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【小説】『顔のない女神』

#創作大賞2025 #オールカテゴリ部門 #小説

顔のない女神

『彼女』は幼い少女にとって「頭部がなくても美しさやパーソナリティは表現できる」と自分を確信させ、肯定してくれた啓典のような彫刻だった。

 少女は幼い頃に彼女をテレビで見た。
それはまるで希望の光のように輝いて見えた。

  その姿はなんと雄弁で美しいことか。

 この世はレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』こそ絶世の美女だという。
 『モナ・リザ』はその表現技法や背景にある謎、度重なる盗難の末に価値が上がったこともあり、その神秘性や希少性も相まって美しいとも言われている。
 しかし、大きな瞳に涙袋、すっきりとした鼻筋、少しだけふくよかな体にしてはシャープな輪郭、そしてその微笑みを見せる唇。それらは普遍的な美を表しているようでいて、まるで何世紀も続いてきたルッキズムの象徴の様だ。

 では彼女――『サモトラケのニケ』はどうか。
彼女には鎖骨の少しから上、つまり頭部がない。この彫刻は、ギリシア文化とオリエント文化が融合されたヘレニズム文化の傑作の1つである。ヘレニズム文化は東西文化が融合してできたものであり、当時の東西の「美」が合わさった万国的な美しさに違いない。同時期の最もよく知られた彫刻の1つ『ミロのヴィーナス』と同様にきっとさぞ美しい容貌であろう。

 だが私たちには知りようがない。
 なぜなら顔がないのだから。
 よって想像することができる。

 清岡卓行は『手の変幻』にて『ミロのヴィーナス』が美しいのは両腕がないからだとし、その両腕にこそロマンがあり想像を自在にさせる、と述べた。
 『サモトラケのニケ』も同様に頭部と腕もなく、どのような容貌か想像し補完できることにロマンがあるのかもしれない。

 『サモトラケのニケ』は、フランスはパリのルーブル美術館に貯蔵される「勝利の女神」の彫刻である。
紀元前190年頃の制作とされ、サモトラケ島から発見された。高さ244cm。大理石製。
 一説によると翼の生えた勝利の女神・ニケが空から船の先端へと降り立った様子を表現した彫像であると言われており、ギリシャはロードス島の人々が、シリアのアンティオコス3世との戦いで勝利したことで、勝利の女神ニケ(ニーケー)に感謝して制作したとも言われている。
 そしてその女神の最大の特徴は、頭部と両腕がない。小舟の上に力強く立ち、背中から生えた大きな両翼を広げている。

 そして少女にとって『サモトラケのニケ』は頭部がなくても美しさやパーソナリティは表現で、そのままの自分でいていいと肯定してくれた彫刻だった。

 相貌失認相貌失認 そうぼうしつにん――――顔の認識ができない少女にとって『モナリザ』の顔は美しいのかよくわからない。
 モナリザの顔の良し悪しがわからないのだから、当然他の人の顔の認識なんでできるはずもなかった。
 そして同年代の女の子たちがどのアイドルが好きか、そしてなぜそのアイドルに黄色い悲鳴を上げるのが全く理解できなかった。
 アイドル文化が盛んな日本において、顔の認識ができないとアイドルの美醜や区別ができず、また好みもないため話の輪に入ることが難しい。
 小学生女子特有のアイドル談義、「平成Hey!Say!JUMPの中で誰が好き!?」と聞かれても少女にはその男性アイドルグループの10人は絶妙な髪色の違いとこれまた凝って統一された衣装の絶妙な違いくらいでしか判別できない。どのアイドルが好きかがアイデンティティになる小学生女子の中で、その質問に答えられない少女はかなり浮いていた。

 確かに「顔こそ全て」。シンプルな理論である。
 もちろん、ダンスのうまさや歌のうまさ、内面の良さなどパーソナリティで好きになる人もいるだろう。しかし、それは中学生や高校生になって段々と増えてくるまで、少女の周りは「顔」こそ全てな理論で生きるオマセな女子が多かった。

 歳を経るにつれて「個」が認められて生きやすくなってはいったが、同時にSNSの登場と流行により外見至上主義も同時に苛烈になっていった。
 顔が「全て」ではないにしても顔が「良い」ことは大きな評価対象の一つとなり「生きやすい」ことは間違いなかった。

 だが『サモトラケのニケ』は頭部がなくてもこんなにも美しく躍動的で人の心を打ち惹きつける。
 今にも風を切る音がしそうなくらい大きく広げた翼。KーPOPアイドルのようにカリカリで「ちゃんと食べているのか心配になる」ような足ではなく、健康的で今にも動き出しそうな脚、滑らかにひねった体。力強く一歩踏み出しそうな足先。雄弁な動きに合わせてスルスルと落ちてしまいそうな、まるでシルクのような布。
 全てが揃っていなくても美しい。むしろその方が美しい。

 数ある美術品を収蔵しているルーヴル美術館の中でも圧巻の存在感を放っている。
 この世は顔が全てではない。
 だがこの世は顔の良し悪しで「勝ち」が決まるようなものなのに、「勝利の女神」には顔がないなんてなんと皮肉なことか。

少女――外堀凛には顔のない『サモトラケのニケ』こそ女神であり啓典だった。

凛の整形 高1夏


「美織は一重より二重の方が絶対可愛いわ。大きくなったら整形しましょう。」

 ママは小さい頃から私に何度もそう言った。自分の顔は可愛くないのか、と思うようになったのはいつからだったか。

 高校生1年生の夏休み。整形手術をして一重から二重になった。

 中野美織は最高の気分だった。憧れのアイドルに近づいた気分だった。
 たかが二重、されど二重。小さな違いだが大きな変化である。高校生にとってはアームストロング船長にも負けないくらいの大事件である。

 メイクがとても楽しい。二重幅に載せたアイシャドウがこんなに可愛いくなるなんて、二重にしたほうが可愛くなると言っていたママは正しかった。
 整形させてくれたママに感謝しなくちゃ。他の家のお母さんは高校生なんて早くに整形手術を受けさせてくれなんてしない。
 未成年の整形手術には保護者の同意が必要だ。それで拗れる場合もあると聞く。私はママが推奨派だったからすんなり整形手術ができた。
 間違いなく親ガチャ成功だと思う。

 二重にしてから私の人生は輝き出した。
 もっと可愛くなろうとダイエットにも精が出たし、髪のケア、まつ毛を伸ばすのに一生懸命になった。
 洋服を選ぶのも楽しい。店員さんも優しいし褒めてくれるし、どんどん似合いそうな服をすすめてくれる。
 友達と休日にランチを食べていたら、店員さんは私の方を向いてメニューの説明をしてくれた。いつも私じゃない可愛い子に向かって説明するのに。
 チェーンのカフェで友達とおしゃべりしていたら、他校の男子高校生に連絡先を聞かれた。今まで私はこういう時私だけ無視されて空気みたいに扱われるのに。
 美容室も、子供の頃から通っていた馴染みの美容室ではなくわざわざ表参道の美容室に変えた。おしゃれな美容室に行っても、ほとんど気後れしなくなった。
 自分に自信がついてきて、気分はどんどん上がっていった。
 学校では前より明るくなった可愛くなったと、言ってもらえるようになっていった。
 よく知らない同級生がたまに「整形w」と陰で笑っているのを知っているけど、そんなの気にしない。コンプレックスは誰もが持っているはずで、それを解消できない僻みに違いない。
 だって私は数ヶ月前よりは断然可愛くなった。

 ママは子供の頃から「可愛くないと男の子にモテないわよ」「お嫁さんになれないわよ」とよく言っていた。
 流石に時代錯誤ではないかと思っていたが、どうやらそれは本当で、サッカー部のかっこいい彼氏もできた。
 人生で一番大切な華の高校生活をこんなにキラキラして過ごせるなんて、本当に最高だ。

学年でブスだと有名なあの子、髪は天然パーマで爆発しているし、身だしなみも悪い。いつもすっぴんでぽっちゃり体形。縮毛矯正すれば良いのにしないで、メイクの勉強も体形改善もしていない。
あの子なんかよりよっぽど私は努力していて可愛い。むしろなんで自分をよく見せようと思わないんだろう。全く理解ができない。そんな風貌で女子高生を終えるなんて絶対に嫌。
 噂で聞いたけど、あの子のお家はとても堅物で、学生の本文は勉強なのだから縮毛矯正など不必要と言われたんだとか。かわいそうに。
あの子は親ガチャに失敗したけど、私は親ガチャに成功したんだ!

 私は整形手術ができて本当にラッキーな女子高生だ。

クラス替え 高2

美織が二重整形をして半年、春になった。
高校2年生となり、一時は校内のどこに行くうにも視線を感じていたが、もう美織が整形したことなど誰も話題にはしなくなった。

美織の通う高校では毎年クラス替えがある。
成績上位者の凛と下位ランナーの美織という成績に差のある2人が2年次で同じクラスになったのは、全くの偶然だった。

クラス替えの日、凛は1番に昇降口のクラス替え発表を確認して自分の席につき、後から来た友達を迎えていた。
「凛、おはよう!来るの早いね!1年一緒だね、よろしく!」
「凛ちゃん、1年またよろしく」

人望のある凛は後から来た友達に囲まれていた。

美織は遅刻魔なので、校門が閉まるギリギリに来てクラス表を確認し、始業のベルが鳴る直前にクラスに入ってきた。
美織の前のクラスも一緒だった女子生徒が話しかけてきた。

「美織、今日もギリギリじゃん」
「セーフだからいいの!1年よろしく!てか担任誰だろね」
「本当それ!小牧ちゃんだといいな〜」
「お前ほんと小牧ちゃん好きな」
「ほんと推し〜」

 小牧ちゃんとは、現代文担当の国語教諭で、定年間近のおじいちゃん先生である。
 おじいちゃんだが堅苦しくも厳しくもなく、溺愛している、奥さんのことをちゃん付けしていることが生徒にばれ自身もちゃん付けで呼ばれている。
 年齢のわりにすらっとしているが白髪なので若々しいのか老けているのかギャップのある先生だ。怒るときは怒るが、叱ると怒るをきちんと区別している先生で、生徒のためを思って叱っているのが生徒にもわかるので嫌いになる生徒は少なかった。教え方もわかりやすく現代文が小牧ちゃんの担当になると「あたり」と言われている。学校内でもかなり人気の先生のうちの1人である。

