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お姉ちゃんになった日。

保育園から帰ると、
娘は真っ先に妹のところへ向かう。

「ただいまー!!」
そう言って、小さな頭をそっとなでる。

それから、ぎゅっと抱きしめる。
まだ二歳二か月。

抱きしめられるより、
抱きしめてもらいたい年齢だと思っていた。

妹が生まれる前、私はずっと心配していた。
甘えたい盛りなのに。

赤ちゃん返りをしたらどうしよう。
「ママを取られた」
と思わせてしまうんじゃないか。
寂しい思いをさせてしまうんじゃないか。

そんなことばかり考えていた。
実際、娘は変わった。

「わたしの!」
お気に入りのおもちゃを
抱えて離さなくなった。

「ママ!だっこして!」

抱っこを求める回数も増えた。
イヤイヤ期も始まった。
私はそのたびに、
やっぱり我慢させているんだと思った。

でも、ある日。

洗濯物を取り込んで部屋へ戻ると、
娘が妹におもちゃを差し出していた。

「あい。」

妹はまだ受け取れない。
それでも娘は嬉しそうだった。

また別の日。
妹が泣くと、
「ママ、ないてるよ!」
と私を呼ぶ。

「だっこしてあげて。」
そう言いたいのだろう。

人形遊びをしている時も同じだった。

小さな人形を胸に抱いて、
背中をとん、とん、とん。
眠るまで揺らしている。

私はその姿を見るたび、
胸がいっぱいになった。

そういえば。
妊娠が分かった頃、
私は保育園の園長先生に相談した。

「赤ちゃん返りが心配なんです。」

先生は笑って言った。

「大丈夫ですよ。」

「子どもはね、
自分がしてもらったことを
していくしていくものなんです。
だからきっと大丈夫ですよ」

その時は、「そういうものなのかな。」
くらいにしか思わなかった。

でも今なら分かる。
娘が妹の頭をなでる手。
泣けば駆け寄る姿。

「だいじょうぶ。」
と言いながら、人形を抱きしめる姿。

その全部に、
私は見覚えがあった。
私が娘にしてきたことだった。

抱きしめたこと。
頭をなでたこと。
泣いた時に寄り添ったこと。

「大丈夫。」

と何度も伝えたこと。
ちゃんと届いていたんだ。

私はずっと、
愛情は与えるものだと思っていた。
でも違った。

愛情は、
子どもの中に残っていくものだった。

最近も娘は、
「ママ!」と泣く。
抱っこをせがむ。
「わたしの!」と怒る。

まだ二歳。
甘えたい盛りだ。

それでも保育園から帰ると、
一番に妹へ駆け寄る。

「ぎゅー。」
その小さな腕で、
精いっぱい抱きしめる。

その姿を見るたびに思う。

娘は妹が生まれた日に、
お姉ちゃんになったわけじゃない。

泣いて。
甘えて。
やきもちを焼いて。
たくさん抱きしめられて。
たくさん愛されて。
その愛情を少しずつ妹へ返せるようになった日、
娘はお姉ちゃんになったのだ。

子どもの成長とは、
背が伸びることでも、
言葉が増えることでもない。

誰かを大切にしたいと思える心が、
静かに育っていたことに気づく瞬間なのだと思う。

娘は今日も妹を抱きしめる。

私は何も言わない。
言葉はいらなかった。

あの日、
私が娘を抱きしめたように。
今日、
娘は妹を抱きしめている。

愛情は、
教えるものではなく、
受け継がれていくものなのかもしれない。

ちいさな腕の中には、
私が何度も娘を抱きしめた時間が、
静かに生き続けていた。

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