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【人権の一人歩き】①虐めがないと、社会はもたぬ【偽善と向き合う日】

■【人権の一人歩き】■

虐めが良くないという話題がありましたが、
なんか、そうとは限らないケースがあるのでまとめました。
3DCG屋さんは、
このような安直な偽善を壊すことをモットーとしています。

例えば、医療が発達して人が死ななくなったら、我々は誰を生かして誰を殺すか考えねばならなくなってきます。

コヘレトの言葉 1:18 (新共同訳)
知恵が深まれば悩みも深まり 知識が増せば痛みも増す。

コヘレトの言葉 1:18 (新共同訳)

今まで神様が我々人類を殺してくださっていたのに、
我々は医療を発達させ、死んだほうが魂にとって幸せだった者を生かしてしまいました。医療が魔術だと言われる由縁かも知れませんね。

これからは、我々が永遠に生きられる人をそろそろ居場所がないので死んでほしいと思ったときに罠にかけて眠らせたり、臓器移植用に産んだが維持費がもったいないので普通の人間として働かせていた自分の分身である奴隷を当たり前のように食い物にする決断をする羽目になりました

この世界では、みんなが価値のある人間であるかどうかを気にし、疑心暗鬼になって、優れた人を何とか価値がない存在に貶めたくなってしまうかも知れませんね。まあそこまで賢い人ばかりであれば、そんな愚かなことは考えないかも知れませんし死ぬことがないわけです。しかし、自分が生きられるスペースと自分の体細胞と記憶したデーターをより安全にダビングして複数を最高機密保護上に保管しておきたいと考え、
もしかしたら、歴史を探っているうちにこの世界の方が人間の幸福度が高かったのではないかと提唱する変わり者がいて、うっかりあまり知能の高くない民族が可哀想になってしまい、迂闊にも自由にしたところ、そのような社会を作ることに金(※住居権利条約に対する借金の返済のようなもので貨幣ではないがおかげで金のように機能してしまったため、揶揄として金と呼ばれているが正確には金ではなく世界基準『価値』である)を集めざるを得ず、不運にもどうでもいいミスで彼らに乗っ取られて頭脳労働者が死に、結果的に国民がそう考えるかもしれません。

そのうえ、その為の対策がまたデーターを圧迫し、知られると暴動になりえるので、基地を占拠された地域ではなんとか彼らをなだめながら数を減らさざるを得なくなって、結果、事故を起こしてあらぬ方向に災害が発生しかねません。

まあそれも人生ですかね。(※と言っても人生があまりに長すぎるので自殺者も多いでしょう。私なら思い出すと自殺する主人公を何回も記憶を消されるパンドラみたいな天才科学者にして『メメント』みたいな映画にします)

人は神に従わず自分の決断に責任を持たねばなりません。頑張ってください。私はもう嫌です。神に従って安全圏で高みの見物をします。あえてアンラマンユを選択した皆さんの雄姿を目に焼き付けて、使えそうなところは真似して失敗を糧により良いイデアをつくろうと思います。皆さんの魂の犠牲は無駄にしないように努力いたします。
さあ、皆さん頑張ってください(*‘ω‘ *)

彼等のうち何人かは…それこそそんな医学を施してもらえる優秀な人間のクローンに限って、予想だにしない方向からそれに気がつくかも知れません。SFとしては使い古されているとはいえ、上手く書けばそれなりに面白いですよね。

さてその話が本題の「虐めが必要である」という議論とどうかかわるのでしょうか。以下のTwitterでの議論をお読みください。

■Twitterでの議論のコピー■

一見暴論ですが、これがないと大変だったりします。

witterからの引用では読みにくいですので一応コピーしましょう。

【いじめを排除し過ぎると機能しないが、虐めてはいけない人もいる】

これはややこしいのだけど、 ぶっちゃけ論理力がない馬鹿は虐める他ないんだが、 軍隊が、論理力のある頭脳を蹴って、 虐めだけやって全員に空気を読ませた状態だと、 その組織は間違った方向に向かって全員死にます。
なのでバカへは虐めは必要だが頭脳は虐めてはいけないという話。

