#なんのはなしですか【長編小説】第三話(ミッションインポッシブル)
第三話 ミッションインポッシブル
世界の運命を突然任され困惑する俺に『なんのはなしですか』と問われたポン先生は感嘆した。
「おー、さすがトキオくんだね。分かってるねぇ」
そうして、何やら満足気に頷いてみせた。
分かってるねぇと言われたが、今のところこの先生が言っていることを、俺は何一つ理解できていない。何より『なんのはなしですか』と訊かれて、『分かっている』と説く。その心が全く分からない。このポンコツは想像以上に曲者だと思った。
俺がぽかんとしていると、噛み合わない俺達を見かねたのか、今までポン先生の後ろで静かに話を聞いていたエリさんが、先生の耳元へと顔を近づけて優しく可愛らしい声で言った。
「先生、少し話が飛躍しすぎてますよ。トキオくんはきっと『初めて』です。そういった事はまだたぶん何も分かってないと思いますよ」
ポン先生はエリさんの言葉に「そうなの?」と少し驚ろくと、それに合点するようにして頷いた。
「じゃあ、まずは…そうだねぇ、治療方法の話からしよっか。結論から言うと、そのキノコは除去できるんだけど、方法を間違えると宿主である君ごと死ぬ」
ポン先生は、けろっとした顔のまま表情一つ変えずそう言い切った。
その言葉に、一瞬沈黙の間が空く。まるで時でも止まったかのようだった。
「え…」
突然の物騒な発言に俺は思わず唾を呑んだ。ポン先生のぱっちりと見開かれたまん丸な瞳が、まるで伽藍堂のようにも思えてくる。
ポン先生は俺のことなど気にも留めずそのまま話を続けた。
「そして、その手術を行える医者は今のところ私だけなんだ。それに治療費は君が想像するよりも遥かに高額だよ。だからね、トキオくん、交換条件としよう」
ポン先生はニコッと笑ってみせた。
「交換条件…ですか?」
俺は両膝に手を置いたまま、ポン先生を見つめた。
「そう、それがさっき話したこと。つまりは、そのキノコを使ってこの世界の未来を救ってほしい。それができれば、君のそのキノコを取ってあげる。100万で」
って、結局金は取るのかよ!やっぱヤブ医者じゃねーか!俺は思わず後ろへと躰を反らした。
しかし、ポン先生の理不尽なこの要求を呑むほか俺に道はない。
「まぁ、お金はおいおいなんとかします。それより、未来を救うってどうやって。それに、未来でいったい何が起きるっていうんですか」
ポン先生は引き出しの中から白い紙を一枚取り出すと、そこへ関連図を書くようにして説明を始めた。
「まず第一に、数十年後の未来では『妄想パンデミック』という恐ろしい事態が起こってる。これはNo.874というウイルスによるもので、感染すると『なんのはなしですか』という言葉を多用し、『妄想と現実の違いが分からなくなる』という症状が現れる。何より怖いのが感染者の目を数秒間見ただけで感染してしまう可能性があるってこと。そして、その元凶となっているNo.874ウイルスがこの時代の路地裏から徐々に広まり始めた事までは、現段階で突き止められてる。あとはその開発者を特定してウイルスの拡散を阻止することができれば、この世界の未来を救うことができる、ってことだね」
一応の理解はできたが、俄には信じ難い話だった。しかし、俺の頭にキノコが生えている以上、ありえないとは言い切れない。
エリさんは既に知っているのか、穏やかな表情を崩すことなくポン先生の話を聞いている。
俺は恐る恐るポン先生へと訊いた。
「あの…ポン先生はどうしてそれを知ってるんですか…」
ポン先生は紙へ書いていた手を止め、俺の方を見て言った。
「あぁ、それは、私が数十年後から来た未来人だから」
「…!?未来人?!」
俺は思わず目を見開いてポン先生を見つめた。
ポン先生は平然と頷いてみせた。
「そう、未来人」
もはや何でもありだとさえ思えた。ポン先生が宇宙人を診れるという松平の話も、このクリニックに蛇を巻いた変な奴が来ていたことも、全てが納得である。
「ここにいる俺やエリさん以外にもそのことを知っている人はいるんですか」
俺は声を潜めてポン先生へと訊いた。
「今のところ君とエリだけだね。今はこうして、ただの町医者として情報を集めているだけだから」
たしかにカモフラージュとして何か仕事をしていた方が怪しまれずに動きやすい。それに医者であれば患者の個人情報や私生活も聞きやすいだろうから理にかなっているというわけか。
「なるほど、分かりました。それで『このキノコで世界を救え』みたいな感じでしたけど、これって何に使えるんですか」
これまでの感じからするに、どうせこのキノコもテレパシーが使えるとか何とか言い出すに違いない。そう思ったが一応尋ねてみた。
ポン先生は、あぁと思い出したように言った。
「そのキノコはねぇ、テレパシーが使えるよ」
そのまんまだった。まさかの返答で俺は呆気に取られてしまい「あ、そうなんですね。分かりました」と受け入れた。