 チャイムと共に入ってきたのは生活指導のベテランの女性教員で、美織より前に座っていた友達はがっくりしていた。美織を振り向いて顔をしかめている。
 担任だろうがなかろうが、無駄に質問を作って小牧のところに遊びに行くのは目に見えているので、美織は肩をすくめた。

 ホームルームが終わり、女子たちはなんとなく凛のところに集まっていた。

「1年よろしく〜」
「私外堀凛、よろしくね」
「知ってるよ、成績トップ。今度勉強教えて」
「もちろん」
「私中野美織、よろしく」
「知らない人いないわ」
「それな」

 と言って女子生徒2人は爆笑していた。やはり美織の二重整形の噂は相当広がっているようだ。
 凛がそれよりさ、と口を開く。

「担任吐夢先生がよかったな〜」

 吐夢とは小牧の下の名前のことである。おじいちゃん先生にしては随分キラキラしたハイカラな名前だが、高度経済成長期に生まれた小牧が外国人に名前を覚えてもらいやすいようにと小牧の父親が名付けたのだという。

「え!?外堀さんも小牧ちゃん好き!?」
「凛でいいよ。吐夢先生、最推し!!」
「まじ!?一緒!あとで一緒に小牧ちゃんとこ遊びに行こ!!」
「行く行く!」
「中野さん、今日のメイク可愛いね!アイライン、もしかしてカラーついてるやつ?」
「そう!よくわかったね!私の推しYoutuberとのコラボ品なの」
「可愛い!中野さんメイク詳しいんだよね?今度私の化粧品一緒に選んで欲しい!」
「もちろんいいよ!」
「やった〜」

 と凄まじいスピードで会話が繰り広げられていく。いつの時代もこの年頃の女子というものは生き急いでいる訳ではないのだろうけど会話のスピードが段違いに早い。

 SNSが流行って世界が広がっても、凛たち女子高生は身近に「推し」を作って楽しんでいた。
 そのほうが日常は楽しくなるし、学生の本分でもある勉強も親しみやすくなるからである。
 もちろん「本命」はそれぞれアイドルやアーティスト、俳優などいるのだが、通っている塾の講師、近所のカフェ店員、コンビニの店員など至る所に「推し」を作ってはRPGのセーブポイントのようにして楽しんでいる。

 クラス替えの日が終わり、美織は今日配られた書類をスクールバッグに入れていれていた。
 今日一日は高校2年初日ということもありほとんどがオリエンテーションだった。全校集会、学年集会、クラスのホームルーム、進路指導。
 さすがに疲れた。

 今日から同じクラスになった女子生徒が話しかけてきた。
「中野さん、通学路って何線使うの?」

 美織たちの高校は3路線が重なっており、そこそこ大きい駅だった。快速が止まりアクセスがいいことから、様々な方面から生徒が通っている。

「私は山手線」
「そっか、私は池上線なの。山手線だと凛と一緒だね。凛!中野さん山手線だって!」

 凛に向かってそう叫んだ。
 一緒に帰る友達を探していた彼女は「また明日ね、ばいばい」と言って、凛が呼応する前に去っていった。

「ねえ、環状線なの?一緒に帰らない?」

 と、凛は美織に近づいてきて誘ってきた。
「内回り?外回り?」
「外回り」
「一緒!方向も一緒なんだね!」

2人は歩き出した。

「最寄りはどの駅?」と美織。
「品川。中野さんは?」
「まじ?新馬場」
「嘘!超近いじゃん!」

 凛は互いの家の近さに驚いていたが、美織は別のことに驚いていた。
 品川駅というと高層ビルが立ち並ぶオフィス街で、新幹線も止まるターミナル駅である。毎朝ゾッとするようなものすごい人数の会社員たちが下車しオフィスへ向かって大行列をなす駅でもある。駅から徒歩5分の好立地のオフィスでも通勤ラッシュの時間帯には所要時間は倍以上かかるらしい。働く場所であってほとんど住む場所ではない。美織が知る限り品川駅で人が住める場所は、駅近のあのタワマンしかない。
 対して美織の住む新馬場という駅はというと品川駅から乗り換えて数駅のところにあり、品川駅で働く人たちが多く住む小さな駅である。加えて区が違うので数駅隣という近さでもかなり違いがある。
 働いてみてわかることだが、そもそも東京23区に住めるというだけですごいことではあるとはいえ、凛の住む区は桁違いである。名だたる大企業が本社を構えていることもあり都内の中でもかなり財政が潤っていると言われている。その区に住んでいるというだけで「金持ち」と揶揄われるほどの区だ。
 近くても区が違うだけで全然違う。住みたくても住むことが難しいことは高校生の美織でも知っている。

 美織はすぐに確信した。きっとこの子、お嬢様だと。

「私、中野さんと話してみたかったんだ。だから一緒のクラスになれて嬉しい」

 凛はそう言ってにっこり笑った。

「なんで?」
「美容系のことに詳しそうだから、色々話聞きたいなと思って!私、メイク苦手なの。やっぱりメイクとか好きなの?」
「そうだね、Youtubeとかインスタみて研究してる」
「すごい!ねぇねぇ、みんなで化粧品選び行くとき私も一緒に行きたい。いいかな?」
「いいよ、放課後みんなで見にいこう。メイクも教えてあげる」
「ほんと!?嬉しい!」

 凛はわぁっと顔を綻ばせ嬉しそうな顔をした。
 美織には確信があった。この子、メイクは少しガタガタで下手だけど元が整っているし、磨きがいがありそうだと凛の横顔をみて思っていた。

 凛たちの高校は私立だが校則が比較的緩く、一応染髪とメイクは校則で禁止されているがよほど濃くなければ黙認されている。生活指導の日にすっぴんでいれば比較的許されるという緩い学校だった。そのため美織のような帰宅部員はメイクして制服を着崩している女子生徒がほとんどだった。その一方で体育系の部活動は部則が厳しいところが多く、メイク厳禁でスカートは膝丈絶対、Yシャツのボタンは手首も含め全締め、ネクタイとリボンも緩めてはいけないという徹底っぷりだった。
 帰宅勢のなかでも美織はバッチリメイクでスカートはやや短めでYシャツのボタンは2つ開けてリボンは緩く着用するという令和にしては派手めな女子高生スタイルだった。
 凛はスカートこそ少しだけ短いがYシャツのボタンを1つ開けるだけでリボンも緩めずのシンプル仕様の清楚系女子高生だ。メイクも覚えたてという感じで、微笑ましい女子高生そのものだ。

 見た目が正反対の2人は取り留めもない話をしている間に品川駅に到着し、また明日ねと言って別れた。

 美織は帰宅し自室のベットに横たわると、今日の満足感に浸っていた。
 2年生初日にしてはすごくいいスタートを切れたと思う。多分1軍に入れた。この一年は安泰だと、確信した。

仲良くなる2人 高2学園祭

季節は秋になった。

 美織には高校1年の冬にできた彼氏がいる。同じ学年のサッカー部で顔もかっこいい。勉強もそこそこできるタイプで、文武両道の好青年である。友達に自慢できるタイプの彼氏だった。
 2人は夏休みにたくさんデートして夏を満喫していた。

 凛とも毎日一緒に帰っているうちに学校内でもほとんどの行動を一緒にするようになり、放課後は凛の予備校がない日はほとんど一緒に遊んでいた。
 夏休みには互いの家にお泊まりに行くほどの仲となり親友のような関係になっていた。
 やはり美織の読み通り、凛は1人っ子のお嬢様だった。タワマンの一室はまるでモデルルームのように綺麗に整頓されていて、優しそうなパパとバリキャリだというママが出迎えてくれて、一緒に夕ご飯を食べた。上品で嫌味がなく教養がある感じとはこのことかと、美織は高校生にして理解した。
「ドラマみたいな家族だね」と言ったら、「そんなことないよ、結構厳しいし、共働きだから寂しい思いもしてきたけどね」と困ったように笑っていた。


「あつーい」
 凛は教室の椅子に座り、足を広げてスカートを上下にバサバサさせて空気を取り込んでいた。もちろん下に半ズボンの体操着を履いているからできることだが、はしたないと言えばそれまでである。
「凛うけるw 」
 とクラスの女子たちは笑っていたが、凛はお嬢様だがたまにそういう人目を気にしないおじさんのようなことをする。そのギャップが可愛くおもしろく、そういうところも人気の所以だった。
「かき氷は今まさに必要だよ〜」

 美織たちの学校は秋に学園祭があり、部活動に属していない2人はクラスの出し物の準備に追われていた。
 美織たちのクラスはかき氷屋に決定していた。大学の学園祭ではないので凝った食品を扱うのは衛生的にも予算的にもかなり難しく、多数決で簡単なかき氷になった。とはいえ昨今日本の夏は10月になっても暑く、かき氷は人気の出し物の1つだ。
 体育館のステージで行う演劇やダンス、広い教室を貸し切ってのお化け屋敷などの大きい出し物は人員が確保できる体育系部活動の伝統行事となっており、クラス単位の出し物は飲食系が多い。

 美織たちの高校は中堅〜進学校のレベルに位置しており、制服がかわいいのもあって志願者数が多く倍率が高い。いわゆる自称進学校と呼ばれる高校である。本物の進学校には届かないが文武両道を重んじ勉学にも気を抜かせない。生徒の自主性でどこにでも行ける体制を整えていると甘い謳い文句で誘うタイプの学校だった。そのため親の印象は良く、親子ともに人気の学校だった。
 なかでも学園祭は活気があり、多くの中学生や親たちが学校見学も兼ねて大勢やってくる。美織は制服と近さが目当てで最初はなんとなく志望したが、学園祭の活発で楽しそうな雰囲気を見て第一志望に決めたほどだった。