これ言うと怒られるんだけど、 バカは教えてもわからないから、 ぶっちゃけ虐めそのものは必要なわけね。

ただし、教えてわかる高知能は虐めてはいけないのである。

だが先にバカが上に立っていると虐めていい馬鹿と高知能の違いが判らない。これが問題である。

まあ平たく言うと人間には階級があるのだ。

真理を理解したうえでそれが最適だと喜んで正しい選択ができる者と、 どう頑張っても真理を理解できないので、 嫌々他の人が行う正しい選択を見よう見まねで行わねばならない者とだ。

前者が聖書で言う「自由な者」で、
後者が混血すると参政権がない者である。

まあ平たく言うと、 モアブ人とアンモン人というのが聖書中の差別階級と言っていいんだが、 よくよく見ると、彼等は「ロトの子孫」で、彼は娘のモアブとアンモンに酒で酔わされて交配して生まれた近親相姦の子供たちなのである。まあダウン症の可能性が高い。

まあ要するにバカは生存権はともかく参政権はない。

日本はこれを導入しなかったので、 半グレやヤクザがわざと大量に頭も顔も悪い子供を産んで生まれたときから虐めと称して虐待して、いいなりにして投票数や土地の管理をさせたり年金などの社会保障を受け取って他人に介護させながらピンハネすることで大金持ちになっているクズとかがいる。

まあ生活保護は「寡と孤児」ぐらいにして、他は畑に落ちた落ち穂などを拾ったりしてこそこそ生きるようにして、みんなが貧乏になった時は誰も救われないようにするようなシステムにするしかないだろう。

こういう輩を何とかしないと正常な国家は存在しない。 馬鹿を抱えて時々たわむれにこいつらとセックスして子供を産む半グレの脳無し不細工が上にたってはいけないのである。 つまるところ、民主主義はクソ。

https://x.com/img_num_ix0

寡婦(未亡人の事)と孤児の保証は有名かも知れませんが、
聖書における弱者救済は他にもいろいろあったりします。
例えば、「食べ物が無くて困窮した貧しい人は、他の家の畑に落ちた落ち穂などを拾って食べてもいい(※脱穀気を使って撮り尽すのは禁止)」
「質屋は、貧しい人の外套や商売道具までは取り上げてはいけない(最低限自立できるような財産はとらないであげる)」「同胞に金を貸すとしたら、利子はとらない」など、助けるけどみんなが貧乏になった時はさすがに救われないという限界のあるシステムにしています。

「みんなが辛いときは、自分だけが助かるために国が何とかしろ!とワガママがいえるわけじゃない」という状態です。

■頭脳労働者は寄生虫ではないが、役立たずは寄生虫である■

今までの日本では「だから聖書はダメなんだ情けない」と言って聞かなかったかもしれませんが、これからはそうも言ってられなくなるでしょう。国民は自立しなければなりませんでしたし、気の毒でも弱い人は強い人のお荷物であることはある程度自覚しなければなりません。所謂、極限状態でのトロッコ問題や、遭難した時に誰を先に食べるかという問題です。

それだけではなく、「頭脳労働者と貧しい人や弱い人」は頭の悪い人からするとよく似ているので、例えば『菊と刀』という書籍では「武士という者は農民を虐める寄生虫の様なものだ」と書かれています。しかし外交問題や飢饉に対する御救い米やインフラ整備や悪人からの保護やインフラ整備や秩序の維持などをしていたので、寄生虫ではありません。ある程度頭脳労働の領主的な仕事をしていたとも言えます。

しかし税金をとられたくない農民は、脳と寄生虫の違いが理解できませんでした。江戸時代ではさほど貧しくない地域でも、税の調査に来るだけで一揆の原因となりました。実は農民というのは凶暴だったのです。一方で江戸時代の貧乏武士は内職をしてくいっぱぐれ、商人に家督を打っている始末です。本当に農民が可愛そうだったのかと言われると疑問はあります。

