鏡よ鏡よ、この世で...
ねえ、知ってる?
鏡って、国家が作ったんだよ。
ほら、三種の神器にもあるじゃん。
「鏡・剣・玉」…
それって呪い(まじない)と権力の道具だったの。
鏡って呪い(のろい)なんだって
これはある時娘が、学校で放った言葉である。
もちろん周りの生徒は始めはポカン、
そのあとは
「お前何言ってるの、やばいわ」
と次々に否定の言葉を投げかけた。
娘は少し悲しそうな、
でもスッと表情のない能面の顔に戻って、
すたすたと図書室へ向かったそうだ。
図書室まで行くにはエレベーターに乗る必要がある。
横に立った女の子が、鏡で前髪を直していた。
私の顔が、その鏡に一瞬映った気がした...
でも..
すぐに靄になって消えた。
図書室には鏡がない。
本だけ。
溢れんばかりの表紙だけがが目に入る。
鼻腔には紙の匂い。
人の場所の中にある、紙の場所。

何も語らない、
読まれるのを待っているのさえ不明な物体に囲まれていると安心する。
私には苦手なものがある。
人間と鏡。
私の世界はある時から一変した。
それは幼稚園に入った頃だっただろうか。
私にとって人間はただのモヤモヤした変な靄の集まりみたいな感じだ。
その人の感情によって赤くなったり青くなったり黄色くなったりする。
だから私は自分も靄なんだと思っている。
でも幼稚園に入って、
なぜか同じ服を着せられて、
両親も可愛いねって、
靄をピンク色にしてなんだか嬉しそうにしていた。

なんで嬉しいの?
幼稚園に行くと、
他の園児も私と同じ布を靄に纏って、
いろんな色に変化しながら動いていた。
食事の前後は手を洗う。
そこには不思議なものがあった。
実は家にもあったけど、置物だと思っていたのだ。
同じものがあって正直びっくりした。
それは鏡と言うんだと、後に知った。
驚いたのはみんながその板を見て布を整えたり、カナちゃん可愛い!と言ったりしてたこと。

同じ靄がどうして布を整えたり、
可愛いと板越しに言うのか訳が分からなかった。
それ以上にショックだったのは、
私だけがそれを不思議に思っていたことだった。
5歳くらいの頃、
扉があるのが不思議だった。
靄だから通れる気がして。
だって軽井沢に行った時、
霧が木の間を通り抜けてたから。
でも靄は物体を通り抜けられないらしかった。
だから私もいちいち扉を開け閉めして生活している。
小学生の時、
日本の歴史の本を読んだ。
そこで初めて三種の神器の話を知った。
その時私は理解したのだ。
あ!
国が鏡を作ったんだね。
だからみんな鏡を見て会社や学校に行って、
鏡を見ながら体を洗って、
鏡を見ながら踊ったりしてるんだ。
私にはわからないこと。
それは靄がなんであんなガラスみたいな、
金属みたいな薄っぺらい板を毎日毎日見ているのか。
だって靄なのに。

小学生6年になって、
中学受験の準備をしている時に政治について学んだ。
政府は国民のために働いてるんじゃなくて、
国民をコントロールすることもあるのだと知った。
その時また三種の神器を思い出した。
そっか。
国が鏡を作ったのは、
靄は美しいと思わせるためなんだね。
同じ形で、
美しくて、
識別できるものだって
思い込ませたかったんだ。
だって美しかったらみんな嬉しいし、
識別できたら簡単だし、
同じ形だったら同士だって思えるから。
私はあまり鏡を見ない。
だって靄なのに、鏡を見てどうするの?
友人たちは鏡を見て、
こうすれば可愛いとか、
この服の色が肌の色に合ってるからこれ!
とか話してる。
でも私には靄が布を纏ってるようにしか見えなくて、何が美しいのか分からない。
「マキちゃん綺麗だね」、
「アユミちゃん可愛い!」
っていえばなんだか
靄がピンクとかオレンジになって、
それは機嫌がいいってことだから私はそう言うことにしてる。

今大人になった私は、
今でも靄だけど、
そして周りにも靄しかいないけれど、
私も形があるように振る舞っている。
最近はSNSでこのファッションがいいとか、
このお化粧がいいとか情報が入るから、
その通りにやってみれば変なヤツ扱いはされない。
今日も私は机に座って、メイクの動画を見ながら支度をする。
ドアを開ける。
この家に鏡はない。
私は靄らしく靄の集団の中にスッと溶け込む。
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