 そして今年のその学園祭からミスコンが開催されることになった。今年からより一層盛り上がりそうな予感があり、生徒はみんな浮き足立っていた。
 夏前にミスコン出場者の志願と推薦を募り、夏休み明けに投票で選ばれた者がファイナリストとして学園祭のステージで自己アピールを行い、最後に今年のミスを決めるという長期戦である。教師たちの反対を抑え生徒たちの力で開催に至った経緯もあり、学園祭実行委員たちの熱の入れようは高校の学園祭にしてはなかなかなものだった。SNSのおかげもあってか、かなり盛り上がりを見せていた。
 もちろん美織は気になっていたので、絶対に見る予定である。

 凛と美織は学園祭当日クラスの出し物で売り子を担当することとなった。準備には部活動の出し物やそもそもの部活動で忙しいクラスメイトに代わって、積極的に参加していた。衣装を作ったり看板をデコレーションしたりと楽しんで準備していた。たまに理解不能な行動をする男子と衝突することもあったがそれはそれでお約束というやつで学園祭の思い出のひとつである。

 2人は益々一緒に過ごす時間が多くなった。

「凛、学園祭一緒に回るでしょ?」と美織は当然のことのように看板に色を塗っている凛に聞いたが、凛は申し訳なさそうに美織に謝った。
「ごめん!学園祭は予備校の友達と、あと彼氏が遊びに来るから案内しないといけなくて、少ししか時間取れないかも!」

 美織は一緒にいられないことがショックだったがそれよりも―――

「え!?凛の彼氏くんの!?!?」

別の作業をしていたはずの同じクラスの女子が振り返って叫んだ。一斉に凛のところに集まってきて学園祭の準備どころではない。

「いつ!?」
「他校の子だよね!?」
「1日目!?2日目!?」
「凛の彼氏見たい!!」
「去年も来てくれたよね?」
「一緒に来る友達イケメン!?紹介してよ」

 凛は一斉攻撃を受けてのけぞっている。

「来るのは1日目だよ。彼氏はイケメンとかではないから期待しないでね。スポーツ刈りだし。友達は知らん。」

 スポーツ刈りに失礼である。
 美織は会ったことこそないけれど、話を聞いていたり写真を見せてもらったことがある。
 正直残念ながらイケメンではなく、どこにでもいそうなフツメンである。でも真面目そうでいい人そうだった。

 クラスメイトたちはイケメンではないとわかるとサッと引いて生き、一斉に自身の作業に戻っていった。凛は首をすくめたが、クラスメイトのこういう潔いさっぱりしたところは結構気に入っていた。

 凛はこっそり美織の腕を引き、「その時紹介するね」と耳元に口を寄せた。


学園祭1日目。

 美織はクラスメイトに混ぜてもらい一緒に行動していた。バスケ部名物のお化け屋敷にも行ったし、ダンス部のステージはレベルが高く圧巻だった。
 お祭りはやっぱり楽しく、10月だというのに夏日なこともあってクラスの出し物であるかき氷はとてもよく売れた。

 クラスのかき氷屋の売り子をしていた時だった。
 「凛」と見知らぬ太めの声が彼女を呼んだとき、クラスの女子たちは「来た!」と一斉に視線を向けた。
 そこには日焼けしたスポーツ刈りの男子高校生が立っていた。

 黒のスラックスに半袖の開襟シャツ。裾をきちんと腰にしまっていて、野球部用のリュックを背負っていた。清潔感のある好青年といった感じだ。
 そして写真ではわからなかったが背が高い。

 遠巻きに見ていたクラスメイトたちは明らかに彼を品定めしていた。
 呼ばれた凛はそんなこと気にせず嬉しそうに駆け寄っていき、少し話してから美織を呼んで紹介してくれた。

「どうも、加茂梨常尋です。凛がいつもお世話になってます。いつも凛から話聞いてます。」
「……こちら、こそお世話になってます。中野美織です。」

 まさかお世話になってますと言われるとは思わず、美織はタジタジになった。夫婦か。
 常尋はクラスメイトたちにペコっと一礼して、クラスメイトたちもペコっと首で挨拶する。
「じゃあ美織、案内してくるね」と凛は常尋と一緒にきた友達と去っていった。

 遠巻きに見ていたクラスの女子たちは、「釣り合ってなくね?」の一言から凛がいないのをいいことに色々言い始めた。

「フツーだったね」
「凛ならもっとイケメンいけるっしょ」
「正直さ、『ない』わ」
「背は高いけどさー」
「真面目そう」
「恋人というより結婚相手に良いタイプ?」
「それ!」
「早くね?」
「もっと遊べよ凛〜」
「まじ彼氏ラッキーだな」

とほとんど悪口を言って笑っていた。
男子は男子で「俺のが良くね?」などと言っている。

 こういう影口は嫌だなと思いつつも、概ね美織も同じ感想を抱いていた。
 凛は容姿が整っていて成績優秀である。性格も良く、明るくて女子だけでなく男子の人気も高い。彼氏がいるとわかっていても凛に好意的な気持ちを持っている男子も少なからずいる。
 確かに礼儀正しく良い人そうではあったが……にしてもである。誠に申し訳ないがわざわざ常尋を選ぶ理由が見つからない。

 凛は1つ上の学年のイケメンの先輩に告白されていなかっただろうか。なんであっちにしなかったんだろう……。
 顔の美醜にこだわっている美織には理解できなかった。


学園祭2日目。

 学園祭も盛り上がってきたところで2日目のメインとなるミスコンが始まった。
 美織はこれは凛と一緒に見たいということで時間を合わせてステージを見ていた。

 今年は初年度ということもあってか志願者が多くは集まらず3人がファイナリストだった。
 メインステージで各々自己アピールを行なっており、バレエやダンスをする者もいれば歌う者もいて、特技を披露していたが、全力というよりは少し恥じらいながらやっているのが目に見えて伝わってきて、若干盛り上がりに欠けていた。
 最後にファイナリスト3人が集まり、舞台を飾ったところでそのステージは終わり、投票となる。
 投票は学園祭入場時に配られたパンフレットに投票用紙がついており、それを投票箱に入れてもらうという方式だった。急いで集計し、発表は夕方にある2日目ステージの最後で、大トリでの発表である。

 優勝は3年の美人で有名な先輩が獲得し、ほとんど予想通りだった。
 大トリにしては盛り上がりに欠ける気もしなくもないが、その後すぐに後夜祭が始まるので問題はない。

「予想通りだったわ」
「あの先輩綺麗だって有名だもんね」
「嗚呼、世の中顔だわ〜」
「そうかな、あの先輩バレエもすごかったよ?」
「自己アピールなんて建前だよ。みんな顔で選んでるって」

 そうかな、と凛は真剣に言った。
 美織は、凛は容姿端麗の側の人だからそうじゃない人の気持ちがわからないのかなと、水の入ったコップに一滴黒のインクを落としたような、心に少し失望のような気持ちがじんわりと芽生えた。

「凛は中身で彼氏選んでるもんな」美織は少し切り込むことにした。

「何、急に」
「顔の話。正直凛ならもっとイケメンいけるよ。なんで彼なの?」

なんでって……と凛は言葉を詰まらせ少し照れながら続けた。

「保育園のときからずっと好きだったから今更理由を聞かれても……」

美織は雷が落ちたかのような衝撃が走り、言葉を失った。

 今時あまりに珍しすぎる純愛である。きっと漫画でも盛りすぎな設定に違いない。そんなことがあり得るのか。いや無い。私が担当編集者なら真っ先に企画をボツにする。
 SNSが流行し、マッチングアプリが主流になり、選択肢が格段に多くなっているこの令和の時代に、保育園から好きだだったなんて理由を聞くとは思わなかった。友達はSNSで他校の恋人を作っていたり、大学生になった先輩はマッチングアプリでできた恋人をSNSで自慢してはすぐ別れたり、またマッチングアプリを始めたりしているのに。

「もう家族みたいなものだから、今更常尋がいない生活とか考えられないんだよね」

 美織は頭がクラクラした。
 一周回って「初恋って叶うんだ……」と呟いた。

 美織は凛のせいで折角楽しみにしていたミスコンの記憶が吹っ飛んだ。

美織ミスコン選出 高3春〜夏休み

 高校3年となり、美織と凛はクラスが分かれた。
 美織は文系コースへ、凛は頭のいい生徒たちが集まる特別進学コースへ進級した。

 クラスが分かれても、2人はほとんど毎日一緒にお昼ご飯を食べ、一緒に帰っていた。
 凛は大学受験に向けて特進コースの勉強が忙しくなったり、予備校の勉強もハードになり、受験生らしい勉強づけの日々を送っていた。
 一方美織は「大学生になれればいいや」くらいの気持ちで日々を過ごしていた。授業に出て、凜と遊ばない日は真っ直ぐ家に帰り、SNSを見てモデルやインフルエンサーの投稿を見ては「もっと可愛くならなきゃ」とメイク研究や、いつかまたしたい整形手術の部位について調べていた。
 到底受験生とは思えない舐めきった日常である。

 そういうわけで、こんなにも真逆な2人が仲良いことは周囲には不思議に思われていた。
 実際のところ持ちつ持たれつといった関係だった。凛は赤点スレスレの美織の勉強を時々見てくれていたし、美織は最近のメイクの動向などを凛に教えるなどしてお互い楽しんでいた。
 まだ春なのに大学受験というストレスに押しつぶされそうになっていた凛にとってはそういう小さなことが大事な息抜きになっていた。
 お互い趣味も性格も何もかも真逆なところが、良かったのかもしれない。

 そして、忙しくもプレッシャーもないはずだった美織が崩れ始めたのはGWが明けた頃からだった。
 美織が匿名の推薦多数で今年度の学園祭のミスコン出場者に選ばれたのである。

 誰もが応援してくれた。絶対優勝だねといってくれる人もいた。
 だがそんなに簡単なものではなかった。
 美織は未だかつてないプレッシャーに押し潰されることとなる。

 今年の学園祭のミスコンは去年の反省を活かして積極的にSNSを利用して盛り上げようとしていた。
 エントリーからファイナリストになるには、実際の投票とSNSでの投票を導入したのである。