私は江戸に溜まっていて売春と幕府の悪口で儲けた下世話なマスコミがバカ騒ぎして、都会で食料が足りなくなったのに田舎に帰って食料を作るように命じた水野忠邦という優秀な老中に反逆し、自分を甘やかすだけの当山の金さんに懐く、自立心のないアホのイメージがあります。

まあ平たく言うと人間には階級があるのだ。

真理を理解したうえでそれが最適だと喜んで正しい選択ができる者と、

どう頑張っても真理を理解できないので、嫌々他の人が行う正しい選択を見よう見まねで行わねばならない者とだ。

前者が聖書で言う「自由な者」で、後者が混血すると参政権がない者である。

https://x.com/img_num_ix0/status/2006050947538248167

頭脳労働者もある意味である程度税金で暮らしているので自立しているように見えないでしょう。

しかし彼らは嫌々従うのではなく、「価値のある行為である」として正しいことが正しいと理解でき、掟を守ることができます。そうでない人は、どれだけ行いが立派で馬鹿で非力であるが故に罪を犯さない人生をこなしたとしても、特に知性や悟性や理性の類による「自制心がない」人です。自由になる価値がない無責任な人たちで、人権を本来認めるべきではない存在です。彼らは家畜のように財産として扱われるべき存在なのです。何故なら自由にすると必ず悪い行動をするからです。

もし、子供のときそれが理解できなかったとしても、
知能が高い者はいずれ真理を理解するので自由になれます。
例え、子どもの時間違ってもです。
それが神の子とそうでないものの違いです。
例え行いが完璧であっても、その心が神に従うことができない知能の者であれば永久に神の子ではありません。それはある程度は既に人間によって誤魔化されてしまう血統ではなく魂の話になるでしょう。

はっきり言っておきましょう。
世の中には区別があり全員平等の扱いはできません。ある人は目であり、ある人は手であり、ある人は足であり、ある人は心臓であり、ある人は中枢、鼻、膵臓、耳…彼らは適材適所で働かねば不幸になるだけなのです。

人体でも、怪我をしそうになると、我々は手や腕を犠牲にしても頭を庇うはずです。記憶があれば、次の人間に自分の事故の原因を語ることができます。脳が無ければ何もできません。できたとしても周りに迷惑をかけるだけです。出産や臓器移植ならわかりませんが、基本的には何もできません。逆も辛いでしょうが、今は脳波を測ってデバイスを操作できる時代なので本当に体が不要になる可能性を持っています。実際単純作業はロボットが補うことも可能になってくるでしょう。

肉体で細胞分裂をして入れ替わらないのは神経細胞です。皮膚細胞は何度も入れ替わります。そこには虐められなければ上手く生きれない体の部位も、少し虐めたら全てが腐る存在もいます。

人々の扱いは平等ではありません。
ある者は司祭なので血や死体に触れてはいけない時期がありますが、善きサマリア人は司祭ではないので、倒れた人に駆け寄って介抱することができます。神はすべての人を平等に救えとは言いませんでした。
「あなたの隣人を愛しなさい」と言ったのです。
(※しかし「行って、すべての民を弟子とし、父と子と聖霊の名によってバプテスマを授け、彼らにすべてを教えよ」(※大宣教命令)とはおっしゃいましたけれどね)

だから多少乱暴な発言ですが、「賢い素質がある者は虐めてはならないが、馬鹿はどう頑張っても理解しないのでダメなものはダメだと言って抑圧せねばならない」ということになります。

まあこれを言うと日本人からすると非国民扱いでしょう。しかし、そこは違うので違いははっきりしないといけません。

あれこれ面倒なことを言い出すムカつく頭脳労働者より、
立場が弱くて醜い男性とも直ぐに結婚してくれる大人しい障がい者、どちらが良いでしょうか。実は日本の庶民は「正直後者の方が気分がいい」というのが本音のようです。

みいちゃんと山田さん

実際、面白い学問より、目先の快楽に金を払う人が多い為、風俗の方が売れてしまうのです。

結局、人を助ける人まで死んでしまったら全員死んでしまいます。役立たずから減っていくが司祭は書籍をもって逃げ出すべきです。
しかし日本人は戦争すべき時ですら「政治家に前線に行け」という見当違いなことを言います。私が代わりに前線行くので、国家の頭脳を戦争の前線には連れて行かないでください。戦争は手足が行くべきで頭脳は後ろで指示をするのです。