一通り話が終えた後、ポン先生の後ろに立っていたエリさんが「あっ」と何かを思い出したように言った。
「そうだ、それとね、トキオくん。ついでにOパーツっていう3つの小さなパーツも探してほしいの。それがないと先生、未来へ帰れないみたいだから。この間、路地裏で酔っちゃった時に先生それを失くしちゃったみたいで」
俺の中に呆れた気持ちと同時に沸々とした怒りが湧いてくる。そんな大事なものを酔って失くすとは、このポンコツ、どうかしているとしか。ポン先生はやはりただのポンコツだった。俺は心の中で最大限に「このポンコツがあああ!」と叫び倒してやった。
かくして俺は、この路地裏でウイルスの開発者と3つのOパーツ、そして仕事を探す事になったのである。
診察室を出る間際、俺はポン先生に呼び止められ「何かあったら連絡してね」と電話番号の書かれたメモを手渡された。俺はそのメモを静かに見つめた。相手がエリさんではないことが、この上なく残念で仕方ない。
でたらめともとれる診察を終えて、俺は一旦家へと帰ることにした。
本来であれば早速手がかりを求めてこの路地裏を捜索すべきなのだろうが、ここ半年ほど引きこもり代表を勤めていた俺にとって、それはかなり難易度の高いものだった。
新たな場所で、新たな人間関係を築くことほど大変なことはない。急がば回れとも言うように、焦っても良くないだろう。幸いにも俺には、この路地裏を知る強い味方がいる。同居人の松平雅楽守である。
松平はこのクリニックの患者でもあり、日頃からここ周辺で飲み歩いたり、路上やスナックで歌ってライブをしている。引きこもりの俺とは違い、持ち前の明るさから社交性に特化している人間だ。きっとこの路地裏でもその能力を遺憾なく発揮し人間関係を構築しているに違いない。俺は松平へ『今どこにいる』とメッセージを送信した。
それからすぐだった。
『家で曲を作ってる』
松平からの返信には奇妙な動きをするキャラクターのスタンプが添えられていた。俺はそれに『分かった』とだけ返すとスマホをポケットへとしまった。
帰宅し玄関を開けると、松平の部屋からエレキギターのジャカジャカとした音が聞こえてきた。松平のことである、今日もヘッドホンを付けて演奏しているのだろう。俺は松平の部屋の扉を一応ノックだけして返事も待たずに開けた。
松平は俺が入って来たことに気づくと、頭からヘッドフォンを外して「おぉ、キノコどうだったの」と訊いた。
俺はコンビニで買ってきた食べ物の入った袋をテーブルに置き、床へと座り込んだ。
「あぁ、どうやら簡単にはいかないらしい。それに治療費もかなり高額だった」
溜め息混じりにそう話すと、松平はギターをスタンドへと立てかけて訊いた。
「マジかよ。いくらだったの?」
「100万。まぁ、それも、ポン先生の探し物を見つけられたらの話だけどな」
「100万?!」
金額を聞いた松平は目を丸くした。
「そう、100万」
俺は天を仰いだ。
「トキオお金あるの?てか、ポン先生、何失くしたの?」
「金なんてあるわけないだろ。失くしたのは、なんか3つのパーツが組み合わさったアクセサリーだって。路地裏で酔っ払って失くしたらしい。本当にポンコツだったわ」
「あはは、なんかポン先生らしいね」
松平はお気楽に笑ってみせた。
「もー最悪だわ、ほんと。物も仕事も探さないといけないのかよ…」
それと人探しもだった。探しものばかりで嫌になる。
俺が溜め息を吐いていると松平が閃いたように言った。
「あ、それなら課長に聞いてみたら?路地裏のことなら詳しいと思うし」
「課長?誰それ。松平よりも詳しいのか?」
「そうだね。路地裏を開拓した人だからね。路地裏の大将って言われてるしね」
「へー、課長で大将ってなんかすごいな。どんな人?」
松平よりも詳しいとなれば手がかりを掴める可能性は高い。
「コニシさんっていう人。肩に蛇巻いてて、いつも顎の辺りを噛まれてるから、見たら直ぐに分かると思うぜ」
…!?俺はその瞬間思い出した。クリニックですれ違ったあの変な蛇男を。まさに松平の言った通りの人間だった。まさかのあの男が路地裏の創設者だったとは。
「おい、嘘だろ…」
俺は頭を抱えた。どう見たって、あれはただ肩に蛇巻いてるだけの変な、というか変態な下心オヤジだろ…
「いや、それが本当なんだって。まぁ、ここに行けば、たぶん会えると思うから」
そうして何も知らない松平はコニシと呼ばれる人物がいる場所を紙に書いてこちらへと渡した。
#なんのはなしですか
第一話 キノコのこの子

《登場人物》
許可を得て、noterさんよりお名前や設定を拝借しております。小説内の人物像は作者の想像のため、お名前をお借りしたnoterさんの実際の人物像とは異なる場合がございます。
また、ネタバレを考慮し、noterさんや元ネタ記事の紹介を長編小説の投稿終了後に行う場合があります。
ご了承くださいm(_ _)m
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