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それはさながらホームシックのような


この間のゴールデンウィークに、我が家は帰省先として十日間ホストファミリーをつとめた。私は三姉妹の長女として母の亡き後の実家で司令官となった。食料の調達、風呂の準備、ふとんの上げ下げ、洗濯物の乾燥整理、ゴミの始末という雑多なタスクをこなした。

そりゃあ波瀾万丈だった。
保育園年長さんから高校二年生までの子らがMAXで7人いたし、大人も同じくらいいた。生後4ヶ月の子犬もいた。オモチャは散乱し、お菓子はぶち撒けられ、ジュースはこぼれた。犬は嬉しくてオシッコをもらす。おジイは登場人物が多すぎて固有名詞が全く一致しない。絶えず子どもらの誰かが泣いたり喧嘩したりしている。襖は外れる。ワンワン。エーンエーン。バシャーん。ドカッ。
カオス。


巨大プリン


このわちゃわちゃと楽しい仲間が解散する前日。

私は、無印良品の人をダメにするソファに、妹らとぎっしりと座ってテレビを見ていた。背中あたりに感じる妹のすねの温かみ。足の裏にあたっている誰かのスエットの柔らかさ。それらは、団子みたいにくっついて過ごしていた幼い時の感覚そのものだった。妹たちは帰省してきて数日過ごしていくうち、髪はうちのシャンプーの匂い、衣類はうちの柔軟剤の匂いになってきて、すっかり我が家の「中の人」なっている。話す言葉もはじめは標準語だったけど、どんどん方言になってきていた。そして私は、全身をすっかり解放して親密な温もりのする人間団子に溶け込んでいた。

ふと甦る記憶。

小さかった頃、洋間と呼んでいた板張りの部屋へ行って家具と家具のあいだにできた小さな隙間に入り込んでいるのが好きだった。今思えば家具のレイアウトミスなんだろうけど、木製の棚とカリモクのソファの背面の間に子どもが入り込めるくらいの三角形の空間があったのだ。
少しホコリっぽい狭いそこに、お気に入りのぬいぐるみとしゃがんでじっとしていると妙に静かな気持ちになったものだった。薄い壁を隔てて向こうからは妹たちが見ているテレビアニメの音、母が歩き回るスリッパのパタパタという音がしていた。

もうすぐ夕方になって、お風呂に入りなさいって言われるよ。妹たちはアニメに夢中だから「お姉ちゃん先に入って」って主張するなあ。そろそろ妹たちは袋菓子を開けて食べ出すかも知れない。そしたら出ていって一緒に食べなきゃ。なんてことをつらつら思いながら、ぬいぐるみの頭に鼻をくっつけていつまでもクンクンし続けていた。
実家はとうに建て替わって、そんなスペースはもうないのだけれど、心があそこに飛んでしまう。


ぎっしり

そして現在、無印のソファの上で。

ずっと取り留めなく誰かが思いついたことをふわりふわりと気負わず話している。聞いていてもいいし、聞いてなくてもいい。なんなら寝ていてもいい。
めいめいに好きなことをやって、思い思い過ごす。
気安い雰囲気に包まれている。

子供たちはもうすぐ日が変わるというのに全員寝ていない。寝具が出払った押し入れの上段で、いつまでもいつまでもお話ししていた。寝る前のひととき、もう寝なよーと親たちに声をかけられてから、小さな声でボソボソと話すことのくだらなさったらない。そのかけがえのなさよ。

耳を澄ますと一人ずつ歌っている。“ボギー大佐”のメロディに合わせて…。
サル!
ゴリラ!
チンパンジー!!

子どもたちのゲラゲラ笑う声を聞きながら、私たち姉妹もお菓子とコーヒー牛乳で乾杯した。

ゴールデンウィークが終わったら、私はきっとせいせいして日常に戻って行くのだろうと思っていた。日常に戻るその日を心待ちにしていたところもある。でも、この瞬間がどんなに尊くてかけがえのないものであるかを、体のはじっこでは実は知っていて、くまなくあまさず味わっていた。
私たち親も、そして子どもたちも。

きっと、今夜を懐かしく思い出す日がくる。

私にとっての三角形のあの場所みたいに。
「笑いすぎると皺になっちゃう〜」なんて言いながら、お互いの歴代彼氏との武勇伝をつっこみつっこみ、姉妹の夜は更けていった。

そこには寂しい予感が漂っていた。







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らん・地中海性気候 ハトちゃん(娘)と一緒にアイス食べます🍨 それがまた書く原動力に繋がると思います。