 SNSの投稿が必須になったことで、「preentry_no3.miori」と学園祭用の個人SNSアカウントを作成し、自己アピールをすることとなった。

 最初こそ応援メッセージや可愛いなどのリプライが多かったが、アンチやネガティブなコメントも増えていくようになった。
 もちろんエゴサーチもするため、余計に自分にとって悪いコメントが目立ってしまう。

 最初こそ美織は気にしなかったが、1つのコメントが100回美織の頭を駆け巡るようになっていった。
「大丈夫。アンチコメントなんてよくある。気にしない気にしない」と少し動悸のする自分の心を落ち着かせていた。
 SNSに疎い凛も流石に心配になり「気にしちゃダメだよ」と声をかけてくれたが「大丈夫だし!」と気丈に振る舞っていた。

 夏休みに入り、生徒は自由登校になったが3年生の多くは学校主催の大学受験対策の講座を受けるために登校していた。
 部活動を引退した生徒たちは遅れた分を取り戻すために先生たちに食らいついていた。特進コースの面々用に難関大学の対策講座も開かれていたが、凛は外部の予備校をメインに受験勉強をしていたのであまり登校はしなかった。
 各々が各自の目標のために大学受験に向かうなか、美織は周りに流されるままに登校していた。

 美織はその日も真夏の刺すような日差しの中、夏の講習を受けるべく学校へ向かっていた。駅から学校まで歩くだけなのに汗だくでメイクが崩れることを心配していた。背中も汗だくだ。
 受験生らしく登校途中に単語帳の一つでも開けばいいものを、全く勉強する気にならない日差しだった。唯一の救いはノイズキャンセリング付きのイヤホンを耳につけているから蝉の鳴き声が聞こえないことくらいだった。
 やっと校門を抜け昇降口に辿り着き、クーラーの涼しい風に大きな深呼吸をして「助かった〜」と思いながら上履きに履き替え、夏季講座の教室に向かおうとイヤホンをしまいながら階段を登ろうとした時だった。
 知っている声が上から聞こえてきた。

「てか美織がミスコンに選ばれたの笑うんだけど」

 階段を登る足が止まった。
 階段の少し上でクラスの女子の聞き慣れた声が聞こえてくる。

「それ〜」
「誰だよ推薦したやつ」
「あいつ整形してからまじ調子乗りすぎ」
「やってあれかよって感じじゃない?」
「正直すぎ〜」
「さすがに他もいじるでしょ」
「二重整形とメイクじゃ限界あるって、あの顔じゃ」
「整形ってやり始めたら止まらない、って言うもんね」
「最終的に整形費用が賄えなくてパパ活したりするんでしょ?」
「え〜やば。必死じゃん」
「最終的に夜職になったら笑うんだけど」
「てか美織成績悪いじゃん、それしか道なくない?」
「あの顔で夜職いけんのか?」
と一通り悪口を言ったところで大爆笑していた。

「てかさぁ絶対凛のが可愛いくない?」
「それな!凛のが元の顔がいいし頭もいいし性格いいし。完璧だもんね」
「でも凛は目立つの好きじゃないからミスコン断りそう」
「本当に可愛い子って自分から目立ったりしないじゃん」
「確かに」
「そう考えると美織のメンタル強すぎじゃね」
「そりゃそうだよ、あのレベルで堂々と凛の横にいるんだもん」
「言い過ぎ〜」

きゃははは、と大声で笑っていた。
彼女たちにとっては取り止めもない話だ。
だが美織の心を抉るには十分だった。

「とりあえず美織は『ない』でしょ」

 登校中にかいた背中の汗が一気に冷えていく。

 美織は振り返って急いで靴を履き替え学校から出た。
 仲が良いと思っていた友達に悪口を言われたと知ってそのまま同じ教室で講義を受ける気になれなかった。
 よく知る友達からのそんな陰口は、ネットの匿名性のあるアンチコメントよりも深く深く美織の心を抉った。

――――そんなの私が一番よく知っている。凛の方が可愛い。

 電車に乗り、品川駅で降りて大型チェーンのカフェに入った。
 適当にアイスコーヒーを頼み、店員から奪うように受け取って空いている席に着く。
 まだ午前中で、いつも満席に近い店内はほとんど人がおらず、出勤前のサラリーマンや、なんの仕事をしているのかわからないがなぜかカフェで仕事をしている私服姿のおじさんやおばさんくらいしかいなかった。
 まだ心臓がバクバクしていた。

――大丈夫。私は僻まれているだけ。僻んでいるから人の悪口を言ったりするんだ。
 あの子たちは私の努力を知らない。毎朝メイク終わりにアプリで顔写真を撮って反転させて変なところがないか確認して、またメイクを修正させたりしている。私は誰よりも顔が自然に映るように努力している。大丈夫。何も知らないから何だって言えるんだ。
 こんな小さなことで弱るほど、私の心は弱くない。

 そう心の中で何度も呟いて落ち着かせていた。

 でも適当に選んだアイスコーヒーを一気飲みしたのに落ち着かない。
 ちょっと気持ち悪い気もするし、手の震えが止まらない。

 少し落ち着いたところでスマートフォンでSNSを見てしまった。
 スマートフォンを使うという習慣があまりに癖になりすぎてしまった弊害が出てしまった。
 頭ではこんな状況の時に見てはいけないと知っていても、流れるようにスマートフォンの顔認証を解除して見てしまったのだ。
 アプリが起動する時の黒い画面に一瞬映った自分はひどい顔をしていた。そして気づけばすぐSNSを開いていた。

「ミスコン出るほど可愛くない」

 学園祭用のSNSのアカウントを開くと、美織の投稿に寄せられたアンチコメントが目についた。

 そこからはもうダメだった。コメント欄とエゴサーチをして自分に関する投稿を一気に見てしまった。
 そこにはネットのいいおもちゃとなった自分が誹謗中傷されていることに気づいたのだった。

「可愛くない」
「太ってる」
「整形らしいよ」
「整形してあれか」
「名前負け」
「メイク下手」

 簡単な言葉が美織を切り刻んでいった。
 美織は内臓から出そうになる何かに耐えられなくなり、急いでトイレに行き、嘔吐した。
 胸の辺りはスッキリしたが、頭の中が陰口とアンチコメントを駆け回るのがやめられない。
 美織は動かなくなった人形のような虚な目でしばらくトイレの壁にもたれかかっていた。

 そして美織はこの日からあまり気にしてこなかった、他人の目が異常なまでに気になるようになっていった。
 ご飯もろくに食べず、運動したりストレッチをしたり筋トレをしたりしていた。

 自分が少しづつ変わるたびに投稿し、高評価をもらえるように頑張った。

 美織の母はそんな美織を思春期のストレスだろうとそっとしておくことにした。
 美織の彼氏も高校最後の大会に必死で、美織どころではなかった。
 凛は凛で、早くも受験のストレスでかなり追い込まれていたため美織に会うことはなく受験に集中しており、美織の異変に気づくことができなかった。

 美織は運悪く一時的に孤独になったことが、美織の暴走を加速させていた。

 思春期というのは、視野が狭く自分しか見えていない。
 高校3年生の夏は2度と戻ってこないというプレッシャーが重くのしかかる。
 もっと肩の力を抜けばよかったと大人になったらわかるが、それでもより良い将来に向けて「今」頑張らないと将来を左右するという重圧が、自分をより追い込んでいく。絶対に間違えてはならない。ここを間違えることが、一生尾を引くのだ。

 美織は受験勉強そっちのけで夏休み中美容関係の勉強をしていた。ダイエット、メイク、整形、ヘアケア、ファッション。残念ながらどれも大学に入るには必要とされない分野である。

 その後も美織にとって不幸な出来事は続いた。
 下級生から「整形女」と陰口を言われていたり、極め付けは部活を引退した美織の彼氏が偶然「あいつは所詮ナチュラルじゃないから、すっぴんはそうでもないよ」と言っていたのを学校の廊下でうっかり聞いてしまったことだった。

 信頼していた彼氏も結局自分のことを顔でしか見ていなかったのだ。
 そういえば、付き合った頃は「かわいい」といってくれていたのに最近は言ってくれなくなった。私のことをそんな風に思っていたのか。
 美織はショックのあまり、ただでさえ疎かになっていた食事をほとんど受け付けなくなった。
 吐き出しはしないものの、単純に食事をほとんど食べなくなった。それでも美織は体重が減った!これでもっとかわいくなれると喜んでいた。

 そんな生活を続けていたら、美織はかなり不健康にこけてしまっていた。
 当然、メイクも以前の方法では合わなくなってくる。さらにまともな食事をとっていないのだから、肌質も当然変わっており、その若さにしてはボロボロだった。
 しかし美織は原因が全くわからず、鏡を見るたびに醜い自分が写っているように思えてどんどん心が荒んでいった。

 こんなでは彼氏に見捨てられてしまう。
 ミスコンも私だけが醜くて恥ずかしい思いをしてしまうかもしれない。

――――もっとかわいくならなければ。

 美織は完全に重度の外見至上主義に陥っていた。醜形恐怖症だと言ってもよいかもしれない。

 醜形恐怖症とは、その人の外見に欠点がないにも関わらずその点に固執し、鏡をずっと見たり人前に出れなくなったりする病気のことである。重篤な症状になると自傷行為に至る精神的な病である。

 美織は人前に出ることを恐れるようになってしまった。
 外出も夜のコンビニだけ、フードを被りマスクをしてという格好でしかいけなくなってしまっていた。

 そして家から出ないでやることといえばSNSの巡回だった。SNSには可愛い人や美人が溢れかえっている。それらは画像加工アプリの加工で白くなったり細くなったりしているだけで、そんな人物は正確には存在しないと頭ではわかっているのだが、その歳の少女の自己肯定感を下げさせるには十分だった。
 もちろん整形やボディメイクなどの努力で美しくなった人もたくさんいる。そのこともわかっているからこそ、そんな彼女たちを見て美織の心はもっともっとと目指すようになった。
 美織は終わりの見えない悪循環に陥っていた。

