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【#自分史③】あのときの彼女に伝えたいこと|#うつ病#アダルトチルドレン


【はじめに】

アダルトチルドレンやうつ病などの体験を取り上げた記事です。
心の調子が悪くなってしまいそうな場合は、読むのは控えてください。
無理のない人生を歩んで行きましょう。 









*記憶


あの時のことを思い出そうとすると

全てがぼんやりしていて霞がかかったように思える。


本当は全てしっかり覚えているけど

思い出したくないだけなのかもしれない。


もう30年近く前の話なのに絶対忘れない記憶。


忘れられない記憶。



*高校3年生でうつを発病


私はあの時17歳だったのか18歳だったか覚えてない。


いつ始まったかも忘れてしまった。

とにかく高校3年生になり大学受験のために勉強していた。

遅い出だしでとても焦っていた。


いつからあんなに自分が疲れていたのか

病んでいたのかも思い出せない。

ただ毎日がどんどん辛くなってきていて

受験勉強どころか時間割さえ

把握できないほどの状態になっていた。

いずれ全てが終わる日がもうすぐ来るような感覚があった。

ゆっくりゆっくり貧血になっていって

体が粘土のように重くなって

最後は訳がわからないままゆっくり弱って

ばったり倒れて全く動けなくなった。


説明するならそんな感じだ。

長い時間を経て

私は最後の段階まで行き着いてしまった。


誰も気づいても、助けてもくれなかった。



それからはもうとにかく首がだるくて

首から下の感覚がなくなるんじゃないかという程

背中や肩や腰がダルくて痛くてちょっと痺れていた。


寝ていてもだるくて辛くて

もういっそ殺してくれと思う程だった。


訳がわからないまま

「ああ、自分は壊れた」

「発狂して自分で自分のことわからなくなるのかな」


と思った。



「私は壊れてしまったの?」




💡当時の医療について


30年ほど前の話を今しているので

(思春期の)うつ病の捉え方も現在とは全然違います。


まず”心療内科”というものはほぼ見当たらなかったので

いきなり精神病院に行かねばなりませんでした。


当時は子どもがうつ病になるなんて

精神科の医師でもほとんど

想定していなかったと思います。


ちなみに私は近所の精神病院で

君がわがままだからそうなるのだ」と言われ

長い間医者不信に陥り病院に行けませんでした。


もちろん思春期専門の精神病院も

あったのかもしれませんが

今のように駅前にクリニックがあるわけでもなく

どう探していいのかもわかりませんでした。


もちろんネットもない時代だったので。
 



*当時の思考


その頃の私は頭は良かったけれど

変にマセていて心はひん曲がっていた。

「天才と狂気は紙一重。

昔の文豪(川端康成や芥川龍之介など)は天才だけど

最後は狂って自殺する人もいた。

でも私は狂うけど天才にはなれないんだな」


などと思っていた。

今になると、どれだけ病んでいたのだろうと思うけれど・・・。


それだけ私の頭の中は混沌としていて

悪いものが目一杯溜まっていた。

それがついに爆発したのだと思う。

「これをうつ病という一言で表すの?

心の風邪とか言うわけ?」

と思う位の破壊力だった。



今でも鬱っぽいとか心の風邪というレベルの鬱と

躁うつ病の疑いがあるような大うつとは

分けて考えて欲しいと思う。


そんな簡単な病気じゃないからだ。




日にちが経つにつれ

深い地下の奥にどんどん落ちていって

もう浮上することはできないと感じるようになった。

その後3~4年間うつ病はなかなか良くならず

心から頼れる医師もおらず苦しい日々が続いた。

元の元気な姿に戻るのが奇跡に思えて

奇跡は起こらないから奇跡なんだ


という当時大好きだった

作家の鷺澤萠さんの本の一文を

何度も何度も繰り返し読んだ。

横たわったまま涙が頬を幾度となくつたうのを感じながら。



唯一心を癒やしてくれた「読書」



*振り返って思うこと


今冷静になり振り返っても


「あんな絶望があんな若い子を襲うなんて!

神なんていない!

彼女(高校生の私)は何も悪いことしていないのに。」



と思ってしまう。


辛い環境の中でも何とか大人になれた私は

もし過去に戻れるなら

今すぐ猛ダッシュで彼女の元に走り寄り

大きな布で彼女の全身を包みこみ

強く抱きしめる。

そしてその体を絶対に離さない。


日本中の病院を駆け回ってでも絶対にこの子を助ける。

今の私の命をかけて。


*両親への思い


そういう風に思って両親には動いて欲しかった。

遠くから何が起こったかわからないと

オロオロ、オロオロ見ているだけの

親という名の未熟で愚かな男女二人を

私が許すことはない。

許したらあの時のあの子(過去の私)はどう思うの?

あの苦しさに誰が責任を負うの?



そう思えば思うほど絶対に許せない。

謝ったって関係が改善したって

この時の両親の対応は(敢えて言おう!)


クソでしかない。

あの子(過去の私)が死ななかっただけ

自殺しなかっただけ感謝するがいい。


これ以上あの子に何か求めたり奪ったりしたら

今の私がお前達の心を殺す。

私の心の中にはこれだけの怒りがあり

覚悟を持ちながら両親と接している。

今両親との関係は表面上は以前よりは穏やかだ。

だが私の深い怒りに少なくとも母は気づいている。

この話になると泣きながら謝ってくれるし

自分が生きてる意味なんかないと母は言う。

私も辛くなって泣いてしまう。

だからこの話は母の前ではもうしない。


いつもは深いところにしまってある。


時は戻らない




🍀今までうつ病に対して思いっきり怒ったり

親への思いを外に出したりしたことは

ほとんどありません。


なぜならそれは恥ずかしいこと

子どもっぽいこと

という思いがあったからです。


ずっと心の奥にしまって

怒りは我慢してきました。


でも怒りは消えたわけではないので

他のところで爆発してしまうことがあり

困りました。


今になるともっと早くこの思いを外に出せれば

早く楽になれたのかもと思います。



*今の思い


ずっと思いを心の奥にしまっておいては

あの時の彼女(過去の私)の辛さが報われない。

だからこうやって時々彼女のことを思い出す。

「今なら私が絶対に助けに行くからね。

ごめんね。大丈夫だよ。」

と言ってあげるのだ。


こうやってnoteに書くことで

またひとつ彼女の思いも救われるだろう。

彼女はひとつも悪くないのに

深くて暗いところに

記憶を押し込められるなんて酷すぎる。

お日様の元に出して

隠された辛い過去から彼女がゆっくりと起き上がって

前に進めるように

私は側で優しくずっと見守っていたい。



それが同じ過去の自分だとしても


私は彼女を救えるただ一人の存在だとわかっているから。




そして"彼女"

間違いなく今の"私"へ繋がっている。



【つづく】






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