景気がいい時に人権を保障し過ぎると破綻してしまいます。
あるいは甘やかしすぎて日本という国家がセルフネグレクト状態になってしまうのです。

■自立できない甘やかしによっておこる国民のセルフネグレクト■

日本のオタクに分かりやすく言えば、国民が「美緒48歳」という感じです。

「国家が福祉を維持できなくなったらどうすればいいの?」「国債が増えすぎているのにそのリターンを払えない時はどうするの?」「食べ物ってどうやって調達するの?」「政府が悪い!」「日本国2685年才」「国民生きていけないよ!」「配偶者、アメリカか中国、植民地、なし、食料自給率、低い」米軍「頭悪い癖に口うるさいし、借金(国債約1317兆円)も多いし、原子力潜水艦もあるので正直もう捨てたい」
『セルフ・ネグレクト』の無断使用かつクソコラである。国民よ自助してくれ。

「国家が福祉を維持できなくなったらどうすればいいの?」
「国債が増えすぎているのにそのリターンを払えない時はどうするの?」
「食べ物ってどうやって調達するの?」
「政府が悪い!」
「日本国2685年才」
「国民生きていけないよ!」
「配偶者、アメリカか中国、植民地、なし、食料自給率、低い」

米軍「頭悪い癖に口うるさいし、借金(国債約1317兆円)も多いし、原子力潜水艦もあるので正直もう捨てたい」

くそこら

サービスや契約はあるけどそれを受け取る方法はわからないという意味では、案外多くの日本国民は司法を知らないためにこの状態ですし、実際スーパーに食事が並ばず水道が止まった時どのように生きればいいのかわかっていない人も多いと思います。

それに、世界は「何で日本人だけ何もしていないのに幸せなのだ」と思うわけですので、内心そんなお荷物に死んでほしいと思っているはずです。

途上国のもっと悪い子であれば彼女を騙して荷物を奪いたくもなるかもしれませんね。そのような事態に陥った時、彼女は今まで周りが法律を守ってくれるのが当たり前だった世界しか知らないので、それを防ぐ手段や法的手続き、あるいは緊急時の自衛手段や正当防衛を理解していません。

最初は外国人も気の毒に思って結婚することで土地をいただこうとするかも知れませんが、我儘で怠け者であまり姿も美しくないとなれば、変に人道的なLGBTを認めないのが悪いなどの知識はあるので妙な価値観の自己主張をすることもあって、途中、面倒くさくなって折り合いがつかず、殺して土地だけ奪われるかも知れないのです。

しかし、彼女が無知蒙昧のまま大人になって、そのままずるずると長生きしてさらし者になるよりは、残酷ではないのかも知れませんね。私なら殺してほしいと思います。

日本の民主主義は、保証し過ぎた人権に自分自身が耐えられなくなってしまいました。みんな、自分だけ辛くて低賃金で負け組だと呼ばれる仕事をするのは嫌でした。自分だけがお絵描きだけで飯が食える世界で生きていたかったのです。自分をセルフネグレクトで裏切ってしまったのです。

『アメリカのデモクラシー』トクヴィル

そんなわけで自主的に生きようとする不断の努力、つまり憲法12条を守ってこなかった日本人とは、何も教わっていない、
孤児のような可哀想な民主主義なのです。

ここで聖書のヘブライ人への手紙を読んでみましょう。

ヘブライ人への手紙 12:7 (新共同訳)
あなたがたは、これを鍛錬として忍耐しなさい。神は、あなたがたを子として取り扱っておられます。いったい、父から鍛えられない子があるでしょうか。
ヘブライ人への手紙 12:8 (新共同訳)
もしだれもが受ける鍛錬を受けていないとすれば、それこそ、あなたがたは庶子であって、実の子ではありません。
ヘブライ人への手紙 12:9 (新共同訳)
更にまた、わたしたちには、鍛えてくれる肉の父があり、その父を尊敬していました。それなら、なおさら、霊の父に服従して生きるのが当然ではないでしょうか。

