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伊川津貝塚 有髯土偶 72:最大の見所は空白

愛知県新城市(しんしろし)川合(かわい)の乳岩の隙間を登ってトンネルになっている部分を通り抜けると、さらに遊歩道は上に向かっていました。

中央構造線 愛知県新城市川合 乳岩


愛知県新城市川合 乳岩登口/乳岩

遊歩道(乳岩周回路)の途中で真上に向かって撮影したのが下記写真。

愛知県新城市川合 乳岩周回路 乳岩

上記写真上側の炭酸カルシュウムが表面に露出していて白っぽい壁面が乳岩。
下側の白っぽさの少ない壁面が向かい側の山。

この直後の複数の連なる梯子を登った上に最難関の岩場があった。
そこには狭い踊り場しか無く、通路を角の無い丸い巨石が塞いでいた。
その通路には左足の靴幅しか入らない隙間しかないのに、巨石はよじ登らなければ超えられない大きさで、石のどこに角が無いことから手を掛ける場所が無く、左足を踏ん張って、右手の摩擦で石を抑えるようにして勢いをつけて乗り越えるしかない状況になっていた。
問題は勢いよく乗り越えた向こう側が見えないので、こちら側のような狭い踊り場しか無いと、乗り越えた勢いで向こう側の崖下に落下する恐れがあったことだ。
同様に乗り越えるのを失敗して後ろに戻ってしまった場合には尻餅をつくスペースが無いことから、後ろ向きに梯子下に落下する恐れがあった。
それで、引き返そうか迷ったのだが、背後からはがやがやと複数人が登ってくる声がしており、自分が引き返すと、すれ違うスペースが無い場所で複数人とすれ違わなければならないことになる恐れがあった。
それを言い訳にして目の前の丸い巨石を強行突破することにした。
なんとか片足で巨石を乗り越えると、幸いにも、そちら側には直接の降りの崖は無かった。
そして、この直後に鉄の階段を登って乳岩周回路の最高点を通過した。
この一連のもっともスリリングな場所はどこも狭くて、引いた画角の撮影ができる場所が無く、後で写真をチェックしたら、1カットも撮影していなかった。
乳岩周回路面の記事としては写真の無い空白のクライマックスになってしまった。

乳岩周回路を降り始めると、遊歩道の向かい側の壁を藤らしき根が横に壁面を這っていた。

乳岩 向かい側壁面

凝灰岩の表面を地衣類、苔、蔓系の植物が覆っている。
ここはスペースがあることから、降り始めて初めて撮影できた場所だ。

さらに降り始めると、急な通路は無くなり、同時に撮影の意欲も減退してしまった。
鉄の降り階段が姿を消すと、乳岩周回路は右に向かってカーブするようになり、白っぽい壁面を樹液ではないかと思われるものが黒っぽく染めている場所の前を通過した。

乳岩

気づくと、後ろでがやがや聞こえていた声がまったく聞こえなくなり、どうやら後続のグループは難所を超えずに引き返したようだった。
小柄な女性にとって、難しいコースだと思われる。

さらに降ると、樹木が乳岩壁面に融合している場所があった。

乳岩 樹木

かなり降ったことから、乳岩の頂が真上に見えるようになってきた。

乳岩

さらに降ると、乳岩洞窟と思われる洞穴下に到達した。

乳岩 乳岩洞窟

乳岩洞窟下に回り込むと舟形後背を持つ石仏が複数並んでいた。

乳岩 乳岩洞窟 石仏群
乳岩 乳岩洞窟 石仏群

この乳岩洞窟内に入って胎内巡りができることは後になって知ったが、現場では洞窟に入って行くのが憚かられたので、洞窟下を通過した。
「胎内巡り」とは母親の胎内から出てくる状況を洞窟などで擬似体験することで、自らを浄化することを言う。

乳岩洞窟を通過すると、降りの乳岩周回路は急な降り坂に変わった。

乳岩 乳岩周回路

この部分の乳岩の表面は白っぽい壁面に灰色が混じっている状況だ。

最後に乳岩を撮影したのが以下のカット。

乳岩

以後、ここから愛車に戻るまで、1カットも撮影していなかった。

鬼岩や明神山(みょうじんさん)に向かう人が誰も居なかったことと、すでに午後2時になっていたので空腹で、弁当を積んである愛車に早く戻りたかった。

(この項、終り)

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この週末は奥三河ということで、地元にコンビニが無さそうなので、いつものように弁当を持って行きました。しかし、行ってみると奥三河はバイク族のメッカであることが判りました。国道151号線の昼食時にはバイクが集団で駐まっているレストランが複数軒存在したのです。ただ、私は食堂や温泉は時間が取られるので、寄ることはありません。そして、早朝に出発すれば、奥三河に入る手前の豊川市内のコンビニには人気オニギリが捌ける前に通過できることが判りました。次回は弁当ではなく、短時間で済ませられ、野外では美味しく食べられるオニギリにしようと思いました。

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