 美織は鏡を見ると精神が保てなくなっていたが、それでもこことここを整形すればと少し希望を持つことで自我をギリギリ保っていた。
 そして金銭的にも難しい現実を知っているからこそ、すぐにできないもどかしさと不満が溜まっていった。

――こんな顔じゃ、フォロワーにも彼氏にも友達にも見捨てられてしまう。

 美織はかつて「自分のため」に可愛くなろうとしていたが、今や「誰かのため」に可愛くなろうとしている点で、「一般的な美容のライン」を逸脱していた。

美織と母の衝突 高3夏休み

 美織が自分の部屋からほとんど出られなくなって数週間過ぎた。

 美織の母は流石に異変を察知し度々声をかけそっとしておいたが夏休みが終わる直前となり流石に強行突破に出ることにした。

 美織の母は美織の部屋のドアをノックして声をかけた。
「美織、あなたもうすぐ夏休みも終わるわ。いつまで部屋から出ないつもりなの。一体何があったの?ママはいつでもあなたの味方よ、どうか話して」

 美織は母のそういう「いつでも味方」という言葉が大嫌いだった。
 いつもそうだ。そうやって味方のふりをしてとても心配しているというふうに近づいてきて結局自分の思う通りに仕向けてくる。

 あれはいつだったか。小学生低学年の頃、門限は5時だった。それに5分遅れようものなら美織の母は烈火の如く怒り散らした。それはもう教育の範疇を超えていて、ヒステリックに怒りモノを投げる始末だった。「どれほど心配したと思っているの」「どうしてあなたを一番に心配するママの言うことが聞けないの」「私を困らせて楽しんでいるんでしょう」
 美織は被害者のように泣き叫ぶ母に寄り添い謝罪するしかなかった。

 心配しているふりをして、自分の言う通りにならなかった美織の被害者然としているだけなのだ。
 この女はいつも加害者のくせに被害者のふりをする。
――心底気持ち悪い。



 美織は俯きながら気だるそうにドアを開けた。
 美織は部屋の明かりもつけず、カーテンは閉め切りで暗く、彼女はクマを作りげっそりとした姿で現れた。
 美織の母は娘の姿にギョッとした。

「……ならお金出して。」
「お金?いきなりどうしたの」
「どうしたもこうしたもないよ!整形手術したいからお金出してよ!」

 美織はほとんどヒステリックに叫んだ。

「整形?あなたもう二重を整形したじゃない、十分可愛いわ」
「十分?中途半端に整形させたくせにもう責任は取らないってこと!?」
「責任って何?」

 美織は栄養不足でもあり精神的に限界だったこともあり怒りの沸点が低くなっていた。
 何もわかっていない美織の母は容易く美織の怒りを買った。

「ずっと昔からママは、こうしないと男の子にモテないわよとか子供の頃からルッキズムを植え付けてきたくせに無責任じゃん!」
「無責任ですって!?」

 美織がこう主張するには根深い理由がある。
 美織の母は、母子家庭で育った美織に自分で生きる術を身につけさせるのではなく、他人に従属して生きる方法を身につけさせようとした。特に男性に。
 二重整形がそのいい例だが、他にも「こっちの服のほうが男の子にウケがいいわ」「男の子に嫌われちゃうわ」「そんなだとお嫁さんになれないわよ」など二言目には男性がどう思うかを美織に植え付けてきた。

「ママは『十分』なんて言ったけどそんなのママの自己満足じゃん!私は鼻も、口も、頬も、顎も、眉も全部おかしい!味方って言うならお金出してよ!」 
「そんなにたくさん整形するお金なんてないわ!?うちが生活ギリギリなの知っているでしょう?
 美織、どうしちゃったの!?あなたここ最近ずっとおかしいわ、まともに受験勉強もしないで夏期講習に行かないで部屋にこもってばかりで。勉強はしているの?大学はどうするの?!難関大学に行けなんて言わない。でもこのままだとどこにも行けないわよ!?浪人するお金なんてうちにはないわよ、将来はどうするの!?」
「将来!?こんな醜い顔じゃ外にも出られない!大学に行くより私の「今」の青春が送れないことの方が重要なんだよ!」 

 だんだん美織の目は血走り始め、声も大きくなっていったが、負けじと美織の母もヒステリックになっていく。

「青春が何だって言うの!?甘えたこと言ってないで勉強しなさい!」
「今まで勉強しろなんて言ってこなかったくせに今更何なの!?男に媚びる方法しか教えてこなかったくせに今更まともな母親ぶらないでよ!」
「何ですって!?」

 美織は勢いよく自室のドアを閉めた。

 美織の母は「私のせいだっていうの!?高校生で整形手術させてあげたのになんて恩知らずなの!?」とヒステリックに何か泣き叫んでいたが、美織はベットに飛び込み泣いていたのでわからなかった。

凛と美織の衝突1 高3秋 始業式

 夏休み明け最初の登校日に周囲は美織の状態に驚いていた。

 こけた顔、体。サイズが合わなくなった制服。荒れた肌を隠すために派手になったメイク。栄養失調から来るイライラを隠すために鋭くなった眼光。

 周囲は美織の変貌に触れることができなくなっていた。
 美織に話しかける者はおらず、完全に孤立していた。

 夏休みに会っていなかった凛は、始業式で凛を見かけその変貌ぶりに声をかけられなかった。
 理解が追いつかなかったのだ。凛は親友そっちのけで大学受験のことしか考えていなかった自分を責めすらした。

 凛はとにかく話を聞こうと、「一緒に帰ろう」とスマートフォンで連絡を入れた。
 夏休み明けの最初の登校日は午前のみで、予備校は夕方からなのでそれまでは美織とカフェでしゃべり倒そうと思っていたのだ。
 むしろそれを楽しみにすらしていた。まさかこんなことになるなんて。

 始業式後、クラスに戻っても凛は心がざわついていた。
 担任は受験についての心得やメンタルケア、いつでも協力するなど力強い言葉をくれていた気がするが、美織のことばかり考えていて凛には届かなかった。

 凛は担任の話が終わるとすぐに荷物を片付けて、美織のクラスまで急いで迎えにいった。

 美織はポツンと自分の席に座っていた。
 誰もが美織を遠巻きにしていた。まるで腫れ物のように。

 凛はそんな美織の手を取ってクラスから連れ出した。
 しばらく2人は無言で歩いていた。

 1ヶ月と少し。たった1ヶ月だ。だが思春期の子供に1ヶ月は長すぎた。
 SNSを見てメンタルが崩れるのも、それが体に現れるのも、1ヶ月という期間では十分だった。

「美織、単刀直入に聞く。何があったの?」
「わからない」
「美織……」
「わからないものはわからないんだよ!!」

 美織は教室から繋がれたままだった手を振り払った。
 凛はまさか美織がこんなに感情的になるとは思わず、目を見開いた。

 美織ももうわけがわからない。

「何もかも持ってる凛にだけは何も言われたくない!」

話がつながらない。
凛はただ目を丸くして驚くしかなかった。

「凛は性格も良くて可愛くて、頭もいい!家はお金持ちでパパとマも優しい!!みんなに好かれてて優しい彼氏もいる!私の方がメイクの努力もしてるしフォロワーも多いのに!なんで!?」
「待って美織、話がみえない。誰かにそう言われたの?」
「みんな言ってる!凛のがミスコンに出るのにふさわしいって!」
「みんなって誰?」
「みんなだよ!」
「私はそう思ったことない」
「凛は『良い子』だからそう思わないだろうね!身も心も綺麗で!私が醜いのが際立って一緒にいると辛くなる!だから夏休みに連絡しなかったんだよ!」
「美織、落ち着いて」
「そうやって冷静ぶってるのもムカつく!人を見下してるみたいで!どうせ私のこと整形してもこの程度で可哀想とか思ってんでしょ!?」

 意味がわからない。わからないが凛はだんだんムカついてきた。

「そんなこと思ったことないし!だいたい人を見下すって何?たった数年の付き合いで私の全てが分かった気になって勝手に判断しないで」
「何それ!?結局上辺だけの付き合いだったってこと!?」
「誰にも言ってない秘密くらいあるでしょ!?」
「何逆ギレしてんの!?怒ってるのこっちなんだけど!?」
「美織が悲劇のヒロインぶって一人で衰弱していくのは勝手だけどね、それと私の環境は関係ない!私が何も努力してないみたいに言われるのはムカつく!勝手に劣等感抱いて私の絶望勝手に妄想して自分の絶望と比べて悲劇のヒロインぶって見下してるのはそっちじゃん!」
「何!?自分のが可哀想だっていうわけ!?恵まれてるくせに!」
「恵まれてるって何!?どちらが可哀想とか恵まれてるとか可愛いとか金持ちとかそんなこと天秤にかけて美織と友達やってたわけじゃない!私の苦しみを美織の物差しで決めるな!」
「凛に私の絶望はわからない!こんなに醜い私の苦しさなんて誰にもわからない!!」
「私は美織の顔なんて最初からどうでもいい!!」
「は!?私が今までどれだけ努力したと思って…………!!」

 美織は我を忘れ怒りのあまり思わず右手を振り上げた時だった。

「――私は誰の顔ものっぺらぼうにしか見えない!!」

普段温厚な凛は今まで出したことのない程のひときわ大きな声で美織を圧倒した。

 は?