ヘブライ人への手紙 12:7 (新共同訳)
ヘブライ人への手紙 12:8 (新共同訳)
ヘブライ人への手紙 12:9 (新共同訳)

■必ずお金が稼げれば何でもいい医療業界の偽善■

日本人は、本来は存在しない障碍者への愛を偽造して、国家が疲弊する程福祉が膨れ上がっていきました。
実際は、妙にデザインが古くて分厚くて重い医療機器や備品を売りつける場所をつくる為だけの病院や介護施設になりつつあります。

重工業も食料品を作る人たちも、わざわざ本当は愛してもいない障がい者のために物資を作り続けるのです。必ず定期的に買ってくれるし、施設運営をしている人が食べるわけでも使うわけでもないので、ケチったり在庫を買ってもらったりするのに非常に便利なのです。

私は足を怪我して入院したことがありますが、骨折用の器具のデザインが重くてダサすぎるのです。何一つ技術研究をしておらず自分ができることしかしなかった古い企業の仕事だなと思いました。医療用の靴を購入すると言われたのですが、スニーカーのようにクッションでもついて骨に負担がかからないような内容なのかと思いきや、値段が高い割に私が普段はいている靴と同じサイズなのに一回り小さくて安い素材で薄っぺらかったです。
骨を大事にするような仕組みは何もなく普通の靴でした。
国の金ならいくらでも高くとれと言わんばかりの値段設計や品質の悪い商品ばかりで笑ってしまいたくなるほどです。

政権そのものも薬剤業界に有利な法案が通っており、家電によってダニや蚊を殺すような家電製品が日本でだけで製造できず販売できないような状況です。おかげで中国からの輸入品でようやく蚊を殺す装置を購入できます。
三洋電機の洗剤の要らない洗濯機なども、洗剤業界からバッシングを受けて人が自害する事態になったそうです。しかし何も報道されていません。日本の報道機関の怠慢にはがっかりさせられます。

■体育会系にとって他人のミスは全員の死である■

このように言葉で鍛えられるか、体で覚えるかは子供の性質によります。
それぞれ生き方が違うので、人によっては虐めが必要です。

体育会系の人のする仕事は、まあ例えるならば、基本的には「全員で一度に重いものを持ち、その重いものがバランス悪く落ちるとと爆発する類」だとかまあそういうやつです。平たく言えば、一人がミスると本当に甚大な被害になるような仕事です。

その中で、はっきり喋らなくて、気が弱く、体調が悪くても怒られたくないからそれをはっきり言わずにメソメソして小さい声で途中で帰りたいだとか言い出すタイプの人や、うっかりしていてふざけていていつも遅刻したり、ミスが多く、他のことを考えてぐちぐち士気を下げるような言説をばかり話す私のような問題を見つけるのが得意な人達がいたら困りますよね。こいつらと一緒にそれを運ぶとしたら、最悪の場合は、全員が死にます。自分らだけではなく関係のない通行人なども死にます。少しこぼすと大損害で失業者も沢山出るような仕事だとします。

一見暴論ですが、『体育会系において「出来ねえ奴がいる」ということは「死ぬ原因」だから「全員が死ぬくらいなら虐め殺す」のが生存戦略である』と話すように一人が虐められて死んだ方が全体が生き残るような職場の場合虐めた方がましだという話になってしまうのです。

追い出すぐらいにしてほしいものですが、しかし体育会系組織で本当に使えない人間かどうかは一回スポーツなどをして振り分けをしなければなりません。本当は頭脳労働者のトラウマになりやすいので、みんなの前でそうすることはあまりよくないのですけどね。(※今の時代は「適性研修」としてゲームにして個人的にできるかも知れませんが、昔は公開処刑だったことでしょう。しかも頭がいいのに指揮をとっても皆が言うことを聞かないかも知れません)

