連続ドラマ『今、私たちの学校は…』が面白い理由!
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<(_ _)>
まずは作品の基本情報をおさらいです!
【作品の基本情報】
■メディア:連続ドラマ(Netflix)
■ジャンル:ゾンビパニック・学園ドラマ
■放映話数:全12話(Season 1)
■発表年度:2022年
■製作の国:韓国
■映像監督:
イ・ジェギュ
キム・ナムス
■脚本作家:
チョン・インソル
■原作作家:
イ・ギュジュ
チョン・ソンイル
キム・ナムス
【キャスト】

演:ユン・チャニョン(当時:21歳)

演:パク・ジフ(当時:18歳)

演:ハム・ソンミン(当時:24歳)

演:パク・ソロモン(当時:22歳)

演:チョ・イヒョン(当時:22歳)

演:イム・ジェヒョク(当時:28歳)

演:アン・スンギュン(当時:28歳)

演:イ・ユミ(当時:27歳)

演:ユ・インス(当時:24歳)

演:オ・ヘス(当時:27歳)

演:イ・ウンセム(当時:23歳)

演:ハ・スンリ(当時:27歳)

演:イ・ギュヒョン(当時:38歳)

演:チョン・ベス(当時:52歳)

演:ペ・ヘソン(当時:48歳)

演:キム・ビョンチョル(当時:48歳)

演:イ・サンヒ(当時:39歳)

演:ユン・ギョンホ(当時:42歳)
【あらすじ】
突然主人公たちが在学する高校でゾンビウィルスが蔓延する。
感染者が増え、学園内は地獄絵図となる中、
主人公たちは生き抜くため必死に逃げ惑う。
さまざまな人間模様が交錯しながら、
犠牲者と感染は留まりを見せず広がるばかりだった。
【ポイント】
Netflixにて配信後3日間で世界29か国で1位を獲得!
※91ヶ国でTOP10入り
【面白さの秘訣】
「空間(エリア)」に成長を盛り込んでいた!
※以下考察本文となります。
ネタバレ含み長文なのでご興味ない方はご割愛下さい。
[ストーリー論視点での考察・評価・レビュー]
今回はNetflixオリジナルドラマシリーズ『今、私たちの学校は…』のご紹介です。
学校を舞台にしたゾンビパニックもので、さすがのコリアンクオリティといった質の高い面白さでした。
続編制作決定の発表からしばらく経ちますが、小生も心待ちにしております。
さて、今回は長文化を防ぐため以下の構成で論じさせていただきます。
「ゾンビものの効果簡単復習」
↓
「本作の秀逸点」
↓
「物語論ワンポイント解説」
まず、一大鉄板ジャンルとなっている「ゾンビもの」についての簡易まとめです。
※詳細はいずれ別作で記事にさせていただきます。
[1]いつ、どこから襲ってくるか、誰が死ぬか分からない緊張感の演出。
[2]「緊張と緩和」の自動演出。
[3]人海戦術による迫りくる大量ゾンビの映像迫力。
[4]葛藤ドラマの演出(家族が感染してしまった、殺すべきか、希望にすがるべきか…)
などなど。
そして、本作の秀逸点をまとめてみました。
[a]
ただのサバイバルホラーではなく、きちんと人間模様や関係性が融合されていた(友情や恋愛、対立、孤独、家族愛)
[b]
「ディストピア(終末世界)もの」の要素を取り入れていた(食べ物やトイレがない、などで親近感や人間くささの演出)
[c]
登場人物のキャラクターや特徴がきちんと確立されていて分かりやすい(ヒロイン、閉鎖的な委員長、二枚目高身長、力持ちのおデブ、自己中心的なお嬢様、秀才メガネ、卑劣ないじめっ子、いじめられっ子、etc)
[d]
ハンビ(半分ゾンビ)という新設定。こちらは諸刃の剣ですが、緊張感を削いでしまう代わりに「気になる謎」を生み、「治ってほしい!」という希望的観測が生まれ、キャラクターを延命することが出来る。視聴者の推しになりやすい登場人物にとても有効。途中離脱を防ぐ効果。
以上、ざっくりとまとめさせていただきました。
さて、ここからが本題ですが、本作で特筆すべき秀逸点として「空間的成長譚」という概念を考察させていただきます。
平たく言うと「活動(感染パニック)の場がどんどんと広がっていった」です。
本作はウィルス感染によるゾンビものとして、パンデミック(感染大流行)の要素でした。
科学室 → 食堂 → 学校全体 → 市街全体 → 国全体、といった感じで、だんだんと感染が広まり、エリアが拡大していく構図です。
この「空間の広がり」が、とても重要な役割を担っています。
ゾンビものの特徴を生かすためには、やはりスケールは重要な要素となってきますが、最初から世界中を巻き込んだ感染パニックとしてしまっては、それが基準でスタートするので、頭打ちになってしまいます。
そうではなく、だんだんと小さいエリアからの広がりをみせることで、エスカレート感やスリラー感が生まれる仕組みです。
「あぁ、感染者が外に出ちゃった!どんどん広がっちゃう!もう止めて!誰か止めて!これ以上広がったらマジでヤバいよー!」といった感じ。
通常、ストリートにおいての「成長」はキャラクターに盛り込むことが鉄板ですが、その成長を空間にデザインするのは裏方工作としてはとても秀逸だと感じております。
だんだんと少しずつ上がって行くから、その壮大さを肌で感じることが出来ます。
「物語においてスケールとは必要なのか?」という部分はケースバイケースですが、この辺りは逆説的に考えると分かりやすいかなと思います。
例えば、『ドラゴンボール』で、孫悟空と魔人ブウの戦いが二人っきりの亀ハウスで行われては、みんなの協力を得たり、誰かが吸収されるピンチや、元気玉のくだりが描けません。
映画『アルマゲドン』でも、主人公たちが宇宙に行かず、地上のコンピューター室の操作だけで隕石を破壊してしまっては、やはりショボく感じてしまいます。
エリアや空間が狭いと、そもそも人数制限がかかったり、派手な動きが出来なかったりと、物理的な問題が生じてしまいます。
特にゾンビものは映像の迫力やアクションの要素が切り離せないので、やはり巨大スケールはあった方がベターです。
「感染が広がる」と「エリアが広がる」はイコールなので、ゾンビものにおいて、この「空間的成長譚」はベストマッチの構図と言えます。
以上、『今、私たちの学校は…』という作品に秘められたの面白さの正体についての解説と考察でした。
ご高覧くださり、ありがとうございました!
(また読んでね^^♪)
追伸:
仕事中のボクたちってホントこのサムネ通りです。(とある社畜の独り言)

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もしサポートしてくれたら僕はもっと創作が出来て将来世界一の名作を創り上げて世の中のエンタメを底から向上することが出来るけど、決してサポートしてなんて言いません。
決して、えぇ、決して。