 美織は最初馬鹿にされているのかと思った。
 だが凛は真剣に激怒している。これは本気だ。
 美織はようやく冷静になった。

凛と美織の衝突2 凛の秘密

 2人は凛の家に行くことにした。両親は共働きで日中は誰もいないという。

品川駅、駅近のタワマン。
豪華なエントランスを抜けたオートロックの奥には管理人室があり、中に警備のおじさんが座っている。凛に続いてこんにちわと挨拶をして、低層階行きのエレベーターに乗り込む。
凛の家はタワマンの低層階ブロックの中でも最上階にあり、マンションとしては中腹にあたる。ちなみに同じマンションに住む常尋は高層階らしい。

 エレベーターが到着し、室内廊下を歩いていく。
 玄関を開けると広い玄関があり、リビングは必要最低限のものしかなく綺麗で、まるでモデルルームのようだ。
 生活感しかないごちゃごちゃした美織の家とはいつも大違いだ。いつもこの綺麗さを保っていられるのは、家事代行のお手伝いさんが週1回きてくれているからだと言っていた。

 凛は見晴らしの良い景色を見ていた美織をキッチンに呼び、冷蔵庫の中から何が飲みたいか選ばせてくれた。美織は悩んでいるうちに凛は麦茶を選び、結局自身はミネラルウォーラーを選んだ。

 キッチンをでて玄関の近くにある凛の部屋へ向かう。
「すぐ冷房つけるね」と凛はエアコンに電源を入れた。

 凛の部屋は白を基調にした部屋で、ベットと勉強机と本棚とローテーブル、常尋と一緒にテーマパークに行った時に撮って買ったのであろう写真と、テーマパークのキャラクターの大きなクッションが置いてある。アイドルのポスターなどを壁に貼っていないからシンプルで大人っぽい。受験生らしく参考書がところどころに置いてあるストイックな部屋だ。受験仕様にしているわけではなく、3年生になる前に遊びに来た時からこんな感じだった。
 だから、勉強机の横に飾ってある見たことがあるようなないような30センチほどの彫刻がポツンと置かれていることだけが異彩を放っていた。どう考えても女子高生の部屋にあるものではない。
前に何の彫刻か聞いたような気もするが、美織は興味がないのですぐ忘れてしまった。

「相変わらず綺麗な部屋だね」
「そんなことないよ、クローゼットに全部突っ込んでるだけ」
「嘘つけ、クローゼットもどうせ綺麗なんやろ」
「開けたら『みさえの押し入れ』みたいに雪崩が起こるよ」
「嘘つけ」

 流石にパーソナルな部分であるクローゼットを開けさせるほど厚かましくはないが、物欲のない凛のことだ。最低限の服と雑貨しか入ってない。

 2人はいったん座り、大きなクッションを抱きながらローテーブルに置かれたコップに入れられた飲み物に水滴が生まれるのを見ていた。

 クーラーが効き始めた頃、凛は口を開いた。

「私はおそらく相貌失認相貌失認そうぼうしつにんという脳の病気なの」

 凛は喋り出した。
 美織は初めて聞く病名に首を傾げた。

「そうぼ、何?」
「相貌失認。私は人の顔を覚えるのが本当にダメなの」
「それなら私も一緒だよ。私も人の顔を覚えるの苦手」
「私の場合少し違うと思うんだ。正確にいうと、私は目・鼻・口を認識するのが苦手なの。」

 美織はさっぱりわからない。

「おかしいと思ったのは小学1年生の時。私は自分で言うのもなんだけどちょっとクラスの人気者で、友達もたくさんいた。でも夏休み明けの最初の登校日に私はクラスメイトの顔を全員忘れていたの。全員だよ?そんな経験ある?」
「全員?」
「そう」
「流石にそれはないわ」
「だよね」

 確かに美織の顔覚えの苦手さと凛の顔覚えの苦手さは違うようだ。美織は「うっかり数人」忘れることはあっても「全員」忘れたことはない。

「昔テレビのドキュメンタリー番組で見たんだけどね、相貌失認っていう脳の病気があるんだって。それは人の顔を認識する脳の能力が低いの。本当にひどい人は目・鼻・口が全く見えなかったり、あべこべに見えるみたい。私は幸いそこまでひどくはないけど、印象はあまり強く残らない。さっきはのっぺらぼうって言ったけど、顔がぼやぼやしているイメージ。だから声とか輪郭、髪型、髪色、体型とかそういう顔以外のところで人を識別しているだけなの。」
「へえ」
「私だけがおかしいんじゃないってわかった時、本当に安心した。「病名」のあることなんだって、それだけでこんなに安心するなんて思わなかったな。私はラッキーだった。」
「そっか」
「ちなみに俳優のブラッド・ピットも同じ病気なんだって」
「…………へぇ」

 最後にどうでもいい情報までぶっ込んできたな。
 それはそれとして確かに凛の成績は学年でトップクラスで偏差値も高い。記憶力がものを言う日本の学校教育において、凛はちゃんと成績を残している。つまり記憶力が悪いというわけではない。彼氏の常尋にも勉強を教えているという。そうなると記憶力とは別の部分の脳の病気というのはなんとなく納得がいった。

 凛の悩みは当然といえば当然だった。
 人は見た目が9割、と言われるには理由がある。その根拠は「メラビアンの法則」である。
「メラビアンの法則」では、コミュニケーションを視覚情報・聴覚情報・言語情報の3つで分けたときに、順に55%・38%・7%の割合で伝わっているとされている。
 つまり、ここでいう視覚情報とは表情や視線、ボディラーンゲージ、仕草などであるが、そのの一つである「表情」の情報が与えられていないことになる。

 最初は視力が低いせいだと思っていた。でもメガネをかけてからも人の表情はよくわからなかった。
 今度は記憶力が悪いのだと思っていた。でもテストの点数はほとんど良かった。

 自分はおかしい。凛はずっと不安だった。自分だけが人と違う不安。何かが欠落している怖さ。

 あるときあまりに顔覚えが悪いので幼い凛なりにで分析してみたのである。
 友達や担任のことを覚えているのは当然として、挨拶しかしたことのない校長先生のことはなぜ「知っている」のかと。
 そしてわかったのは声を覚えていたからだとその時理解した。
 凛の小学校の校長先生は元劇団員で、はっきりした発音でハキハキした喋り方をしてボディーランゲージの多い人だった。

 凛は人のことを声色や喋り方など顔以外の情報で判別しているのだと。

 それからはなるべく人のことを顔ではなく別の部分で覚えようと必死だった。
 顔の輪郭、身長や体格、髪型、メガネの有無、声、喋り方、性格、癖。
 次第にそれらは人間観察という特技になった。

 友人と待ち合わせした時は、何度も人違いをして間違えた。
 そしてコミュニティや場所を外れると判断材料を失うことがわかった。別の場所で出会うと誰かわからない。人の身体的な情報だけでなく、コミュニティや場所で人を判断していたのだ。
 つまり、2組の少し声が高くおっとりとした喋り方でいつも三つ編みをしている同じ背丈の子、のように。
 しかしプライベートな時間となるとまた問題が出てくる。別の場所で、いつもと違う装いをだと判断材料を失ってしまうのだ。
 だから待ち合わせ時間のかなり前の時間に必ず着き、気がついていないフリをして声をかけてもらうようにすることにした。
 そしたら相手から声をかけてもらえるので人違いをすることはほとんど無くなった。

 凛にとってそれらは生きるための術だった。

 そしてテレビで相貌失認のことを知り、自分も同じ病気だと確信したのだった。

「まあ脳のことなんて、まだまだわかっていないことも多いから、病気の治療法もないし、私が本当にこの病気かなんて確証もないんだけどね」
「そうなんだ」
「大きい病院で調べることもできるらしいんだけど、東京じゃない大学病院みたいで、お金もかかるし。もう対処法とか慣れちゃったからそこまで困ってないし。」

 美織は凛の病気の話を聞いてなんとなく納得した。
凛は容姿が整っている。凛なりに自身の身なりに気を遣っている節もあるが、メイクはたまにガタガタな日があった。並行眉のつもりが片方の眉がズレていたり、アイラインの跳ね上げが片方は跳ね上がっているが片方は平行だったり、鼻のシェーディングも雑だったりしていた。それらは日によって違うが凛のメイクはどこかしらガタガタしていることがあった。メイクを教えても、そこはあまり変わらなかった。でも凛は気にしていないようだった。
 整形して人の美醜にまで「なんでもっとちゃんと気にしないんだろう」とイライラすることがあった美織はようやく納得がいった。
 なるほど、目・鼻・口が認識できないとなると、そこら辺が気にならずズレてしまうのかもしれない。

「慣れたの?」
「うん。顔じゃなくても人を識別できる情報はたくさんあるし、失敗を重ねていく中で対策も取れるようになった。大切なのは顔じゃないって知ってるからもういいの」
「すごいね」

 美織が感心して誉めると、ううん、と顔を振って凛は微笑んだ。

「相貌失認という病気があるって知るまでは、本当に悩んでたんだよ。表情がわからないから怒られることも多かったし、父には「お前は怒っている顔がわからないのか」って怒られたりして。友達のことを気づかなくて無視しちゃうこともあって泣かれたり嫌われたり。自分はおかしいんじゃないかって本当に悩んだ。でもそういう病気があるってはっきりして安心したし、私には「女神」がいるから平気なの」
「女神?」
「美織、『サモトラケのニケ』って覚えてる?1年のとき世界史の授業で習ったじゃない?」
「もしかして机のあれ?」
「そう!」

 凛は目を輝かせながら言った。

「私、『サモトラケのニケ』が好きなの。子供の頃にテレビで見たんだけどね、初めて見たとき本当に衝撃だった!顔がなくてもあんなに美しいんだよ。今にも飛び立ちそうな翼が本当にかっこいいし、ほら、スポーツブランドのNIKEのロゴのモデルにもなったんだよ!あの姿を見ると、顔以外にも美しさやかっこよさはあるって勇気づけられるの。私、いつか本物を見にパリへ行くのが夢なんだ!」

 美織は面を食らった。
 そういえばこの部屋で異彩を放っていたあの彫刻は『サモトラケのニケ』だと前に言っていた。
 それにしても古代美術をこんなに熱弁する女子高生はあまり多くないだろう。凛は完全にオタク特有の、好きなものになると早口になってしまう現象に陥っていた。

