からあるようなオーソドックスな制圧法だが、本作で興味深いのは、自ら下になり、寝技に引き込むような”柔術的”な展開が見られることだ。柔術家・岡田准一の芽生えとも言える作品だ。
ドラマ第4話における、元・軍人テロリストに極めた跳び三角絞めからの引き込みは、理想的だった。空中でがっちりホールドし、ゆっくりと寝技の態勢に引き込んでいく。床が畳かマットなら、自分は背中から落下しながら一気に引き込んでもいい。だが、この時の舞台は病院だ。リノリウムの床に一気に落下した場合は、自らも大ダメージである。だからこそ、一度相手に踏ん張らせてから、ゆっくりと体重をかけて引っ張り込んでいく。空中でのボディバランスも素晴らしい。
ちなみにこのパターンの失敗例が、『ヘルドッグス』(2022年)における女殺し屋・ルカの跳び三角である。美しく跳びついたまでは良かったが、軽量ゆえ、相手に完全に踏ん張られてしまった。跳び関節で完全に持ちこたえられた場合、攻守逆転、頭からバスターで叩きつけられる。硬い床であれば、大ダメージどころではすまない。筆者も昔、同じパターンで叩きつけられたことがある(練習で)。下がマットだったためムチウチで済んだが、それでも一週間は頭痛が続いた。アスファルトとかだったら即死だろう。
そして、やっと映画版の話に入る。本作のハイライトは、なんと言っても岡田准一VS中井祐樹の夢の対決である。終盤に出てくる、一見普通の人っぽい刺客が中井祐樹である。日本MMA(総合格闘技)黎明期のヒーローであり、そもそもこの中井祐樹がいなければ、ここまで日本にブラジリアン柔術が根付くことも、なかったかもしれない。
中井祐樹、いや、この方も師範と同じく呼び捨てにするのはおそれ多いので、以後中井先生と書く。中井先生と言えば、やはり1995年のジェラルド・ゴルドー戦である。まだMMAが、スポーツと呼べるものではなかった時代だ。「目つぶしと噛みつき以外はオールオッケー」というような、今では信じられないようなルールの時代だ。身長で約30㎝、体重で約30㎏の差があるヘビー級の空手家に、中井先生は何度も組み付いていく。組み付かれるたびにゴルドーは、中井先生の目を親指でえぐりにいく。当然反則なのだが、中井先生は目に指を入れられても顔を背けず、組み付きを絶対に解かない。4R、執念で寝技に引き込んだ中井先生は、ヒールホールドを極めて勝利を収める。だが、勝利と引き換えに右目を失明していた。
この試合は、美談として語れるものではない。それ以前から反則魔的選手だったゴルドーを、キャラが立っているからと使い続けていた当時の格闘技界にも、大きな問題がある。ただ、失明する勢いで目をえぐられても顔さえ背けなかった中井先生の、その狂気的な勝利への執念には、尊敬と同時に恐れを抱く。話はまだ終わらない。この試合の数年後、くだんのゴルドーとの笑顔のツーショット写真が格闘技雑誌に掲載された。自分の目を(半ば故意に)潰した相手のことを、いくら時が流れたとは言え、水に流せるものだろうか。人間の大きさも、太平洋並みである。
こんな中井先生と師範なら、シンパシーを感じ合わないわけがない。映画内では、中井先生自身の腕が首に巻きついた状態で、その上からベルトで絞め上げて落としている。いわば、ベルトを使った肩固めである。師範と中井先生が、ああでもないこうでもないと語り合いながら殺陣の段取りを考えている図を想像するだけで、筆者は美味い酒が飲める。
……ちなみに未見の方に断っておくが、本作は「岡田准一がまったく女性にモテない世界線の話」である。
⑭『SP THE MOTION PICTURE 革命篇』(2011年)
監督:波多野貴文 共演:堤真一、香川照之、真木よう子、松尾諭、神尾佑
堤真一演じる尾形係長は、あまりにもカッコ良くて頼りがいのある上司だった。同じく師範との共演かつ、同じ金城一紀による原作・脚本の『フライ,ダディ,フライ』とは180度違うキャラであり、その俳優力に恐れ入る。
だからこそ、突然不穏な雰囲気を醸し出したままドラマ最終回を終えた時は、本気で驚いた。しかもあんなモヤモヤした終わり方しておいて、続きとなる映画公開まで2年以上待たせるとは、なかなかに鬼だ。当時のファンのみなさんは、この長い生殺し期間をどのような気持ちで過ごしたのだろうか。
タイトルは『革命篇』であり、事実尾形は日本国を相手取ったクーデターを起こす。だが、尾形にとって最も大事なことは、革命ではなく復讐だった。父親の死と一家離散の原因となった、麻田総理への復讐だった。そして麻田総理は、井上にとっても両親が殺される原因を作った仇である。SPという肩書きをかなぐり捨てた尾形は、ひたすら麻田総理を殺しにいく。
対して、まだSPとしての誇りを捨てていない井上は、身を挺して麻田総理を守る。井上から見ても仇となる存在を、命をかけて守らねばならない葛藤が伝わり、観ているこちらも苦しくなる。
ドラマ最終回と同じく、この映画2部作も、謎を残したまま終わる。尾形から井上に渡された手紙には、結局なにが書かれていたのか。そして、事件解決以来治ったと思われていた”シンクロ”による頭痛を井上が再び発症したところで、唐突に映画は終わる。井上は、誰に、何に、過剰反応したのか。
リアルタイムで本作を観た方々は、もう15年近くもモヤモヤしたままなのだろうか。あまりにも不憫だ。尾形が刑期を終えた15年後を描く、『SP 出所篇』を希望する。
⑮『コクリコ坂から』(2011年)
監督:宮﨑吾郎 声の共演:長澤まさみ、風間俊介、風吹ジュン、大森南朋
いつの頃からかジブリ作品は、非声優が主要人物の声を演じるようになった。正直に申し上げて、キャラの声に違和感を覚えた作品も、何本かはある。ただ本作の優しい世界には、いかにも声優な声よりも、非声優のオーバーになり過ぎない発声が合っていたかと思う。師範も長澤まさみも風吹ジュンも、その声に誠実さを感じる。
本作は、高橋千鶴(絵)と佐山哲郎(作)による、1980年に発表された少女マンガを原作としている。ストーリーの大筋は残しながらも、多くの改変を施している。
原作は、絵柄もキャラの性格も、いかにも昭和のラブコメ少女マンガである。なにかと女性キャラのバックに花が咲くし、ヒロインはおっちょこちょいだし、主要男性キャラはあまりにも中性的だ。
映画ではジブリチックなあっさりめの絵柄に変え、主要キャラの性格も、おとなしめにした。結果、ヒロイン・メルの芯の強さや、相手役となる風間俊の硬派ぶりが、より強調された。長澤まさみと師範の声にも、よく合っていた。
時代背景も、現代から昭和30年代の神奈川県に移されている。路面電車やオート三輪が走り、テレビからは『上を向いて歩こう』が流れている。『オールウェイズ 三丁目の夕日』(2005年)のような世界観が、心地よい。
ちなみに、風間が講堂の机を八艘跳びで跳び越え、そのまま壇上に上がるシーンがある。このシーンは、ちょうど同時期の『SP 野望篇』の自動車八艘跳びのシーンにインスパイアされたのではないかと思っている。
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