これで、未だ頭脳と肉体の内部の違いが分からない社会では、彼らを虐めてはいけないというのは無理があります。体育会系は「ミスをしたら死ぬのだ」という危機感を持たねばならない職場です。そして、恐らく田舎では禁止されても現実にそぐわない死人を出すお上を無視した活動がなされていたと思います。しかし一度女性を都会に集めてから地方で婚活させるわけですので、混血することで少しずつ発覚している状態でしょう。前時代的では可哀想、しかし新しい社会にしたら今度は誰も仕事をしなくなるのです。どうしたらいいのでしょうか。

まあたぶん、正直に話して最適解を探ることが文学系にとってのせいかいでしょう。

例えば先ほど話した「個人的でプライバシーが守られる運動ゲームによる適正訓練」などの処置です。これなら自分で運動や間違えない注意力の適性がないことがわかって虐められずに済みますし、優秀な人材が得られます。

しかし子供を危険な場所や地方に返してしまいたくない親がわざと訓練で成績を悪くする可能性がないとは言えませんのでこれも机上の空論になることでしょう。そうなると、やはり生贄を決めるように虐めが発生する可能性が高いです。

■ぶっちゃけ混血はなるべく避けた方が効率は良かったと思う。

同様に、頭脳労働者と体育会系の人材の混血も本来は避けるべきだと感じます。頭が良くて運動神経がいい人を古代ではケンタウロスと呼びましたが、残念ながらこれは頭脳労働者としては実はデメリットがありますし、運悪くケンタウルスの逆みたいなのが産まれると、とても可哀想なのです。
身体は飛んだり跳ねたり働き者になりたいのに、肉体は頭脳労働者で直ぐに疲れてしまい、たぶん、相手の気持ちに寄り添ったりするので、痛みに敏感で、食べたいのに食事量も少ないでしょう。

ケンタウロスの逆(ネットで拾いました詳細不明)

歴史的な書物における「馬」とは基本的に「性欲が強い」という意味です。
ケンタウロスも隠語で、昔は「君主たるもの性欲で判断を鈍らせてはいけない」ものだったのですが、奴隷は繁殖して性欲を餌に働いてほしかったから、性欲が高い品種を作って、奴隷にしていました。
しかし性欲のお陰で大変成果が高く勇敢だったので、馬という品種は大変増えました。また女性も彼が働くので楽だったこともあるでしょう。
また、もてたい奴隷があまり戦闘向きではない君主に対しても「戦に行かないのは狡い」とか言い出して働かなくなったため、仕方なく戦闘向きの肉体である馬と交配しなければならなくなった人種の事をケンタウロスと言います。人種や適性の話をすると角が立つので、隠語にしているわけですね。
西洋とか神話とかの動物に例えられている何かはだいたい実物のキメラではなく「肉体の特技」をさします。

(※余談ですが、同様に、牛は性欲が強くないがタフで仕事をしてくれます。ミノタウロスは、可哀想なことに、働くのが好きなのに肉体は官僚や君主のようなものです。晩年キャベツを作っていたネロ帝みたいな人だったのでしょうか。山羊は何を示すのか、私にもまだよくわかりません。恐らくは王族だとは思います。牛と似ているがなまじ君主のような知能を持っているので、牛より上りは少ないし余計なことをするという意味でパーンやバフォメットになりやすいような気がします。ブーブー文句を言うので豚にも例えられるようです。恐らくは本来よくないという意味なので本当は個体値精査もやったほうがいいのでしょうね)

これは、「俺達は働いているのに頭脳労働者ばかり安全な家の中にいて狡い」と言われて仕方なくケンタウロス化せざるを得ないのでしょう。
そして彼は英雄になりやすいので、みんながケンタウロス状態になるのです。しかし神のいいつけを守った人の中では少し中途半端な肉体でしょうね…

私もたぶんそうです。恐らく私はケンタウルス系の肉体です。日本では数が多いのですが、恐らく学校教育で全員一律文武両道の肉体を目指した結果、一番成績がいいのが、「走るのが早く、座学も成績がいい」我々のような個体ばかりになってしまったのです。ある意味で中途半端とも言えます。