「だからさ、国語の授業で習った「『ミロのヴィーナス』に腕がないからロマンがあって美しい」って言ってたやつ、あれわかるんだよなぁ!
 『サモトラケのニケ』には頭がないからあんなに美しいと思うんだよね。筆者の清岡卓行が『ミロのヴィーナス』に腕がない方がいいって言ってたのわかるもん!清岡卓行は「想像できることがロマンがある」って言ってたけど、私は違くて、顔がないから刹那的で美しいんだよあれは。あれで完成されているもん。大きな翼を引き立てるのに顔と腕があったら逆に邪魔だもん。完璧な彫刻だよあれは。
吐夢先生にもね、言いに行ったの。そしたら新しい解釈だねって言ってくれてね、嬉しかったな〜。初めて相貌失認が役に立ったと思ったね。
 それにさ、侘び寂びって引き算の「美」じゃん?『サモトラケのニケ』は引き算の「美」だから美しく感じるんだと思うんだよね、私派手なの苦手だし。『トレヴィの泉』とか『ラオコーン像』とか豪華絢爛な彫刻や美術はいくらでもあるけど、引き算で美しくて力強い彫刻は『サモトラケのニケ』だけだと思うな!!」

 凛の熱弁に美織は圧倒されていた。なるほど好きには勝てないとはこういう事か。私もメイクを語るときはこんな感じなのかもしれない。気をつけよう。
 そういえば凛は理系なのに世界史の西洋の単元での成績は文系の猛者たちを抑えて1位だった。外部の模試でも凛の世界史の偏差値は高い。

 ごめん、熱くなっちゃった、と凛は詫びて続けた。

「だからね、平気なの。私は顔を覚えられないけど、他のところで覚えればいいだけなの」

美織は凛が羨ましくなった。彼女は人の顔が覚えられないというコンプレックスを持ちながら、自分が病気であることを認め、自分の「女神」を見つけることで自分を肯定できたのだ。

「前に学園祭で、なんで彼氏が常尋なのか聞いたことがあったね?」
「ああ、うん」
「常尋は人の機微に聡くて、いつも私を助けてくれたの。保育園の時からずっとそう。私が相貌失認かもしれないと言っても、そっかって認めてくれたし変なやつって思わないでくれた。私のこと変な子って言っていじめてくる人とかもいたけど、いつも守ってくれたの。」
「そっか……」
「常尋自身も自分のことイケメンじゃないって言うけど、私はそもそも認識できないからそんなのどうでも良いし。私は常尋の優しくて、目標に向かって頑張ってるところが好き。たまに釣り合ってないとかよくわからない悪口言ってくる人もいたけど、私たちの何を知っているんだって感じ。そんな人はどうせ学校っていう狭い世界でしか会わないからいいの。世界はもっと広いことを私は知ってる。友達が多いことは嬉しいことだけど、その中でも私は私にとって大事な人を大切にできればそれでいいの。」

「でも凛はたくさんの人に好かれてるじゃん。今友達がたくさんいるからそんなこと言えるんだよ」

 凛は驚いた顔をしたが、「どうだろう」とすぐに諦めたような顔をした。

「みんなは私のことを平等に接していると思っているかもしれないけど、正直言うと他人にあまり興味がないから区別する必要がなくて、同じ対応をしているだけなんだよね。もちろん好き嫌いはあるけど、関わらなければ良いだけだし。常尋とか、美織とか、大事な人たちがそばにいてくれれば私はそれでいい。」

 美織はショックだった。
 学生時代なんてみんなに好かれることがステータスのようなもののはずだった。そのためにはまず顔が良くなくてはならないと信じきっていた。小学校の狭い世界だろうが、SNSで世界が広くなろうが、顔の良し悪しはフォロワー数や高評価数に直結し、むしろ重要なことのように思っていた。
 だが凛は違った。少数でも自分が大切にしたい人に好かれることの方が重要なのだ。

「子供の頃は顔を認識できないことがとにかくコンプレックスで、アイドルの顔を覚えられなくて女子グループにハブられたこともあったから、興味のないテレビや雑誌をひたすら見て芸能人の顔を覚えようとしたこともあったよ。みんなについて行こうと本当に必死だった。その時は辛かったな。でも常尋が「凛は凛らしくいればいい」と教えてくれたから、そこから楽になったかな。」

 子供ながらにそんな大人びたことを言える常尋とは一体……
 凛と常尋の絆は美織が思っているよりずっと堅いのかもしれない。
 常尋と凛は同じタワマンに住む幼馴染で、保育園の頃からずっと一緒だったという。お互い共働きの両親だったこともあって、家族ぐるみで助け合ってきたと言っていた。

「私は常尋の優しいとこが好き。美織の努力家なところが好き。それがわかっていればいいの。」

 それはとても達観した、美織にとっては遠い考えに思えた。
 人は誰しも外見で評価しがちである。美織は外見至上主義者なのでやや行き過ぎなところはあるが、「人は顔じゃない」と言うのは綺麗事だと思ってしまう。

 それに美織がいつもかっこいいとか美人だとか思う人は大体文武両道だった。勉強もでき、スポーツもできた。自信があって性格も捻くれていない人が多かった。凛がまさにそうである。
 自己肯定感が強いから外見が良く見えるのか、外見が良いから自己肯定感が強いのかはわからないが、どちらにしても外見はとても重要なことだった。

 対して凛は外見に縛られず、内面を素直に見ることができた。凛にとっては辛い日々だったかもしれないが、自分を認めてくれる人がいて、自分を肯定する「女神」がいて、自分の世界をちゃんと持っている彼女はとてもかっこよく思えた。
 これが本当の自己肯定感なのかもしれない。
 美織は羨ましさを超えて素直に尊敬した。

「凛、さっきはごめん」
「いいよ。私も感情的になりすぎたからおあいこ」

 美織は仲直りができたことが嬉しかった。
 日本は少子化で、凜と美織の世代も出生人数が少なく、小学校の時から1クラス(たまに2クラスになる)しかない生活をしてきた。そのため嫌われないように生きることが生きる上での絶対条件だったのだ。喧嘩などほとんどしたことがない。だから仲直りの方法など知らないのだ。
 本当に仲直りできてよかった。凛には嫌われたままでいたくなかった。
 そう安心していたら――

「ちなみにね、ブラピとおそろって言うと大体ウケる」
「なにそれ」

 2人は顔を見合わせて笑った。
 美織は凛のそういう自分のネガティブなところも笑いに変えてしまう強さをかっこいいと思った。

凛と美織の衝突3 「かわいいは正義」

 凛は尋ねた。

「美織はいつも努力してて偉いと思う。でもどうしてそんなに可愛さにこだわるの?」
「だって……」

 美織は言葉を詰まらせる。
 美織には彼女にはたくさんのトラウマがあった。SNSや母の呪縛だけではない。根本的な問題が。

 まだこんなに外見至上主義になる前、その概念すらなかった小学生低学年の頃、体型で揶揄われたことがあった。
 美織は発育の良い子供で、かつ幼児体型だったこともありお腹が出ていた。プールの授業の時、25m泳ぎきって油断していたときに同級生にお腹をポンっと叩かれたのだ。まるで太鼓を叩くように叩かれ、くすくすと笑われた。それも仲のいい友達だった。
 今思えば、その子は人の目の前で「出っ歯だよね」とくすくす笑ったりする性格に問題のある子供だった。成長した今ならそう判断して切り捨てることもできたが、小学生という狭い世界ではそれは不可能で、とてもショッキングな出来事だった。
 美織はこの出来事で自分は太っているのだと自覚し、小学生ながらダイエットをし身長の成長が止まることとなる。
 それでも心に負った傷はどんなに痩せても「自分は太っている」という自覚を変えてはくれなかった。
 ダイエットが成功するとやはり賞賛されたので、外見は大事なんだと、揶揄う隙を与えないことが防衛になると学んだ経験だった。

 女子のグループで雑談をしていた時、あるかっこいい男子が話しかけてきた。
 その男子は私以外の可愛い女子たちには目を合わせるのに、私とは目が合わず、話も振らず去っていった。
 密かに恋心を抱いていた美織は大変ショックを受けた。なんで私だけ話しかけてもらえなかったんだろう。
 それはのちに、自分があの中で一番可愛くないからだと気づくのにそう時間は掛からなかった。

 そして美織が中学生の頃、思春期特有の太りやすい時期に入ったとき、周囲は陰で「デブ」「ぽっちゃり」と言った。一般的に見れば標準体型ではあったものの美織の周囲は華奢な子が多く、美織の身長がそんなに高くないこともあり少し太っただけで目立った。
 だがノロウイルスになったことで体重が減った時、周りからの対応は明らかに変わったのである。
「痩せてかわいくなったね!」と褒めてくれた。

 痩せると可愛くなって褒められる。そしてモチベーションが上がってダイエットに励める。良い循環だと思った。
 メイクも上手になると褒められる。
 みんなでいる時に一緒に自撮りを求められることも増えた。
 美織は「努力」を褒められていることに気づかず、「結果」を褒められていると信じて疑わなかった。

 可愛くなれば強くなれる。そう思った。

 それだけではない。公立の中学校に通っていた美織は、校則違反だがバレないようにメイクをして学校に通っていた。だがある日急に肌が荒れ始め、メイクが出来ずすっぴんで登校していた期間があった。
 それに気づいた男子生徒に「ブスは化粧してこいよ」と陰口を言われていたのを聞いてしまったのである。
 こういうことを言う男子に限って美男ではないのが不思議なことだが、美織はそのことにも異常に腹が立ち、翌日から完璧に肌荒れを隠したメイクをして登校するようになった。
 あんなカッコよくもない3軍男子に隙を与えた自分が悪い、と自分を奮い立たせメイクだけでなく基礎化粧品の勉強もするようになった。おかげで美容成分にも詳しくなった。

 極め付けは「自分以外のもの」まで左右されるということだった。
 雑誌で見た可愛い雑貨を自分も買い、学校に持っていったことがあった。友達に自慢したくて買ったわけではないが、きっとみんなの注目の的になると密かに思っていた。

「美織、それ何?」
「昨日買ったんだ!」
「へーなんか変わってるね」

 と友人は言ったのだった。
 美織はそうなのか、自分のセンスは少し変わっているのかとびっくりした。美織はそれを家で使うことにした。
 しかし2週間後、同じクラスの一番可愛い子が私と同じものを買って学校に持ってきたのだ。

「可愛い!!」
「やっぱり○○ちゃんが持ってるものってセンスある!!」

 美織は愕然とした。
 美織が持ってきた時は変わっているねと言ったその子は、その時のことなんて忘れて全く同じものを褒めちぎっていた。
 美織は確信した。モノに罪はない。その雑貨は確かに可愛いかった。問題は「持つ側」なのだと。
 雑誌で好きなモデルが持っているものを欲しがるように、可愛い子が持っている方が商品はより魅力的に見えるのだ。

 問題は、「誰が」何を持っているか。
 つまり、可愛い子が持っているものはなんだって可愛いのだ。

 誰かが広告で言っていた。
 「かわいいは正義」という言葉が脳裏に浮かんだ。

 この世は可愛いことが正義で、可愛さは顔なのだと美織はさらに確信した瞬間だった。

 美織は小学生、中学生のときにダイエットをし、雑誌で外見の勉強をし、おしゃれに気を使い、高校生になって二重整形手術をしてメイクを研究したことでとても可愛くなった。
 可愛い可愛いと褒めてもらえる生活はうれしくもあったが、誰かに侮辱されたりしないという意味ではとても平和で生きやすい世界になった。
 こうして美織の「可愛いは正義」は構築されたのだった。


――――美織は過去をゆっくりを振り返り、淡々と凛に説明した。
 美織自身忘れていたはずの記憶もなぜかスルスルと出てきた。
 凛は真剣に聞いてくれたし、美織以上に怒ってくれた。

「美織はいろんなことがあって、美に対して努力するようになったんだね。私はただただ美織が努力することをすごいと思っていたけど、何かがあってそれを改善しようと頑張っていることが一番すごいと思う。私、努力家な美織のこと本当に尊敬してるの」
「努力家?私が?」

 美織はただただ驚いた。そんなこと言われたことなんてない。

「そんなんじゃない。カラコン入れて、メイクして、髪巻いて、加工アプリのカメラで自分の顔をチェックしないと不安なだけ。また誰かに何か言われるんじゃないかって。」
「でもたとえ美織は自分の顔がコンプレックスだとしても、その不安を埋めようとメイクを研究したことは、本当にすごいことだと思うな」

 今まで誰も努力の過程なんて見てくれたことはなかった。
 可愛くなったかの結果が全てで、頑張っているなんて言われたことはなかった。

 コップに入っていた氷がカランと音を立てた。

 可愛くなったら変わる周囲の態度。
 可愛くなったら「今のあいつならいけるわ」と勝手に評価するクラスの男子。
 可愛くなったらようやくこっちを見てくれた彼氏。

 凛のだけ美織の内面を評価してくれてた。
 美織の頬に自然と涙が伝っていた。

 今まで美織の内面を評価して、実際に伝えてくれた人はいなかった。
 いたかもしれないが、外見至上主義の美織には届かなかった。
 「綺麗事だ」そう言って、受け入れられなかった。

 でも凛の言葉はスッと入ってきた。
 凛は内面をちゃんと評価していることを知っている。

「凛、私、可愛いかな」
「顔が可愛いかはわからない。相貌失認だからね。でも美織はずっと格好いいよ」

 そんな凛に認められていたことが本当に嬉しかった。
 美織の中の何かが溶けた瞬間だった。

 すっかりコップの側面が結露していた水を口につけると、乾いていた何かにゆっくり浸透していくような気がした。

「ねぇ美織。冷たいもの飲んでると心も寒くなっちゃうよ。ミルクティ飲まない?」
「えー暑くない?」
「クーラー入ってるから大丈夫っしょ。しんどい時は温かいものをお腹に入れるもんだよ」
「そうなの?」
「ふふ。そうだよ」

 いただいた凛特製のミルクティは砂糖いっぱいで、その暖かさはじんわりと美織の心を溶かしていった。
 それはまるで、体育座りで膝を抱えて座っていた私の幼少期をした過去が、ゆっくりと力を緩めてふわふわと浮かんでいるような、そんな感じがした。
 ああ、私は凛のこういう優しいところが大好きだと思った。

美織のミスコンPRスピーチ

こんにちは。今日は皆さんに伝えたいことがあって、動画を回しています。

コメントでもあるとおり、私は整形しています。
ナチュラルじゃない。
整形は母の勧めでした。母はいつも「一重でかわいそう」と私に言い続けていました。
だから子供の頃からずっと自分は不完全だと思い続けてきた。
自分のことが嫌いだった。
ようやく整形して「完璧」になったと思いました。
世界が輝いて見えた。いいこともたくさんありました。
可愛いって言ってもらえることが増えたし、メイクも楽しくなったし、友達グループの中にいて自分が透明化されることもなくなりました。

でも違った。
全然「完璧」じゃなくて、逆にもっと自分の悪いところが目につくようになった。

もちろん最初は楽しかった。世界、私の未来はすごい広いんだって思えた。
でもどんどん自分の顔がどこかおかしいと思うようになりました。
人の陰口を聞くたび、SNSで可愛い子を見るたび、鏡にうつる自分が醜くてしょうがないと思うようになりました。
メイクの勉強ばかりして学業をおそろかにするようになりました。
極め付けはミスコンの候補者に選ばれたことでした。
他のみんなは私より可愛いし、素敵だし、チャーミングな特技だって持ってる。私には何もない。
もっと細くなろうとほとんど食べなくなったし、性格だって悪くなった。食べてないからイライラして、親に当たったりしました。
2年前の自分より可愛くなったはずなのに、自分が醜いとしか思えなくて外に出たくなくなった。
ルッキズムに囚われていたと思う。醜形恐怖症だったと言っていいかも知れません。

でもこれは私だけに起きる問題じゃないと思う。程度が違うだけでみんなだってあると思う。
整形する前の「どこにでもいる普通の女の子だった」私もそうだったから。
もっと可愛くなりたい、もっと痩せたい。男子だって、もっと格好良くなりたい、男らしくいなきゃとかあると思う。もっともっともっとって。

でも1人だけ私の内面を見てくれた人がいました。親友です。
私のことをいつも努力していると言ってくれました。
いつだって線を引いているのは自分だった。人工と天然。それはきっととても悲しいことです。
私は初めて「自分」に向き合いました。
そしたら親友のいいところを見つけられるようになった。彼女はずっと内面を見てくれていた。とてもかっこいいと思った。
かっこいいと思えたことが、見つけられたことが、とても大切なことだと言うことに気づきました。
私も親友に恥じない自分でありたいと思うようになりました。

みんなに言いたいことは、2つあります。
まず、「自分に優しくしてあげて」欲しいと言うこと。
可愛くあるべき、かっこよくあるべき、恋人がいるべき、勉強ができるべき。私たちはいろんなプレッシャーに苛まれている。
きっとそれは人生が続く限りあること。
悲しいことだけど。
でも、せめて自分は自分に優しくあって欲しい。
「自分は自分」という意思を持ってほしいです。難しいけど。

そして、「自分の意思を大事にして」欲しいということ。
整形は否定しない。今でもやって後悔はない。
ただ自分の意志じゃないことに気づいた。自分の意志でなく大きなことをするって、なんか心が引っかかる。
自分の意思ですることは、成功体験につながるから、素晴らしいことだと思う。
だからみんなには自分の選択に自信を持ってほしい。

そして、整形は昔の自分の否定ではないと言うことをわかってほしい。
過去の自分も、今の自分も受け入れてあげてほしいと言うこと。
自分だけは自分の味方になってあげてほしい。
「自分を愛してあげて」ってよく有名人とかがスピーチしてるけど、私にはわからない。
だってまだ17年と少ししか生きてないから説得力ないし、それにそんなに軽々しく「愛」とか使いたくない。ちょっと恥ずかしいし。

でもだから、もっと身近な言葉で伝えます。どうか自分に優しくしてほしい。
そしたら初めて人に優しくなれると思うから。

だから今回のミスコンも、正直出るのを躊躇うようになりました。
だってコンテストなんてしなくても、私たちはそれぞれ素敵だし、いいところがいっぱいあるから。
だから、私はコンテストを辞退します。

これは勝てないから辞退するんじゃなくて、人を見た目などで勝ち負けを決めるのに疑問を持ったからです。
だって私は可愛いし、素敵な親友に恵まれて、応援してくれるみんながいて、それだけですでに1位だから。

それに、他の候補者だって可愛いし本当に素敵。
候補者じゃないみんなも素敵。この動画を見てくれているあなたも、とっても素敵なところがあると思う。
それだけで、順位をつける必要なんてないと思うから。

どうか自分が一番素敵だということを忘れないで。
自分に優しくあって欲しいなと思います。

今まで応援してくれてありがとうございました。

エピローグ

美織のミスコン辞退動画は様々な影響を与えた。

「学園祭のせっかくの目玉が!」
「SMAPかよ」
「有名人気取りでウケる」

 など批判的な声もあったが、概ね暖かく迎え入れられた。
 当然、学園祭のミスコンは美織抜きで開催され、無事ダンス部のセンターをやっている3年生が選ばれた。
 美織の動画を見て思うところがあったのか、候補者たちはアピールタイムを自分の特技に全振りし少しでも観客に印象づけようと頑張っていた。
 去年のおすましアピールタイムとは違う点だ。

 ただ予想外だったのは、この動画はじわりじわりと拡散されていき、美織は一躍時の人となった。
 以前の美織だったらこれに舞い上がって便乗メイク動画などを出したり母親に整形手術のさらなる強要をしたかもしれない。
 しかし今は、美織は醜形恐怖症を治すために病院へ通っており、カウンセリングを受けたりしていたため冷静に自分を見つめることができた。

 そして、一番効果があったのは、やはり信頼できる親友がいたことだった。
 凛は美織に「よく笑うようになったね」と言うと、

「私たちには『顔のない女神』がついてるからね」
「サモトラケのニケだよ!いいかげん覚えて!」

 と2人で破顔して笑うのだった。


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