交配のバランスの度合いにしてみれば、脳というものは容量に制限があるので、恐らく運動神経をよくすると、どこかの記憶容量を犠牲にするのかも知れません。例えば私は、頭で難しい漢字を思い浮かべられないが、手を動かすことで何となくその漢字を書けるようなこともあります。手の動きで文字を記憶しており、文字そのものの映像は覚えてないということですね。

他の人の感覚は聞いたことがないので知りませんが、例えば私の母は、教科書をめくることを思い出すと教科書全てを読むことできる記憶力があったそうです。羨ましいですね。

私にも兄弟姉妹にも遺伝しませんでした。作業をするときは手順を間違えない場合は、私の肉体記憶が役に立つでしょう。実際、私はゲームなどが得意と言えばそうです。

しかし、手だけなのでしょう。右と左がよくわからなくなるので、ステップなんかはそんなに得意じゃないと思います。しかし、自分の裁量で動けそうなボクシングなどは得意そうです。空間把握はできないのでボールがどこから飛んでくるかよくわからず、目で見るとバレーボールで顔面キャッチしそうになりますが、音のお陰で何とか打てます。車に乗ると恐らく事故になったら、とっさに自分だけ庇って助手席の人が死んでしまいそうだなと思います。全然車体感覚が身につかないのです。奇跡的に一回で免許を取りましたが、正直怖くて乗れません。

しかし、つま先が妙に発達していて、足は特に訓練しなくても非常に速くなりました。その為みんな私が運動神経がいいと勘違いしています。たぶんとくによくないです。動体視力そのものはありそうです。特に足を怪我をする前は、階段を3段くらい飛び越えながら、音もなく上るので、曲がり角で後ろに歩いていた人が、私が急に消えたと思って驚いていました。面白いので何度かやってたらばれました。

よく「戦争を主張するなら政治家が前線に行けよ」という話がありますが、
政治家が来ても意味がない理由の一つとして、優秀な政治家であればあるほど、純粋に理論上の問題点を探すのが得意なわけで、
単純労働をしていても気をとられてミスをする可能性が高いからというものもあるのでしょう。

それらは今まで科学では証明しえない事だったはずです。なんかよわっちくて戦いが下手な気がするような感じがするとは思いますが、それが努力不足の怠慢だという言説は、恐らくは科学的に正しくないのです。

しかし、たぶん、古代ではきっとそのような言われ方をしたのかも知れません。なぜ科学でそれがわかる前に神様がそれを止めたかどうかは知りません。そして、言うことを聞かなかったので混血しました。

仮に、一回できてもすごく気疲れすると思います。練習の時間、頭を使えないですし、頭を怪我する可能性もあるので、無駄だからやめてほしい所です。現場にとっても政治家にとっても視察ぐらいにしてほしいわけですね。

まあ中にはハードでまったく間違えない律法を主張し、
論理を真直ぐに主張するタイプのハードな堅物の政治家や、
俳優タイプの政治家もいるとは思いますので、
そういう政治家がそれをやってもいいかも知れませんが、

俳優系の政治家は、庶民を扇動して、自分がやりたいことを好きにやらせてくれない頭脳系の人たちを、攻撃するように暴走する可能性が全くないとも言えませんし、ハードな堅物のタイプは正当過ぎて「上手に嘘をつくのが下手」なタイプだと敵に有利になりかねず、柔軟性が低い可能性がなくもありません。教師や大勢の兵士への指揮を挙げる教官としては素晴らしいかも知れませんが、(※私は軍事には少しも詳しくないのですが、)政治家や総司令官としては、もしかしたら難しいのかも知れませんね。

たぶん、もう少し狡い人間が必要なこともあるでしょう。

個人的には、できれば俳優系の政治家を介在しないで、頭脳系の政治家が安全な場所でカメラや音声を操作した方が良さそうです。あるいは本当はその堅物の人が圧倒的な武力を持った方が良かったかどうかは私はまだわかりませんが、たぶん「人類全滅」の恐れもあるタイプな気がするので、総司令官としてはちょっと悪いかも知れません。もしかしたら、もう少し色気が必要かもしれませんね。個人的にはわかりやすいし信頼できるので頭が悪く融通が利かないタイプであれば、めんどくさいと思うこともあります。

あるいは俳優系の政治家の首に爆弾でもつけて傀儡にでもおけば安全かも知れませんが、個人的にはあまり好きな状態ではないです。

まあその話はさておき、体育会系の人たちと頭脳労働者系の人たちが一緒に義務教育で勉強するというのは非効率です。

体育会系の場合は、いじめは必須なのです。理解する前に正確に行動するのが彼らの仕事ですので、議論ではなく虐めによって行動しなければなりません。彼らはそういう生き物なのです。

しかし頭脳労働者にはPTSDが深く発症するので同じ育て方をすると折角知能が高いのに疑問を投げかけたりすることを士気が下がることだと思われてしまうので禁止されてしまって宝の持ち腐れになります。

これらの子を同時に一緒に育てることは問題があります。

人の頭脳には、傾向というものがあるので、親の仕事や本人の脳科学や医学的な科学的適性を測って、人によっては「虐め」のように見えることを行う必要はあったのでしょう。

何でもかんでも「いじめ」を絶対悪とするのは間違いであるということです。

この問題は、日本の学校教育の科学的根拠のない平等思想が招いた結果です。科学的根拠もないのに、勝手に聖書を否定して、本来あるべき育て方をせずに多くの子供たちを不幸な環境で育てて、その力を発揮させることができなかったわけです。子供は皆イエス様のところに連れていくべきでした。

個人的には、歴史はもっと古いのでしょう。
司祭がいない状態にして、
農民と武士を一緒にしたことが敗因だったとは思います。

そもそも、農民と武士はもともと同じです。
ローマ兵も普段は農家をやっている人たちが有事に蜂起するのです。
イスラエルも同様です。士農工商が間違っており、本来は、王や司祭…頭脳労働者と、兵役もある農民と、奴隷と、市民権はともかく混血すると参政権が無くなるダウン症などの可能性がある知能が低い人とが区分されるべきでした。そのように区分しないと、子育ての際に無駄が生じかねないのです。

このように人は平等ではないのです。

もう混血した我々を元に戻すことも増やすこともできません。
私は罪を犯さなかった人間のために土地をきれいに残して人間が住みやすいようにお迎えすることしかできないのです。
もう増えて産まれても苦しむだけの子供を産まない方が良いのです。

私はまだマシな方のケンタウロスだったので、日本ではそれなりに優秀で賢く運動神経も良いので褒められることが多かったです。
それでも、やはり、全世界的に見れば私は十分出来損ないなのです。
「そんなことはない、それは、悪しき優生論だ。生きとし生ける者何かの意味がある」という人もいるかもしれません。しかしそういう人は本当に分子生物学をやったのでしょうか。異常プリオンに何の意味があるのでしょう。地上に人間に寄生するハリガネムシやロイコクロリディウムが存在しない意味を考えたことがあるでしょうか。海にはいるはずなのに。では私は死ぬために生まれてきたのでしょうか。はじめから殺してほしかったです。

貴方が私に価値があると言うなら、
私や私のような半端者や障碍者に生まれてから言ってください。

それは偽善なのです。

ほかならぬ私がこういいましょう。私は聖書に書かれた神が私を支配していない国なんかに生まれたくなかったと。

これを否定して、虚しい無知の自由と甘やかしを私に与えた日本人は明確に偽善者です。例えば不良がバイクで事故を起こすことを、日本人は既にアメリカで重々承知でした。しかし、それらを売るために、不良漫画を販売しました。

資本家たちは私たちが辛い思いをすることを知って、
お金が儲かるからそれでいいと思って商品や社会形態を押し付けたのです。

私はこんな世界に生まれたくありませんでした。
彼らが私に夢を叶えろというのであれば、こんな夢を見せた日本や日本にこれを持ち込んだ者たちが永遠に呪われて搾取される側となり、無知蒙昧で盲目のまま、奴隷や家畜のように誘導されて虐待され続け食い物になりもてあそばれて嘲笑の的となるように願っています。

私が生まれた日よ、呪われよ。

#聖書から学ぶ人権の一人歩き

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